Chapter111. The Parabellum
タイトル【戦いの備えをせよ】
———ウイゴン暦 7月 10日 既定現実 7月 17日 午前10時44分
———本部拠点 戦車整備工場
港に停泊していた艦隊から得られた収穫はすさまじいものだった。
推測ではあるものの大まかな兵員配置や空から撮影された「アルカトラズ」の全容。
今までの情報を組み合わせ皇族救出作戦
「オペレーション:Tiger Gate」が行われようとしていたのである。
城内戦闘経験が豊富なG及びBチームが派遣されることが決められ、矛と盾を兼任する5式軽戦車などが投下される予定だ。
作戦を決行するにあたり、情報だけではなく小火器から戦車のネジ一本に至る入念な下準備を要求される。
そのため整備工場を持つ本部拠点は作戦に間に合わせるため、作業員たちは多忙を極めていた。
班長の怒号が響き、耐火塗料の溶剤が気化したケミカル臭で満ちていく。
組み立てはバラすを繰り返して奥の奥に潜む狂いを燻りだす最後の砦。
喉元を過ぎてしまえば後戻りはできない。
「47mm砲の砲身替えとけ!足回りもだ!配管類も塗るのも忘れるな!ヘリに吊り下げちまったらやり直しは効かねぇ。命を預かってんのを頭に入れておけ!」
故に班長はただ頭ごなしに叫んでいた。
彼らが面倒を見ている戦車は歩兵の盾でありながら、乗員を攻撃から守るゆりかごでもある。
整備士は兵器のパーツや道具を握っている訳ではない。前線の兵士が生きるか死ぬかを握っているのだ。
「砲身と機銃の交換と補給、完了しましたわ」
機械に染まった一人の女性整備士が報告に上がる。
「——残りは塗料か。それはアイツに任せるとして…次はヘリだ。嬢ちゃん、仕様書は持ったな!」
整備班の仕事はまだまだ終わらない。
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その傍ら、Soyuz側でも魔法の研究が進められていた。
情報によれば敵は少なからず魔導を使うような人間を揃えていることが判明。
現状として対策を打たねばならないのは確実だろう。
「戦車の方は特に塗装がやられた位で問題ないんですがね、問題はBMPの方なんですよ」
ジョンが修理予定のT-72やらを指さしながら中将に向けて説明する。
自治区防衛戦において損害を負った車両たちであり、数少ない魔法によって明確な損害を受けたサンプルでもある。
「冴島の方から防御力のある車両を要求されたのはこういう訳か。——ううむ。並大抵の歩兵戦闘車がこうも損害を被るとはな。ゾルターン侵攻に軽AFVは悪手と言っていい。T-72の損害は。」
彼は顎に手を当てながら、装甲がひしゃげた車両に目をやった。
随伴歩兵のない戦車は揺り籠から放り出された赤子同然、それを格納し守る車両すら中破という有様。
事はそう上手く進まないらしい。
「戦車の方は装甲に色乗せすれば再出撃できます。爆破魔導、でしたっけ。アレははっきり言って威力そのものは迫撃砲の直撃と同程度だと見て間違いないでしょう。」
「ただ暗視装置やら外に出ている設備が破壊されるのが正直厄介ですね、小賢しい真似するもんです。火やら雷を受ければ主力戦車なら大丈夫ですが、本作戦では軽戦車を投下するはずですよね。ならエンジントラブルも…」
「あ。そうそう、BMPが板金修理で復帰できなくもないですが、正直言って部品取りにしたいですね。エンジン部分は生きてますんで思い切って大改造する、ってのも手だと思います。
それにしても…魔導に関しては重装甲で無効化か、ゲームのように反射さえできれば…」
整備員ジョンは結果と考察を淡々と述べていく。
避けるということが一切できない車両類は、いかに攻撃を防ぐかに焦点があてられるものである。
権能は現状を見て素早く解決策をカウンターの如く打ち出した。
「——BTR-Tを投下するか。足りない兵員は別の角度から足せば良い。
…俺はこれから作戦に取り掛かねばならん。この忙しい時に時間を割いてくれて感謝する。」
ゾルターン侵攻も大事だが、今は皇族救出という一大作戦の指揮を任されている。
予定があるとはいえ、貴重なリソースを割いてくれたジョンに礼を言うと中将は整備工場を後にした。
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兵器に命を預けているのはSoyuz武装スタッフのすべてに言えることだろう。これから作戦が待っているような兵士なら猶更。
本部拠点に帰投した特殊部隊チームらは自分達の相棒、ライフルら装備品の最終メンテナンスに取り掛かる。
当然Gチームの人間戦車ことミジューラも例外ではなく、カナリスから分捕った銀等級の高級槍を一通り馴染ませていた時だった。
背後から黒い影が近づく。
「爺さん、あんたにプレゼントだ。」
一足先に銃のオーバーホールを終えていたニキータだ。
柄にもなく槍らしき物体を何本か抱えていた。先端にはロケットランチャーの弾頭のようなものが付いている。
先端は鋭利とは言い難い。この物体の正体は如何に。
「これは?」
矛先の代わりについた見覚えのない異形にミジューラは問う。
「うちのクライアントが作ったモノらしくって、装甲殺しって言うらしい。」
「こいつならジェネラルの鎧を貫通できる。つまり持ち手がついた砲弾だ。
実際のトコ、先には爆薬が詰まってる。安全装置を外したらそのまま突き刺せばいいらしいな。
…ここが安全装置だ。握りこんでやればいい」
ニキータが聞きかじりの解説を垂れ流していく最中、珍妙な武器に興味を持った彼は傍に槍を置くと試しに一本受け取り、軽く振り回した。
「うむ…。先が重すぎるが儂なら問題ない。安全装置の位置もしっかり考えられている、殿下からの贈り物、しかと受け取った」
決心するミジューラに受け渡した本人は気まずそうに付け加える。
「…ありがたい支援物資に変わりないが俺たちは使えない。突き刺したらぶっ飛ぶのは敵と俺たちだからな。
あと密集するところでも巻き添えを食って消し飛ぶ。…そういうことで爺さん専用だ。使いどころは考えておいてくれ。」
使いどころを選ぶが、重装甲目標を撃破することができるアーマーキラー。
なにも敵から学習し強くなるのは帝国だけではなく、Soyuzもまた同じ。
これに対し帝国軍はどう出るというのか。
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——フェロモラス島 トリプトソーヤン城
ここトリプトソーヤン城はフェロモラス島の丘に建築された軍事要塞の一つである。
それでいながら、ジャルニエやシルベーとは異なる性質を持つ。
魔導兵器の基礎研究ラボとしての性格である。
ナンノリオンではその生産が一任される一方で、この城は兵器として利用できるか見極めると言った所だろう。
多くの試作型がこの城から旅立っていった。
華々しい過去と裏腹に、現在では魔導研究ならびに生産はナンノリオン県が主体となっている。
その最中、ジンジバリス市の異変は海を隔てたフェロモラス島に伝えられた。
付近では戦火が、目の前には異形の海上要塞。
敵がこちらに攻め込んでくることなど容易に想像がつく。
異変を即座に察知した城主アシーレン・フィリス大佐は、着々と籠城作戦へとシフトさせていった。
トリプトソーヤン城には皇族を幽閉するという性質から、予算が多くついており手厚い警備が敷かれている。
故に柔軟な構築を可能とした。やることと言えば兵士の再配置程度だろう。
張り詰めた空間で働く一人の重装兵が司令室の扉を叩く。
「フィリス様、今大丈夫ですか?ちょっと報告があるんですけど」
「どうぞ、おはいりになって」
門構えをくぐった先に居たのは一人の女性だった。
髪を長く伸ばし、ソーサラーの象徴である長ローブを纏い、聖女の如く微笑む。
彼女こそ魔導兵器設計のプロフェッショナルアシーレン・フィリスその人である。
「アレの件なんですけど、装甲板を撤去しろって命令したじゃないですか。外せそうで外せなくて。」
重騎士は兜を搔きながら、ありのままの事実を報告した。
撤去命令こそ出ていたが、分厚い鋼鉄板が一定の所で動かなくなってしまい、煮ても焼いても外せないらしい。
「直ちに実行せよ。」
それに対しフィリスは笑みを崩さず、抑揚のない声で答えた。
「えー、いいですけどあと5日くらいかかりますよ。それに人員ケチって僕一人しか差し向けなかったじゃないですか。重装兵あと3人くらい送ってくれるなら今すぐできますけど」
彼女に対し、多少砕けた話し方になっているが問題なかった。本来軍人ではない故に規律が厳格ではないためだ。
「了解。増援を差し向ける。ただちに作業を完遂せよ」
「了解。」
胸に拳を当て敬礼すると、重装兵は作業へと向かっていった。
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扉を締め切ると、外の世界の喧騒が一切入らなくなる。
軍事要塞にも関わらず、隔離されたかのような静けさは異彩を放つ。
これら全てフィリスが開発こそ行ったが帝国軍には採用されなかった没案を転用したものに過ぎない。
己の牙城には日の目を見る事なく埋もれていった歴史が堆く眠っているのだから。
「お元気でしたか、教授」
執務に戻ろうとした瞬間、背後から声を掛けられた。
完全に密室な上、足音もなくどうやって入ったのだろうか。この際どうだって良い。
瞬間移動してやってきた人間。緑のローブを身に纏ったダークマージ、ファゴットだった。
並大抵の幻術は効かない彼女である、その存在は幻ではない。
賢人会議に居た時とは異なり呪術者のような口調は消え、目の前には学会に立つ一人の科学者が佇んでいるではないか。
「…私の部屋に入る際には必ずノックをしろと教えたはずですが。貴方が移動魔導を覚えてからも釘を打ったつもりでしたが、礼事をどこかに落としたのですか。」
振り返ることもなく、語気を強めながら答える。この男の顔すら視界に入れたくない現れが無意識に出てしまう。あまりに大人気ない。
更に嫌味の1つでも付け加えておこうかと考えたが、やめておいた。
「連日激務が続いておりまして頭から抜けておりました。門前にいる兵に伝えておいたはずですが伝わっていませんでしたか。
…これに関しては申し訳なく思います。どうか無礼をお許しください」
ファゴットは明らかな嫌悪に対し陳謝した。
目の前にいるのは彼に対し魔導のイロハを全て叩き込んでくれた師匠である。
数え切れない恩義に対し、この程度なんともない。人間とて生き物だ、不機嫌なことだってある。
会うたびこのような対応をされるが単に偶然だろう。
彼はそう思っていた。思い込むようにしていた。
「——ここでは難です。海でも眺でも眺めませんか。私は遅れていきます、どのみち貴方は歩く楽しみすら忘れてしまったのでしょう。多忙な日々で。」
フィリスは作り笑顔のまま提案した。
その眼は微塵も笑っていないが、だからと言って怒っている訳ではないらしい。
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彼女がなぜ弟子であるファゴットをこれまで嫌っているのか。これには訳がある。
彼が突如この島にやってきてからフィリスはあらゆる世話事をしていた。
ソーサラーの昇格試験や身に纏っている緑のローブですら手縫いまでしてあしらえたものである。
今にしてみればそこから運命の歯車が狂っていってしまったのかもしれない。
自分が苦労して到達した境地に容易くたどり着き、帝国に採用されるような魔導兵器を次々と生み出していった。
この城にいるジェネラルが着用する魔具だってこの男が作り上げた代物だ。何もかもがこの男が作るものが採用されていく光景。
それに引き換え、フィリスはどうだろうか。
全てコストや工作精度の問題から量産化されず、島の外すら出てすらいない有様である。
彼女の発案は全て否定されていたが、始めの頃は純粋に彼のことを天才だと思い、師として誇らしかった。
だがあの一件が全てをぶち壊した。
寿命を削って作り上げた自律機動立像イデシュー。
人間の形を模した巨大な石像。圧倒的な質量で踏みつぶし、城へ直接殴りこむ新時代の攻城兵器として日の目を見る筈だった。
それを「戦略的価値を見出せない」の一言で切り捨てられた挙句、開発中止。
起動には膨大な魔力源が必要ゆえ動けない難点があったのは理解していたが、あの男は単純な発想で全てを解決して見せた。
魔力源を供給するのではなく内蔵するという至極簡単な方法で。
全て馬鹿らしくなった、今までの苦労はなんだったのか。
この男に自分の生き様と苦労、全てを否定されたのである。
そして憎らしくなった、ファゴットの発明は活躍しているにも関わらず、何故自分だけがこの島で。
呼びつける軍部の高官も、子供たちをあきれ顔で見ていたことが焼き付いて離れない。
この時は辛うじて良心が残されていたが、彼がこの帝国の中枢に関ることになったと知ったあの日から、フィリスの中にある何かがはじけ飛んだ。
決して吹き飛んではいけない何かが。
それから弟子から大佐と同等の権限を手にしたものの、最早嫌味そのものだ。
この国は軍人至上主義なのだから迫害されないように、と言っていたような気がする。
与えられた権限はも嫌がらせを通り過ぎ、屈辱。
未だにあの緑のローブを見ると憎悪のあまり自我を保てない気がしてならない。
大佐はテラスに向かいながら過去を見ていた。
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———トリプトソーヤン城 テラス
本来此処はパレスとして建てられた城。
そのため軍事要塞に果てようともこのような機構が遺されている。
ファゴットと話す時はは決まってこの場所で話すことが多い。何かで気を紛らわせねばシラフではいられないからだ。
「…今回は教授が指揮されていると聞いています。しかし私の権限で増援を送り込むことすらできます。相手はただの反乱軍ではないことは分かっているでしょう。本当に、いいのですか?」
ダークマージは深刻な顔で聖女に詰め寄った。
本音を言えばSoyuzは間違いなく危険な存在であることを伝えたかったが、内通者であることを疑われるため仄めかすことしかできなかった。歯がゆくて堪らない。
「魔導で戦場を覆すことはできないのは知っているでしょう。どちらにせよ増援を呼んだとしても時間が掛かるでしょう。…これが解決できるなら、受け入れるかもしれませんが。」
ファゴットの瞬間移動は他者に干渉できないことを見透かした上で軽くあしらう。
あまりに手痛い所を突かれた彼は答えることが出来るはずがない。
増援部隊が一瞬で敵地に向かうことが出来るなら既にSoyuzを打ち負かしている。
時折強烈な海風が渦巻くが張り詰めた空気は留まり続ける。
会話もなく、ひたすら重苦しい両者を吹き飛ばしたのはあの重騎士。
「フィリス大佐、アレの装甲板を引っぺがせましたんで報告に——」
「私がいつから大佐殿になったのでしょうか?——動力炉を接続、常に出撃可能なよう稼働させ続けよ。」
生憎、機嫌がすこぶる悪い彼女は部下に対し食い気味に答えた。
普段は聖女にも思えるが、ひとたびファゴットに与えられた不名誉極まりない階級をつけるだけで慈愛は憎悪に転じる。
表情は一切変わっていないものの、皮肉と命令の合わせ技からなる圧力は心労を加速させるのに十分だ。
「ほっほっほ。氏は非常に礼儀を重んじる故気を付けなされ。…空から客人が来ていることだ。そろそろ失礼させてもらおう。」
ファゴットは「暗黒司祭」としての顔に切り替えるとフードを取り、天を見上げた。
———BLLLLL…——
空にはMi-28が飛んでいるではないか。
懐かしい21世紀の文明に思わず邪悪な笑みを浮かべる。
よく見るとヘリの上には護衛として戦闘機が付いているらしい。下手に迎撃に行かせるとミサイルの餌になるだろう。
アーマーナイトに釘を指しつつ、彼は幻影の如く消えていった…
Soyuzは迫る。
次回Chapter112は12月4日10時からの公開となります




