Chapter105-1. Super Ancient Mysteries
タイトル【超古代の謎】
冴島少佐の居るようなSoyuzの戦闘部門では、ファルケンシュタイン帝国軍との戦闘に明け暮れる一方、学術旅団では未知の時限に存在するこの国の成り立ちについて調査を進めていた。
だがしかし、ファルケンシュタイン帝国というのは軍人至上主義を掲げる国家。
平たく言えば「軍事独裁国家」
これまで存在していた貴族などは勿論、非効率的な慣習や宗教などを全て削除し続けてきたという。
そう、全ては新しい国のために。
最適化が学術旅団を阻む。
ゴミ箱を空にして消されたデータは二度と戻らないのと同じように、歴史の闇に埋もれた資料を発掘するのは至難の業。
至難で済めばいい方で、紀元前などロクに記録が残っていないものは想像するしか他ない。
かくしてジャルニエ・ゲンツー共々漁りに漁った旅団だったが、この国の成り立ちについて知れずにいたのである。
しかし忘れてはいないだろうか。どれだけ歴史を抹消しようとも、その結果をサルベージできるという事を。
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———ナルベルン自治区
削除された資料の残骸は超古代の都ナルベルンにて発見された。
今よりも300年前に作られたオンヘトゥ神話の聖書がついに発掘されたのである。
だが、この領域は文化人類学を専門とする海原博士では到底手に負えるような代物ではない。
そこである人物が送り込まれた。
「超古代といった上品な佇まいだ、またこれが良い。圧巻されますな、チレイグ氏」
ジグラッドのような城を見るひとりのスペイン人。
赤いTシャツにサングラス、一見してファンキーな印象のこの男、宗教・古代専門の学者コルテスである。
「我が城は古代に作られた代物です、帝国の連中が作ったのと年季が違いますよ」
隣にいる自治区出身の男も只者ではない。彼もまたナルベルンの謎を追う学者だ。
コルテスが本題に入る。
「早速ですが、オンヘトゥ神話について知りたい。」
「ええ、私もそこを調べている身でしてね。書庫に行く次いでにお話ししましょう」
ファルケンシュタインに眠る神話とは一体何なのか。
オンヘトゥとは何なのか。
チレイグは語り始めた。
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「帝国、いえこの世界すべてを作り上げた創造神オンヘトゥという神が居た。
その神は自らが生み出した13使徒を使役しこの世の理全てを作らせた。」
キリスト教と言った一つの神を崇める宗教のテンプレートと言える。次の言葉からその歯車が狂い始めた。
「しかし、理を捻じ曲げはじめた人間に激怒した神は13使徒のひとり、ベストレオに全滅を命じ文明は滅びた。
神は二度と過ちを繰り返さぬよう、自らの血筋を引く存在を地上に遣わせ監視役とさせ、危機が起きた時には異界から救世主を呼び寄せるよう命じた。」
いきなり物騒な文言が出てきたではないか。
理を捻じ曲げ始めた人間に堪忍袋の緒が切れた神は懲罰のためとは言え自分の子供と言える人間を皆殺しにするよう命じたとある。
バベルの塔でも精々言葉が通じぬようバラバラにしたというのに、この仕打ちは一体古代の人々はどんな事をしでかしたのか。
「それがファルケンシュタイン帝国の皇帝一族、と?」
「ええ、その通りです。」
コルテスは考えを述べると、チレイグが正にその通りだと答える。
あくまでもこれは神話上の話であり、それが真実だという保証はどこにもない。
どうやら帝国から発見される聖書にはこの項目が削除されていた辺り、上層部にとって不都合なのは間違いないだろう。
クライアントも皇族という話を聞いているが、ある程度神話通りに話が進んでいるのがどうにも引っ掛かる。
向こう側から見た時、確かにSoyuzは【異界から来た集団】に他ならない。
「ここが過去眠る【海】です」
そんなことを考えていると、石造りの無骨な櫓が目の前に現れた。数千年分の歴史が眠っている、まさに知の地層と言えよう。
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———蔵
この倉庫はチレイグが何年もの間、ナルベルン城の地下に眠る遺産を地道に集めたという。
神話関係でも壁中を埋め尽くすだけあって、一式をそろえるのにどれだけ苦労したのか想像に難くない。
内部は魔力カンテラと呼ばれる、虚空に燃える照明が炊かれており此処が異界であることが良く分かる。
あたりを一通り見回すと、コルテスは学会的質問を投げかけた。
「いきなり初歩的な質問で失礼。人間がしでかした【神々の怒りを買った】とは一体何なのだろうと思って。」
「それだったら第12章6の項に…ああ、こいつだコイツ」
チレイグはまるでウェブ検索にかけたかのように答えて見せたではないか。
聖書を全て暗記している人間自体が居て堪るかと思うが、それ以上に「何故怒りに触れたか」が詳細に残っている点に驚愕を隠せない。
木のように生える本棚の中ほどから古びた書物を取り出すと、ざっくばらんにページをめくっていく。
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——第12章6の項
コルテスは早速ソ・USEを起動し翻訳ソフト「ダザイ」で読み取ろうとするも、エラーメッセージが表示されてしまった。
思いもよらない事態に口元を歪ませていると、男は衝撃的な事実を告げる。
「ああこれ、前見た書物から多分500年くらい前に書かれたっぽくて今の言葉じゃないんだなこれが」
辿るなら今から800年前。
ちょうど日本の鎌倉時代に該当する書籍が「ついこないだ手に取った雑誌」のように目の前に存在するのだから。
それまでは良い。問題は異様なまでの保存状態に尽きる。5年前に発刊された古本だと言えば誰もが納得してしまうだろう。
ページは虫食いおろか劣化する様相すらなく、指でなぞれば切ってしまう程に鋭いではないか。
これが鎌倉時代に発行されているとは到底思えない、思いたくない。
脳が理解を拒んだ。
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ただでさえ異常な状態の良さに加え、古代文となれば頭脳処理の限界を超えそうになる。
仕方がないのでチレイグが朗読することになった。
「神々の想像物である獣をついには合成し始め、兵器として運用し始めた。馬と大猛禽を混ぜ天馬とし空を駆け巡り、竜と雷を融合させ迅竜へと変え使徒するのが当たり前となっていた。」
コルテスの脳はこの文言を理解できなかった。現代技術でも生物のキメラを作るのは容易ではない。
にもかかわらず、超古代の人々はさぞ当たり前のように動物を混ぜていたというのだ。
まるで絵具を混ぜて丁度いい色を作り出すかのように。
「…実際、可能なのか?」
彼は恐る恐る問う。
人間がこうもまで自然の理を変えられるのか、そんな事実が絵空事であってほしい。心の中ではそう思っていた。
もはや祈りに等しい。
「…やろうと思えば。城の地下からどう見てもそれらしい物体がまとまった数出てきたからね。共食いさせて魔力さえ流せば…できる。俺は天罰が怖いからお断りだ」
尊い願望は残酷にも砕け散る。
これはただの宗教ではない。オンヘトゥ神話は真実を映し出す歴史の鏡。
過去にあった大事件を勝手に人間が崇めているだけに過ぎないのだ。
コルテスはそう確信した。
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恐るべき歴史的真実に触れてしまった彼は気を紛らわせるべく、帝国の成り立ちを調べ始めた。
依然として謎に包まれているこのファルケンシュタイン。この聖書が過去を記しているのならば、歴史に迫れるのではないか。
——第22章54の項
本棚一杯にせねば全て知ることが出来ないとなれば自ずと切り捨てられる場所も存在する。
この項もその一つかもしれない。
「人々を監視する帝は神の因子がその身を蝕み、神の同類。人ならざる存在へと変える。
70年に一度、後継者に役を継がせるため神に最も近い地で祈りを捧げ続けなければならない。これを神代の儀と呼ぶ。
跡継ぎに相応しいの者は帝自らが選出し、選出されたものは天命より指し示られたモノによって導かれる。」
神秘的だが、逆に考えれば軍事クーデターを起こすのに最適と言える。
最高権力者が不在である状況、恐らく近衛兵も警護に集中している事だろう。
だが考えて欲しい。何年も続いている以上対策を取ってから儀式に臨むはず。
なぜ現皇帝はそれを取らないまま神代の儀を行ったのか。
その真意は分からずとも軍部の言い分は想像がつく。
軍需産業の低迷もその一つだろうが、いつまでも神という他人の手に牛耳らせて不満が溜まらないはずがない。
自分達を蔑ろにした神に反逆するのも人間の性。
なんにせよ、複雑な事情や意図が絡み合っているとしか言えない。コルテスはあくまでも古代や宗教に関する学者。
主義主張には言及する主義ではないし、なにかしら物事を見る時には色眼鏡を外して挑むべきだろう。
世の中、一つの真実にたどり着けばいくつもの謎が降りかかるもの。それでもなお学者は挑んでいかねばならない…




