Chapter108. Challenge from different dimension
タイトル【異次元からの挑戦】
——ウイゴン暦 7月 8日 既定現実 7月 15日 午後15時
———ギンジバリス市港
戦いとも呼べぬ一方的な攻撃により敵艦を撃破した艦隊はギンジバリス市に対しての投降勧告を行っていた。本来であれば無慈悲な砲撃を行っていた所だが、無傷で手に入れるよう指示が出されている。
一から建設するのと、既存設備の改造では時間が掛かるにしても後者の方が幾分か早く済む。
そのことからチェレンコフ大佐は対空用の機銃に至るまでの発砲を禁じていたのである。
後続にいるKAC-TEIと空母北海は撃沈した敵艦から生じた生存者を救出すべく働き倒している。
そのため港湾にいたのは重巡洋艦太田切一隻で、港湾から少し離れた場所に待機していた。
どこの港も決して平坦にはできておらず、各々地形が存在する。
下手に突っ込めば座礁してしまう。これが元でガラクタと化した軍艦や船は数知れない。
このような事情から、エンジンのついた連絡船17m程度の小型船を海に下ろし大佐は港町に向かうのだった。
普段は軍艦という大きな艦船を扱っているが故、小さな船は乗りなれていない。そんな港に向かう内火艇はさながら魚を積んで帰ってきた漁船か。
———Brop、Brop…———
小さな船体を大きく揺さぶられながら波を切り陸へと進む。
涼やかな風、スクリューを動かす小うるさいエンジン。ここには船のすべてが詰まっているが、護衛やチェレンコフは眉一つ動かさない。
アサルトライフルで重武装した彼らがみているのは感動的な風景ではなく、どこからともなくやってくる敵対組織の凶弾だ。
陸も海も敵地に変わりない。
向こう側からすれば喉から足が出るほど近づきたい敵の大将がわざわざやってくるのだ、こちらの理が通用しない以上、何をしでかすか分かったものではない。
張り詰めた空気が流れる中、小型船はエンジンを鳴らしながら陸に接近する。
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□
海とは反対側にあるギンジバリス市では、野次馬が突然の来訪者を一目見ようと殺到するのも無理はない。あちらにすればこちらの船は紛れもなく不条理。
好奇心に負けない人間はよほどの変人か石像くらいのものだろう。
突如として出航した軍艦サルバトーレや竜母から飛び立っていくドラゴンナイトたち。
不穏な空気こそ漂っていたが、住人達が真実を知る術はなかった。
挙句、漁船が豆粒にしか見えない程巨大な船がやってきたのだから堪らない。
「帆がないぞ」
「船なのかあれは。」
「奴ら、俺らを煮て食うんじゃないんだろうな」
当然、港は騒然となった。小さな子供から立派な漁夫、酒場の店主から冒険者といった街の人間総出で見物に来ている有様。
Soyuzという名前が知れ渡っていたのは軍部や防衛騎士団のような人間ばかりで、民間人にあまり知られていなかった故の出来事であろう。
今のところSoyuzを知る民間人がいるとすればハリソンとゲンツーのみで、帝国の中でも選ばれた人間で言うまでもない。
中には小さな手漕ぎボートで直接接触を取ろうとする者もいるらしく、3,4隻のヨットに似た帆船が沖に出ていた。
「俺、戦艦よりもでけぇヤツを見たことねぇんだ。というか船かあれ。」
「当たり前だろ、戦艦なんだから。それ以上デカいものなんて城だ」
「じゃあ城が浮いてるのか?」
「知るかよ、お。来たぞ!」
二人の男が船を出し、ついにすれ違おうとした時である。
彼らは初めての接触を取ろうと手を振るも、ただならぬ空気を感じ取った。
乗員は自分たちに用がないと言わんばかりに武器を向けていたのだから。
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騒動を聞きつけた防衛騎士団は駆けつけるなりアーマーナイトを動員し壁をつくり制止しようと試みる。
チェレンコフ大佐ら一行が上陸するとなおも勢いを増しはじめたではないか。
沸き立つ野次ですら彼の内心を動かすには不十分。初めて軍艦で日本に来航した時も同じような光景だったのを思い出す程度だろう。
陸からU.Uに来た人間が冴島だとしたら海から異界に来た男はチェレンコフ大佐となる訳である。
歴史的瞬間にも彼は顔色一つ変えずに一歩一歩踏みしめるのだった。
しばらく待っていると勧告通り代表者が現れた。
武装スタッフたちは彼を取り込むように脇に寄る。奴がここの司令官なのだろうか。
それにしては支配者特有の絢爛さは見えない。
目の前にいるのは全身を装甲で覆ったパワードスーツ男。
野次馬を静止していた連中と同じだろう。最前線にいる人間との違いは金属が無塗装であることくらいか。夏の日差しを反射しチェレンコフの目を刺激する。
「ギンジバリス防衛騎士団 団長のヘルペンと申します。只今市長であらせますギンジバリス大佐が海に出ていまして。しばしお待ち下さい」
彼によれば市の名前になっている人間が不在だという。
この港町はかつてのスターリングラードという訳か。
チェレンコフ大佐は鋭い観察眼をもってして情報を引きだせると判断し、ヘルペンを呼び止める。
「ギンジバリス氏というのは?」
「——戦艦サルバトーレの艦長であらせられるお方です。大方すべては分かっております。只今哨戒兵が捜索しています。」
騎士団長は苦虫を奥歯で噛んだような声で答えた。
アーマーのスリットに阻まれ表情は汲み取ることはできなかったが、言葉尻から確かな憎悪を大佐は感じていた。
愛されていた英雄を殺した蛮族に充てられるような純粋な殺意と憎しみを。
だがその程度で彼は揺るがない、揺るぎようがない。彼は冴島同様のプロフェッショナルなのだから。
着弾地点にいるのは支柱に刺さった的ではなく、血が通った人間。敵だった人間から憎悪や殺意を向けられること自体に慣れていた。
交戦した相手がギンジバリス艦長であることを理解すると、チェレンコフは深く目を瞑り
はっきりとした声で意思を露わにする。
「理解した」
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———同刻 戦艦サルバトーレ撃沈地点付近
——海上
空には大きな雲が浮かび、太陽が焚火のような熱で地上を照らす。
どこまでも青い空が広がり、天高く見覚えのない海鳥が風を受け浮ぶ平穏な海。
数時間前、ここには砲撃と爆発、怒号が飛び交っていたことがまるで嘘のように静寂に包まれる。
栄誉ある最新鋭巡行戦艦サルバトーレは無数の流木片になって海を漂う中、ナジン級フリゲート「各停」が生存者の救出に取り掛かっていた。
相方である「準急」は投降勧告前にある程度の人員と小型船を下ろしてから港湾に向かう。いくら敵だとは言え、人道に反することは即ちコンプライアンスに背くことになるからだ。
核すら保有する独立軍事組織Soyuzはテロリストから一国家まで手広く相手取る組織であるが、頂点に君臨するのはCEOではなく「規約」
法治国家の方式をとることによって無秩序になりがちな戦場をある程度コントロールしている。
話を海に戻そう。救出した生存者はナジンでは収まりきらないため空母北海に移し、解決する。
伊達にこの飛行甲板はついているわけではない。
さすがにフリゲートでは手狭なため、洋上に浮かぶ大田切も小型船を出しつつも救助活動の傍らで指揮官捜索が行われている。
「お前んとこの指揮官見なかったか?」
救出した乗員に向け布を渡す一方、フリゲートの乗員は対価の代わりにこう問い続けていた。
どの連中に聞いても返答は周囲にはいなかったか、長い間気絶していたのか記憶がないというものばかり。
ただ、この時は違っていた。
「——あぁ、艦長のことだったら。泳いで陸まで行ったよ。なんだか言ってたような気がするけど、悪いな、覚えてねぇ」
どうやら近くにいた水兵は濡れた着衣を投げながら、さらりと衝撃的な事実をこぼしたのである。乗員は反射的にこう返す。
「やべぇな。」
「そりゃやべぇよ。英雄だし。俺らと同じ人間じゃない」
土地の由来になった偉人は何もかもが根底的に違うのだ。
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——ウイゴン暦 7月 8日 既定現実 7月 15日 午後17時49分
———ギンジバリス市 防衛騎士団詰所 応接室
突然の異邦人来訪、そして代表者の喪失。ギンジバリス市上層部は大混乱に陥るのも無理もない。
この世界においては市長が全てを取り仕切ることが常識。
例えるなら司令塔を失い、多くの兵士が狼狽えている状態に類似しているだろう。
そんなこともあってチェレンコフ大佐ら一行は防衛騎士団の応接間に通されていた。
Y/Nの答えすら出せない現状からすれば保留の判断は正しい。
此処、防衛騎士団詰所は街の頂上に建てられていた。
ギンジバリスの街自体が小高い丘に形成され、浦賀程極端ではないが勾配が多少なりともあるらしい。
待ちぼうけの間大佐は窓に視線を移すと、白い石造りの建造物を見下ろしながら少し離れた洋上にいる大田切がはっきりと確認できる。
詩人であればいくらでも形容ができるのだろうが、ソマリアに派遣されていた彼としてみれば昔のブラバを映した写真のことを思い出す。
かつてはこの街のように美しかったが、今や陸は破壊しつくされ、海では祖国が作った武器を持った海賊が跋扈していた。
沸き上がる感傷を押し込め、チェレンコフは石像の如く椅子に腰かけ相手の出方を伺い続ける。
もてなしのために出された葡萄酒に一切口を着けず、眼差しは鋭いままだ。
少しではない間待たされているが、あれだけ街が大騒ぎになればやむを得ないだろう。
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その時、応接室の扉越しにどたどたと音を立てながら足音が迫ってきた。
勢いよく扉が開かれると、大慌てのソルジャーが半ば叫びながら事のあらましを報告する。
「ギンジバリス、大佐が…ただいま戻られました!」
口から飛び出した真実にチェレンコフは一瞬だけ目を真開き、ゆっくりと彼のもとへゆっくりと首を向けた。
「続けてくれ」
報告に上がった兵士によればギンジバリス大佐を発見したという。
見つけたのは救助者探査のため飛び立っていた竜騎兵だった所までは良いが、今までフリゲートや空母北海からの連絡がなかった事に違和感を覚えた。
そのことについて問うと、どうにも潜水しながら泳いでいた上に救助された際には
「敵の魔の手から街を守るため」と言っていたらしい。兎にも角にも、地名になる人物はやはりタカが外れているものだろうか。
大まかに状況を喋り終えたソルジャーはチェレンコフ一行に向けこう願い出る。
「夜から緊急会合があるそうですので、一旦お引き取り願いますでしょうか。」
そのことに大佐は何も口を挟むことはない。
いきなり見知らぬ集団が土足で入り込んで市を明け渡せと言ってきたのだ。答えなんてそうそう出るようなものではないことは分かっていた。
「了解した。我々は港湾沖に停泊中の大田切に戻ることにする。会談する用意が整い次第、軍艦に旗を上げて欲しい」
彼は椅子から立ち上がるとこう提案した。
軍艦旗が通じないという辺り、文化や文明の差があろうともお互いに理解できる方法を提示するのが交渉する際の鉄則なのだから。
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——港湾沖 ナジン級フリゲート JUN-KYU 甲板
この艦隊の中で最も地位が高いのはチェレンコフ大佐であり、彼は今市街地に乗り込んでいることは周知の事実だろう。救助者を全て収容し終えた艦には待機命令が出されていた。
相手は投降し反撃する気など一切ないらしく音沙汰がないのが現状。
当然と言えば当然だが、歯医者で待たされている子供の如くすることがまるでないのである。
そのためバートラー少佐ですら椅子に腰かけ、心底退屈そうに様子を伺う他ない。
戦いさえなければ海は静かだ。
じりじりと焼くような太陽さえなければ風は細やかなもので、波も平穏そのもの。港湾付近はそういうものである。
「山みてぇなジャガバタに溺れたくなってきた。なんか全部クソにしか思えない」
57mm速射砲の近くに座り込んだ男が突拍子もなくつぶやいた。
設計が古いこの船の火砲は手動操作。海風にあたるには都合がいいが、久々の実戦ということもあり今になって疲れがどっと押し寄せてきた。
近くにいた装填手は彼の言葉に反応する。
「何言ってんだ、俺はありったけの煮物が食いたい。まぁいい、此奴を見ろよ。125倍レンズさえありゃ最高だ。いいぞ、あの海賊船にある手すりですらくっきりとわかる!やっぱカメラはこうでなくっちゃあな。」
装填手は一眼レフを取り出して見せた。
情報流出防止のためこういった記録媒体は学術旅団ら以外持ち込み禁止なのだが、意外なところに抜け穴がある。
あくまで「写真を画像データにすることが出来る」カメラではなく、現像に専用の設備と時間が掛かるフィルムカメラやポラロイドカメラ等は兵士でも持ち込みが許されているのだ。
「そいつを焼いてもらうには陸のお偉いさんに大佐、んでもって専務の許可がそろって初めてなんだろ?」
だがSoyuzは世界中の機密を相手にするだけあって、そこまで甘い訳がない。
座り込んだジャガバタ男の言うように現像には当然の如く許可がいる。ファインダーから切り取った風景が実際どうなっているのか分からず終いだ。
徹甲弾の如き正論を前に装填手はくじけない。
「わかってねぇなぁ、現像するまでどうなってるか分からないってのがいいんだ。ていうかよく見たら海賊船っていうより大昔の軍艦みてぇだな。ミカサってやつだっけ?あれと似通ってる気がするんだわ。」
「んなこたぁ知らねぇよ、俺に125倍の目があると思うか?」
一牧羊的な空気が流れる傍ら、稲妻が迸る交渉と言う戦いが始まろうとしていていた。
次回Chapter109は11月13日10時からの公開となります。
登場物
・内火艇
軍艦に積まれているエンジン付きの小さな船。
小さい船なので海底地形に関係なく進むことが出来る。そのため陸寄せが難しい港や、そもそも港がない所に人を下ろす時にこき使われる。
これも立派な備品なので釣りに使うなどの私的利用は決して許されない。




