Chapter105-2. The Journey of Фагот
タイトル:【ファゴットの旅々】
いよいよ私の世界が崩れ去ろうとしている。
モサドから逃げ切ったのをいい事に帝国で5年ほど胡座をかいていたのが良くなかった。
私はファゴット。元々は理論物理学を専攻していた、21世紀の狂ったノイマン。
研究室ではそう呼ばれていた。
どうやらこの地に降り立った記念すべき島も悪魔の餌食になるそうだ。
相手が相手。おそらく我が師も無事では済まないだろう。
積み上げてきたモノはあっという間に崩されるのが世の常らしい。
全てがなし崩しになる前に、やり残したことをするとしよう。
私はゾルターンに隣接するペノン県に向かった。
———————
□
向かう、と言ったがあれは厳密には間違いである。
歩く必要も、タクシーを呼ぶ必要もない。
移動は一瞬で行えるからだ。
陳腐な言い方をすれば「ワープ」
瞬間移動とはまた違う。
時空間を歪めて移動者の物理座標を不確定化。
任意の場所にまるでドアを開けて入ってくるが如く移動する。
理論上可能。実行するにあたり魔力を使っただけに過ぎない。
そのため、プリセットされた式さえあれば魔力量の多い人間でも行うことができる。
最も、我が師でも術の構成に3日を費やしただけあってそう簡単にはいかないが。
——————
□
——ベノマスの街
私は何かしらの訪問する場合は直接現地ではなく、その付近に出現する事にしている。
私ならともかく、商談の相手が突然ワープしてきたら誰だって腰を抜かすだろう。
その件で師匠に釘を刺された。
目の前に広がる模造されたベネツィアの街。故郷の次元を思い出させてくれる。
「傑作」視察は抜き打ちで行く予定でまだまだ時間がある、そんな無駄を楽しもうとした矢先のことだった。
「あんたは……!」
やたら敵視したような声が私の後ろ髪を引く。
「ほほほ…お若いの。わしはこう見えても高官ぞ?」
我ながらくさい芝居をしながら振り返った。
視線の先には不釣り合いな白いローブの青年。
彼こそが次期ペノン県将軍【アツシ】
俗に言う転生者が先にいた以上、私の存在は面白くないだろう。
似たようなのは学会で腐るほど見てきた私にとって
この程度、無礼にカウントする程小物ではない。
私はふと、後輩に挨拶をしそびれていた事を思い出した。
「まぁ良い。貴様に時間があるならサシで話の一つでもしようではないか。無駄を楽しむのもまた一つの趣といえよう?」
緑ローブを着ている間、私はダークマージを演じざるを得ない。
スパイよろしく自分を偽るのもいい加減疲れたことだ。
同郷の人間になら正体を見せても良いだろう。
先輩のよしみだ。
「……本当に話、だけなんだな?」
しかし、アツシ君は苦虫を噛み潰したような顔を貫くばかり。
私の師匠にも通じる、良い心構えだ。
どうやら私に既視感がある人間がいて助かった。時折私が誰なのかわからなくなるが、思い出させてくれたのだから。
血眼で追ってくるモサドもさぞ大変だろう。
彼にはささやかな返礼をしておくことにする。
——————
□
———ベノマス某所
肝心のアツシはこの現状を受け入れたくはなかった。魔導、知性、容姿。全てが自分を遥かに凌駕する存在に直面したからである。
いくつものバッドエンドが頭を巡る。
ファゴットにこの街を乗っ取られ、能無しの烙印と共に追い出されたり、あるいは。
恐ろしい未来を沸々と浮かべていると背後から声がした。
「これは驚いた、私はドイツ語で喋るクセがあるんだがそのまま通じるとは。それとも英語の方がよかったかね」
そこにいたのはファゴットの声をしたスーツの男。
違う。テレビでしか見たことのない、超優秀物理学者のソレが立っていた。
「N、NHKで出てた……!」
「ほう、日本でも放送されていたか。
私が狂った学者として報道される前か?それとも未来のノーベル賞受賞者として期待されていた頃か?」
アツシは鳩が銃弾を食らったが如く顔を歪めた。支配者ではなくコメディアンとしてなら将来有望だろう。
それも無理はない。先ほどまで詐欺めいた呪術師と恰好かと思えば、全身黒ずくめのスーツ男が同一人物だと言うのだから。
「私についてテレビ局が出てくるあたり、やはり出身は同じ惑星か。母なる星、地球。
少々ズレてはいるがマクロで見てみればそう変わらん。演技はどうだったかな、オスカーものまではいかないが君の見ていたドラマに出るにはちょうどいいだろう。」
これが本来の姿、ハイゼンベルグとしての様式。
フィリス様に会って、同僚に芸の一つを覚え込んではや5年。
他人にさらけ出すのは本当に清々しい。
「…僕のベノマスで何がしたいんだ。そんな恰好で脅したって——」
報告でも薄々感づいていたが、この一言で彼はベノマスに強い執着があると確信した。
また、【今までやってきたことをやり返されるのではないか】
そう恐怖している様にも見える。
「私は理論物理のエキスパートだ。忘れては困る。支配欲に塗れた俗物とは違う。ただ同郷の人間がいるから、挨拶しに来ただけだよ」
先ほどのやり取りで青二才の器が知れたが、愛国心が強いとでもプレゼンすればどうにでもなるだろう。
この世に存在する法則は捉えようで毒にも薬にもなる。
報告によればラムジャーと関与し圧政を敷き、欲と力に溺れてハーレムを作っていると聞くが、別に興味はない。
私とてそれだけのモノを得ようと思えばこの手に出来たのだ。
彼はそれを謳歌しているだけ。
アツシ青年が自らの欲望に従いスローライフを送るために国にいるならば、私は【清廉潔白な大量破壊兵器】を作るためだけに帝国にいる。
電車の上り線と下り線が決して交わらないように、青年と私は住む世界が違うのだろう。
土台興味はないが。
「…それでは私、いやわしは失礼させてもらうよ。ほほほ…」
たまには格下と話すのも悪くはない、良いインスピレーションを貰った。
本題に遷ろう。
ここの古代人は非人道的な技術を行使したが故に、獣の使徒に滅ぼされたという。
アルマゲドンの再来を引き起こす【兵器】が今完成に近づいている。我ながら誇らしい。
オンヘトゥ13使徒の数を全て埋められるだろうか。
そこまで時間を稼ぐのはアツシ青年たち帝国陸軍の連中だ。
せいぜい私の期待を裏切らぬよう精進して欲しいものである。
登場人物
アリエル・ハイゼンベルグ
ドイツ出身のユダヤ系理論物理学者。ノーベル賞、それ以上を超越しかけた。
「2017年現在の技術的限界における多次元空間の観測と干渉について」という論文発表後、イスラエル軍事工業(IMI)からスカウトされた。そこでは論文の理論を応用、発展させる研究をしていた。
ドイツに里帰り中、突如失踪してしまっているが…?
筆記はボールペン派。




