Chapter106. Battleship in the pocket
タイトル【ポケットの中の戦艦】
——ウイゴン暦 7月 8日 既定現実 7月 15日 午前12時
———ベーナブ湿原近海
権能中将が命じた次なる作戦は、ゾルターン県内にあるギンジバリス港湾の制圧と、フェロモラス島に幽閉されているとみられる要人マーディッシュ・ワ―レンサットら皇族の救出。
そのためベーナブ湿原近海から北上していた。
船が次の狙いをつけるまでの間、陸路でのゾルターン侵攻を取りやめ、ナルベルン自治区に陸上戦力を集中させるに至る。
港湾の制圧といっても設備を利用する都合上、乱暴に20cm艦砲や巡航ミサイルを撃ち込む暴挙に打って出ることはできない。
とはいっても流石に重巡洋艦大田切でどうにかできるものではないため、外からの援軍と合流し作戦を進めることになった訳である。
一週間近く船体に似合わない海洋調査ばかりに付き合わされてきたがようやく仕事が回ってきた。
大田切は波を叩き割りながら進む。その一方で艦の長であるチェレンコフ大佐は艦橋で思考を研ぎ澄ませながら佇む。
北極海のある座標を抜ければ、待っていたのは湿原と未知の大陸。
気温も冷凍庫か液化窒素のような寒さから打って変わってロシアでも経験したことのない暑さ。
日本人スタッフによれば5月の気温に相当するらしい。
加えて妨害電波を受けずして、GPSや衛星通信がまるで役に立たない事が、21世紀の次元間大航海時代に放り出されたことを意味していた。
初探査の際、大地のように揺るがない冴島を持ってきたのは正解だったか。
常人なら正気を失いかねない状況。
海の男たちはどの軍人よりも内包的な狂気に晒されていることだけあり、特段作戦行動に支障はなかった。しかし大佐は広がる湿原を前にして夢なのではないと思っていた時である。
【こちらBIG BROTHER。ホワイト・ホールに向かえ】
中将より指令が下った。
グランド・ゼロとは北極海を抜けた先にたどり着く場所。
陸では横浜で、その片割れが北極海に生じている。
地球側がブラックホールならば、この世界は出口にあたるホワイトホールか。洒落た名前を付けたものだ。
【了解】
大田切は全てが始まった「あの」海域に向かっていった。
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高高度偵察で得られた写真と、それに基づいて作成された座標。加えて大田切自体が調査したデータをもってチェレンコフ大佐は進路を北に進める。
しばらくの間北上しているとレーダーに3つの反応が現れた。まるで今までの静寂を破るように。
それぞれのコードは【JUN-KYU】と【KAC-TEI】更に【空母北海】の三つで、二つの日本語風の名前は北朝鮮の使っているナジン級フリゲート、もう一つは原子力空母にも匹敵する巨大空母だ。
ナジンと言えば一切の装甲がない代わりに小回りが利き、それなりの重武装を携えた頼れるフリゲート。
問題は片割れの空母で、21世紀祝いで建造した現代風味の信濃型空母なのである。
この大田切といい、此奴といい掟破りにも程があるだろう。プラモデルの世界で留めておいてくれ、と大佐は毎度思う。
彼の回想をつんざくようにフリゲートから連絡が飛び込んできた。
【こちらJUN-KYU 102、大田切応答願う】
GPSもレーダーも役立たずになるのだから
【こちら大田切。——世界を超えた気分はどうだ】
【…ちょっと殴ってくれ。——そこまで強く殴らなくたっていいだろう!…ともかく、質の悪い幻覚ではないようです】
夢見の悪い中、俺たちは戦地に向かう。
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重巡を中心、背後に空母。左右をフリゲート2で構成される艦隊が動けば察知されるのも当然の成り行きだった。
だが何故知ることが出来たのだろうか。
この大金星を挙げたのはギンジバリス港湾から周囲を哨戒している竜騎兵がいたからに他ならない。
「陸はあっちぃな、夏は空がちょうどいい、なぁオイ。」
そう言いながら軽く相棒を小突きながら騎士は空を見上げた。
海上からは太陽で熱せられた空気が上昇気流となって飛龍を押し上げ、気流が暑さに火照った体を冷やしてくれる。
きらめく水面、途方もなく続く海岸線。風を受け飛ぶ海鳥。
同じゾルターンなのにここまで違うとは。ダース山の空軍基地に飛ばされた連中もいるだろうが、ここに左遷されたのは幸運だったかもしれない。
異端軍の連中はここに手を付けていないこともあるが。
大体、ドラゴンナイトは空を飛んでこそ。農民に対しデカい顔をするのが仕事ではない。
薄雲を切り裂き、そろそろ戻ろうと進路を引き返し港湾に帰還しようと思った時である。
雲の切れ間からぽっかりと見たこともないモノが目に飛び込んだ。
「——寝たよな、俺はちゃんと寝たぞ!」
はじめは船かと思った。あの形は時折顔を出す氷竜だとかそういった類ではない。
それにしてはあまりにも大きすぎる、真っ当なものを考えるなら「島」がふさわしいだろう。
加えてこの集団は波を立てながら進んでいる、海に浮かぶ船よりもはるか速く。
迷ってる余地はない、竜を何度も足で蹴り全速力で港に向かった。
何者だろうが報告する、あんな連中に勝てなくとも、港にいる軍艦ならなんとかしてくれるはずだろうと。
数はたぶん海軍の方が多い、どれだけ図体が大きかろうが重要なのは動かし方だ。あの頃はそう思っていた。
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哨戒兵の帰還と同時に知らされた異端軍、Soyuz来襲の報告。あまりに衝撃的な事実がギンジバリス市にあっという間に広まるのも無理ない。
当然、港湾に駐在していた旗艦の長ギュンター・ギンジバリス大佐の耳に入るや否や、途端に血相を変え、伝令兵に怒鳴り散らす。
「何ィ!?反乱軍の船が港湾に迫っているだと!?大至急出せる船を出せ!———とはいっても出航できるのは戦艦サルバトーレだけ…。」
「もう一方のミジューラ・フォン・アルジュボンは砲台にするしかない…か。竜騎母船アドメントは可能な限り全騎発艦急げ!報告が正しければ一刻の猶予もない!急げ!」
帆の張替えが終わったばかりの戦艦ミジューラ・フォン・アルジュボンは出撃できず、竜母アドメントは竜騎兵を差し向けた方がはるかに良い。
迎撃に出せるのは増援を送る兵送船3つといつでも出航できる戦艦サルバトーレだけ。
背後に航空戦力が付いているとはいえ一瞬たりとも気が抜けないのは確かだ。
「このことはアドメント艦長に伝えたか」
鋭い顔つきにギュンターは変わると、伝令兵に対し端的に問う。
「はっ」
「うかうかしていられん。——部下たちは私を待っている。」
彼がまともに働いたおかげか駐留している人間を中心に騒ぎになっている。
これだけ知れ渡っていれば部下は備えるべきことをしているはずだ。
どれだけ揃おうが艦長が居なければ軍艦は動かないことを知っているギンジバリスは高ぶりを振るい落とすかのように駆け出していく。
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その一方、海上ではチェレンコフ大佐率いる艦隊がギンジバリス湾に向け突き進んでいた。
ただ盲目的に進んでいただけではなく、水上レーダーに映り込んだ謎の影に大佐は気を張り詰めながら戦闘旗を上げ、すぐそばにまで迫った海戦に備えている。
敵もこちらに気が付いたのか出てきたらしい。
対空レーダーには高度800m程度で反応を示したが、トランスポンダを搭載していないからかただ映るだけで反応しない。むやみやたらに撃墜すべきではないだろう。
チェレンコフは精神統一するため肺を震わせ、深く息を吸った。
これから始まるのは海賊狩りではなく、戦闘艦同士の殴り合い。
戦後からめっきり見られなくなった戦いに緊張しないと言えば嘘になる。
「——速力の出るJUN-KYUに先行させるか。」
彼はぼそりと小さくつぶやくと無線機を取り、二隻のフリゲートに指示を出す。
【こちら大田切からJUN-KYU 102。先行し勧告を行え】
【了解】
それに艦長バートラー少佐は頼もしく答えてみせた。
2つのナジン級のうち、JUN-KYUの方が35ノットと足がかなり速い。水上ではボルトと接戦が出来るだろう。
機動力と速力を用いて急接近し、敵意があるか否か確認してから攻撃しなければならない。
Soyuzのコンプライアンスにもそう書かれてある。
この戦いの先陣を切る重役はJUN-KYUだ。海上のトリックスターならば余裕だろう。
「総員戦闘配置急げ!最大戦速、敵さん捉えたら面舵一杯、腹を向けたらご挨拶の準備ィ!」
電撃めいた指示が艦全体に小型故にJUN-KYUの加速も凄まじく、スポーツカーのようにぐんぐんと速力を上げていく。
そのたびに鋭いナイフのような船首は波を切り裂き、波しぶきが勢い良くブリッジまで飛ぶ。
船内はあらゆる方向に揺さぶられるが、これでこそ海を駆け抜けるというもの。堪らない。
アドレナリンにモノを言わせ、海戦の恐怖を抑え込んでフリゲートは弾丸特急の如く突撃するのだった。
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世界初、異次元における海戦へとフリゲートは迫る。
勧告しようにも音響兵器にも等しいスピーカーが使えるのは1キロを切ってから。
後ろにモバイル戦艦が控えているとは言え、装甲のない丸裸同然のフリゲートにとっては脅威になるだろう。
「所属不明の帆船、見えました!距離12000!いや、なんだこれ!帆船の船首に前弩級の連装砲らしき物体がついています!」
バートラーはそんな報告に方眉を上げた。
100mmの主砲は余裕で届くが、57mm速射砲ではギリギリ届かない正に絶妙な距離。
そんなことはどうでもいい、問題は訳の分からない敵艦のことだ。
海賊映画にでも出てきそうな船体に三笠のような部分がくっついているらしい。
仮に30.5cm砲を乗せているとして、着弾したら間違いなく海の藻屑と化す。しかし相手は主砲を撃ってこないでいる。
1分ほど考え込んでいると次なる報告が彼に告げられた。
「距離8000 。軍艦旗、いずれも合致せず。敵主砲、こちらに向けられています。…敵機接近!」
「——そうかい。スピーカーの出番はないって訳か。射程に入り次第叩き落せ。」
対空レーダーに映るは16つの点。
ブリーフィングで聞いていたが航空戦力をついに差し向けてきたのである。国際協定と一致しないあたり、これは幻覚でも何でもないらしい。
それに主砲をこちらに向けている以上、事を構える気なのは痛いほど伝わってくる。
いずれにせよ防御力に乏しいこの船にとって危機が迫っていることに代わりない。だが少佐は不敵に笑みを浮かべ続けていた。
こいつら、やるな。
それが彼の直面した感想である。
報告によれば、文明レベルはジャンヌ・ダルクが居た時代と同等。
だが目の前の敵は20世紀並みの運用で食らいつい来ていた。
視点を変えてみれば、今JUN-KYUの目の前にいるのは一隻の敵艦とそれを支援する戦闘機や雷撃機の集団。
70年か80年ぶりのドリームマッチに彼の潮が滾る。
「距離1000を切り次第、第一戦速。面舵!」
バートラー少佐の顔は三枚目から虚無を捉えるような鋭い顔つきになっていた。
JUN-KYUは35ノット、約65kmで海上を駆け抜ける。北朝鮮で運用されているナジン級よりも速力を強化されていることから「準急」の名前を冠している。
海を駆け抜けているうちに10キロ近い距離はぐんぐん縮まっていった。
——SplaaaAATT!!!!——
丁度1kmを切った瞬間、ナジンの進路上に水柱が上がった。だが明らかに大口径艦砲が着弾したのとはモノが違う。
「距離900。敵は連装バリスタを装備しています!」
バートラーの頭にあった疑問が全て直結した。
弩級戦艦の砲塔に見間違える巨大なバリスタとは言え、所詮は反発力を利用しただけの武器。
射程1kmもなく、撃ってこなかったのではなく「撃てなかった」のである。
そう考えていると次第に船は舵を右に切って腹を見せ始めた。艦艇は側面を見せた時に真価を発揮するよう設計されているのだ。
————BRSHHH!!!!!————
だが敵の海賊船も黙っていない。狂犬のように火球を飛ばしてきたのではなかろうか
全火力を集中できると言うことは、こちらもダメージを負いやすいという事でもある。
「よぉし、おいでなすった!ありったけの砲弾をぶち込んでやれ!【こちらJUN-KYUから大田切、敵艦から攻撃。これより交戦します】」
脳内麻薬を制御しながら少佐は無線機を取り、背後のチェレンコフ大佐に報告する。
此処から正念場。両者攻撃を受ければたどり着く先は皆海底だろう。
水平線上をコロッセオにした命がけの戦いの火蓋が切られた。
次回Chapter107は10月30日10時からの公開となります
登場兵器
・信濃型空母【北海】
戦艦大和の船体を下敷きにした航空母艦。
超有名戦艦のボディをベースにして建造されているため、Soyuz所属艦艇の中でかなり有名。
日本にくると非常にややこしいことになるので海外任務が主。
・ナジン級フリゲート 準急・各停
駆逐艦より小さい北朝鮮製のフリゲート艦。バランスがとれており、偵察から何やらまで万能役。
装甲が無に等しく、非常に貧弱なためどう立ち回るかが試される。
準急は改造されており35ノット(60km)と足が速く、各停はオリジナルそのまま。




