Chapter103-1. Victim Relief
タイトル【被害者救済】
ゾルターンの魔の手を退けたナルベルンでは区域を挙げてのお祭り騒ぎが起きていた。
財政が厳しいと言われていた自治区だが、その問題は全てラムジャーの取り付けてきた不平等条約によるもの。
県境の通行税、輸出するときに払う税金はまだいい方。
防衛という名目でロンドン組員を送り込むまでに飽き足らず、それで派遣費をもぎ取ろうとしてくる有様である。
おまけに自治区は不当に鎖国させられている状況であり、徹底的にむしり取っていたのだ。
条約を飲まなかったり、ロンドンを一人でも殺しでもすれば数の暴力で陥落させた後、何もかも奪い去ると脅して。
そんなことをしなくても良いと知るや否や、これだけの騒ぎになるのも納得が行く。
誰もが声をあげて叫びたくなるような日和にも関わらず、一人だけ無言で支度をする男がいた。
アシュケントである。
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---ナルベルン城 自室
彼は与えられた部屋で身支度を整えていた。
背中には盾とそこに格納された鋼の剣が2本、腰には手斧が3つ。
バックパックには干し肉と乾パン。そして水筒がくくりつけている。
夏の長旅にしてはあまりにも不足しているのは誰にでも明らか。
「…剣を下ろして水筒をつけておくか。これさえ有ればいいだろう。」
そう呟きながら盾内に仕舞った剣を抜く。
よく磨き込まれた刀身が風景を反射して持ち主を映し出す。
そこにいたのはアシュケントではなく「鬼神」そのものだった。
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彼にしてみれば戦いはまだ終わっていなかった。
部下を大槍で虫ケラのように殺された時にはじまって、今はその一部に過ぎない。
戦場に出れば理不尽に戦死するのは往々にしてあることだ。
しかし、祖国のために立ち上がった新兵が「話し合いの場」という場において散っては話が違ってくる。
自分たちの居場所を守ることもできず、余興か何かのつもりで。
一人の兵士として。また戦士として、許すわけにはいかなかった。
この手でゲイルの息の根を着実に止めない限り、アシュケントの戦いは終わらないと言って良いだろう。
加えて踏ん切りが付いたのも大きい。
ゾルターンから干渉されることもなく自分の足で歩けるようになっている。
自分のような流れ者の役目を終え、必要もなくなった。
自殺願望かと問われれば断じて違うと言い切れるdsろう。老兵静かに去るとは言わないが、やることをやっておかなくてはならないのも事実。
仇討ちの準備を進めていくと、誰かが扉を叩く。
「隊長、よろしいでしょうか」
「ああ」
分隊長のロジャーだった。
彼は部屋に入ると、あることを問う。
「隊長殿が成していることはわかっております。伝言などはございますか」
「いや?やるべきことは全て此処に残したからな。最後の始末をつけにいくのはわかってるだろ」
それに答えるが、ロジャーは黙ったままだ。止めて欲しくはないものの、気味が悪いため聞き返す。
「止めないのか?」
「隊長殿がその御つもりなら。」
軍人として口を挟まないのではない。彼は自分の意思を全て汲み取った上で引き留めないと決めたのだろう。
アシュケントの口から息と共に言葉が溢れ落ちる。
「…良い部下を持ちすぎた。」
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全てを飲み込んだロジャーと入れ替わるようにして、凄まじい足音が迫る。
デュロルだ。
誰にも言っていないが、やはりどこかで漏れていたか。彼は目を細める。
「アシュケント、今すぐ辞めろ、本当に!」
凄まじい力で肩を掴まれ、大シケの海よろしく揺さぶられた。魔具の外し忘れは気が付きにくいものである。
「……。俺は帝国の人間。ただ一人のはぐれ軍人がヤツを殺した、それだけの話だ」
実際の所、帝国はいい加減ロンドンと深い繋がりがあるゲイルを排除したくてたまらないだろう。
都合のいいことは多少の事があっても目を瞑る体質からして、多少ぶち殺しても自治区にまで捜査の目は向かない。
その上出てきたとしてもカバーストーリーでどうにでもなる。
少なくとも自治区が直接手にかけたとはならず、言い訳一つで疑いの目から逃れることが出来るだろう。
そこを心配しているのかと思いきや、デュロルの心理は異なっていた。
「…よく、聞いて欲しい。私はつくづく感情に動かされやすい浅ましいヤツだってくらい知ってる。正直言ってお前がどこかに行くと知ったら耐えられないことだって。
私はそんなことで引き留めたくはない。女という立場じゃなくて、一人の為政者として…」
寂しさだけで止めたくはない、一体どう言うことなのか。
「わかってる。…アシューがどう考えてるくらい、私にわからないとでも思っているのか?人間死ねば終わり、だけど残された人間たちはそうもいかない。」
「…お前が帝国の人間によって殺された。そのことを知ったらどう思う」
憎しみは連鎖するとはよく言ったものだ。
4度続いた帝国とガビジャバン王国の戦いも、2回以降は全て納得がいかなかった王国過激派によって引き起こされている。
双方大きな傷を負った最中、新勢力の出現を許してしまった。
そうなれば何世代と渡って小競り合いが続くのは言うまでもない。
「防げたはずにしてはダメなんだ、防がなくてはならないんだ。……お前は無念のまま死んだ彼と同じような兵士や民をどれだけ産めばいい?
…仇討ちするな、とは私も言えない。私だって憎くて堪らない。
だけど、別のことを…すればいいんじゃないか、と思う。奴らの被害にあった人々を救済するような…」
復讐とは違うアプローチにしてみてはどうかという提案だった。
しかしアシュケントは準備を進めたまま手を止める事はない。
一人の政治家として自分よりも賢明になったと思う一方で、どうすれば良いのか彼自身でもわからなくなっていたからである。
ただ、黙り込むしかなかった。
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ラムジャーとゲイルへの復讐から、奴らの毒牙に掛かった者の救済を行う団体「ラムジャーを許さない市民の会」が結成された。
発足にはSoyuzによる解放ともたらされた自由思想が広まったことも少なからず影響しているのは間違いない。
上層部を見てみると、方針などはアシュケントが。下々の会員は名前通りナルベルン人民たちで占められている。
敗残兵だった親から自衛術として武器の扱い方を代々受け継いできたためか、その顔は凛々しい。
そんな彼らの指揮を執り、暴走しないよう手綱を握るのがロジャーだ。
市民の会が掲げる目的は「ラムジャーとラムジャーがふりまいた影響の殲滅」と物騒極まりないもの。
これは悪徳ゾルターン将軍による飢えや貧困にあえぐ帝国の人々にも当てはまる。
帝国から散々と差別を受けて来た流れがあるものの、被害者同士がいがみ合っていても何も生まれない。
そのことを嫌というほど知っている人間に説法は不要だろう。
だがラムジャーが手厚く支援するロンドンに限っては話が違ってくる。
自治区から将軍への貢物と何人も女性を拉致し、依頼主は使い捨ての慰安として使ってきた過去があるからだ。
噂によれば代表のデュロルもそうして生まれた人間と聞く。
明らかにファルケンシュタイン帝国派にも関わらず、過激派などによる反乱が起きないのもこうした理由があるからだ。
最も、苦しい中いがみ合う余裕など無いのかもしれない。
そんな中、ナルベルンの城を一部使ってロジャーは結成記念の演説を行われようとしていた。
物騒なマーキングを施されたアーマーナイトや天馬騎士たちがずらりと並び、異国情緒があふれる。
そのほとんどが帝国式ではなく、隣国ガビジャバンの方式ばかり。親の形見というのも少なくないらしい。
また一般人も混じっている辺り、純粋な武装過激派集団ではないことが伺える。
「———我々は常に他者によって虐げられてきた!こうして機運が来た今!果たして報復へと転じて良いのだろうか?
悪の権化、根源である極悪ゾルターン将軍ラムジャーはこの上ない敵であることは皆が知る通りだ。
だが奴はあろうことか我々のような自分の統治するか弱き民を虐げている!彼らに牙を剥いて、終わらない戦乱を招いていいのか!?」
「断じて違う!
我々は帝国から虐げられた過去を捨てて一丸となり、救済とラムジャーの禍根を【殲滅】しなくてはならない!そのために皆の力を借りたいのだ!
私のような重装兵は悪しき連中の盾となり、天馬騎士の諸君は空にはびこる賊や物資を運ぶ生命線へ、武器を持たない皆は傷ついた民を救済して欲しい!」
「ラムジャーへの憎しみを今!全て傷ついた民に向けてこそ、我らラムジャーを許さない市民の会が成り立つのである!」
マイクを使わずとして、ロジャーは凄まじい気迫を隅々に届けていく。
悪しき集団やその手先を打ち砕き、被害にあった人々を救済する。
憎悪、怒り、殺意を全て慈愛に変えて世界を救う武装集団
「ラムジャーを許さない市民の会」誕生の瞬間である。
草陰で演説を聞くアシュケントは一言呟いた。
「厄介な事にならなきゃいいが…」
果たして、この市民の会。
Soyuzの敵となるか味方となるか。
登場団体
ラムジャーを許さない市民の会
ナルベルン自治区に生まれた武装市民団体。
いままでラムジャーによっていくつもの不平等条約を結ばれた挙句、脅迫を受けていた自治区だが、Soyuzの契約と解放によってその足枷から解き放たれたことをきっかけにして生まれた。
ラムジャーやその手先であるロンドンを絶対許さず、被害者を救済する。
奴による被害者が殲滅されるその日まで。




