Chapter101. Tank eyes shining in the dark
タイトル【闇夜に輝く戦車の目】
——ウイゴン暦 7月 7日 既定現実 7月 14日 午前10時
市街地周辺
——VLoooOOOO——Grad!Grad!!——
エンジンを轟かせ、チェンタウロは市街地に向けて走る。スピードを出しているため凹凸でひどく揺れることはあっても、時が止まったかの如く主砲はぴたりと動かない。
冴島は今まであったことを整理していた。
元をただせば機甲小隊は光学迷彩をまとった魔導士による肉薄攻撃を受けたことに起因する。
人間が立っていればはっきりとわかる平原だったこと、太陽がすでに上っており赤外線暗視装置を使用しなかったこと。
これら全て全て仇となったと言っていい。
そうとも知らず、目前の騎兵を攻撃しようとした時に仕掛けてきたのである。
敵からしてみれば灯台足元暗しと揶揄され、嘲笑されようが現代技術では実現不能な攻撃に遠く及ばなかったのだ。
迫撃砲の直撃にも匹敵する攻撃に中破したBMPはもとより、爆破魔道に耐えられないと判断されたチェンタウロたちは迫りくる軍勢の排除に回り、中戦車や重戦車といった一定の装甲を持つ車両は透明化した敵の掃討を担うよう指示を出していた。
しかし、こういったアクシデントが起きた際に過ぎたことをどうこう言ったところで解決しない。
指揮官として試されるのは問題にどう立ち向かい、勝利するか。
生きるか死ぬかはすべて少佐にかかっているのだ。
上空にいるOV-10から送られてくる予想進路図を確認すべくソ・USEを手に取ると、鋭い目でペリスコープを覗く。
高速で横切るオリーブ色の草原や見慣れた赤土の先に、四つ足で走る影を見つけた。背後にはパワード―スーツのようなシルエットも確認できた。重装兵で間違いない。
「——3時方向に敵、撃て」
烈火のごとく煮えあがる感情を抑え、冴島はありのままの事実を報告した。
———————
□
敵を見つけられればこちらの物。優れた射撃統制システムを積んだチェンタウロの敵ではない。
敵も我々の火砲に対して学習し始めているのか、騎兵の間が大きく開いている。
着弾時に生じる破片などの巻き添えを食らわないようにするためだろう。
歩兵装備や機関砲で対処できるアーマーは兎も角、高速で動く馬に乗った敵だけは何がどうしてもここで倒し切らねばならない。
ハリソン防衛線の時でもそうだが、槍による絶対的なリーチや移動力、速度の出た馬自体に体当たりされれば装甲を持たない自動火器など意味をなさず一方的にやられてしまうだろう。
そうなれば各個撃破することになるが、行ってしまえば装輪戦車は中途半端。
載せられる砲弾は主力戦車と比較すればかなり少ない。
今後の火力支援も考えてできるだけ弾は残しておきたいが、騎兵は絶対に排除しなければならない。少佐は相反する二つを纏めて解決する案を実行する。
二度と繰り返してはならない。空港に積み上げられた防衛騎士団の死体の山を。
強い決意を抱いた冴島は車長用ハッチから身を乗り出すと、手近にあったMG3機関銃のトリガーを引いた。アイアンサイトだけが頼みの綱、残りは今まで戦ってきた経験で狙いをつけるのだ。
———DLLLLLL!!!!!———
いかなる機銃に追従を許さない発射速度。電気鋸の名を継ぐものだけある。
弾薬を全て使い果たしてしまいかねない暴れ馬を手なづける傍ら、時折双眼鏡で観測を行いながら排除していく。
照準器の指し示す遙か彼方に向け銃弾を放っている以上、最早砲撃と差異はないだろう。
問答している場合ではない。ベルトに混ぜられた曳光弾を目で追いながら、小さな暴れん坊を抑え込む。
狙いをつける感覚としては都会にある駅から駅を狙い撃つことに近いか。
こんな無茶をやれるか、ではなく実行しなければならないのだ。
チェンタウロと並走するゲイル一行は市街地に向けて疾走する。
指揮官である彼はより広い視界を得るためフェイスガードを上げ、警戒を緩めない。向かい風で馬具と自身が吹き飛ばされそうになるが思考は冴える一方。
冷え切った頭で彼は思考を張り巡らせ、次なる手を考えていた。
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□
足止めに気が付いたのか馬車にシューターでも乗せたようなヤツが追ってきた。
ヴァドムを食らったと思わしき兵器は後ろに下がり、他は魔法で透明になった兵を倒すのに躍起になっている。
敵を分断出来たことは良いが、自分達が入り込めば猶更良い。問題は隣を走る異形をどう振り切るか。と冷静に状況を整理する矢先のことだった。
「来たか、見えざる矢。弾丸が」
付近にいた遊牧騎兵が突如無数の銃撃を受け、落馬したのである。
所詮はロンドンから補填してきた非正規の兵士。何人くたばろうが知ったことではないが、こちらのヴァドム対策を打ち破ってきたことに変わりない。やけに頭が働く連中だ。
敵も目がいい。
こちらからは見えない、スナイパーですら見つけられるかどうかと言った距離で撃ち抜いてくる。異端の力を振りかざしているだけではないことは良く分かった。
その時が自分に回ってくることも。
「——!」
焼きつくような鈍痛が体中を駆け巡った。それどころか異端の毒牙は全身を八つ裂きにしていた。気が付けば槍を持っていた腕さえ見当たらない。今までの飛び道具を凌駕する攻撃に晒されたゲイルはバランスを崩し、そのまま落下。
騎士にとって落馬は死を意味する、筈である。
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□
市街地の防衛に充てるため、軽装甲車は内部で圧縮された負傷者と兵員を一旦下ろしていた。
爆風を抑え込めたとしても車両の中身は鋼鉄で充填されているわけではないし、それに揺れを封じることが可能な程質のいいサスペンションもついていない。
そのため車載無線は破壊され、スタッフはあちこち打撲していたのである。骨折した者がいないだけ幸いだった。
その脇でパルメドとグルードは爆発の瞬間に巻き込まれたガンテルを介抱していた。
「オイ、いつまで寝てんだ!——見ろよクソみてぇに安らかだぜ。」
「…完全に伸びてるな。ぶっ飛ばされてなんでヤツは生きてるんだろうな。」
彼らがそういうのも無理もない。爆風に巻き込まれれば普通即死してしまうにも関わらず涎を垂らして気絶しているのだから。
最もな話、コレが扉を閉じなければ車内にいた味方は大損害を負っていたのは間違いない。
必然的に英雄になるのだろうが素行を見ていた身からすれば腑に落ちない、という顔をしていると目を覚ましはじめた。
「ったく。———此処どこで何が起こってやがる。」
この男、常軌を逸脱した頑丈な男であることを忘れてはならない。燃やされようが雷撃されようがカートゥーンの如くピンピンしていたのだ。この程度でへばる訳がない。
「今度はついに地獄からつまみ出されたってか。ここに来る敵を残らず始末しろとさ。
——おいでなすった!」
寝ぼけ眼で起きだしたガンテルに対し、グルードは呆れながらそう言っている傍ら周囲のスタッフが一斉にライフルを構える。
「ふざけやがって…ロンドン如きにこんな矢なんて勿体ないったらありゃしねぇ」
彼は背中に抱えた鉄の弓を横に構えると矢を一本取り出し、恐るべき速度で構えた。
自治区の存亡は彼らに託された。
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□
一般的に、戦場で司令官を失えばその部隊には死が待っている。
だがゲイルが率いるビッカースやロンドンは今までの常識を凌駕する。鎧を着て正式軍の武器を持った危険人物もとい、蛮族であることを忘れてはならないだろう。
指揮という足枷が解き放たれた今、殺戮と略奪を齎す殺人鬼と化した集団が迫っていた。
ようやく術が解ける、足音だけだった敵が姿を現す。ターバンのような覆面をしているばかりかその手には剣が握られている。ほとんどが魔導士の護衛を任された盗賊だ。
付添人という役職は退屈で仕方ない。その上透明になって慢心しきっているなら暴走するのもやむを得ないだろう。
突然現れた敵に対しスタッフは一斉にライフルを構え、惜しげもなくトリガーを引いた。
———BLATATA!!!———
銃声と共におびただしい量の薬莢が地面に転げ、シーフたちを薙ぎ払う。それでも恐れを微塵も知らぬバッタはスタッフに詰め寄る。
火力に対して数が多すぎるこの一言に尽きるだろう。その上銃弾を防げる盾役も突撃してくるため、厄介にも程がある。
中破したBMPは砲塔までダメージが及んでおり、今重装兵を始末できるのはライフルの下に着けられたのと一兵士が持つグレネードランチャーか機関砲だけ。
「こいつ、ぶっ殺してやる!」
——QRAM!QRAM!!!!——
グルードは迫りくるアーマーナイトに向け何発も撃ち込んでいた。小さな鉛玉ごときでは装甲車にも匹敵する鎧を撃ち抜くことは叶わず、無数の銃弾が雨傘に降り注ぐ雨粒の如くはじき返されていく。
効かない事はとっくの昔に知っているが、自分が持つ数少ない40mmグレネードをぶち込んでやるには動きが速すぎるのだ。
やっとこさ衝撃に悶えているところですかさずGP30をぶち込む。
頭に着弾したHEAT弾は兜を容易く貫通し置物のように地に伏した。
倒せない訳ではないが、それまでに至るのが面倒な相手。空マガジンを吐き出し、マグホルダーから弾倉を抜き取っていた時である。
「ぶっ殺してやる!」
剣を振るうロンドン兵がこちらに迫っていた。
ヤツが持つ刃止めがあるボディーアーマーでも表層のケブラーは容易く両断されてしまう。その上湧き出るように敵の背後には新たな重装兵が来ていた。追撃の勢いはけた違いである。
どの世界にせよ狂気にかられた歩兵が突撃してくるのは恐ろしい。
拳銃MP443を瞬間的に抜いてどうにかなるか。
グルードは考えた。極限状態故、周りの時間がゲルに閉じ込められたかの如く鈍くなる。思考が加速する一方、体が付いてこないのである。
グルードは歴戦の兵士、といっても特殊部隊のように人間という枠組みから脱皮しだした蝶ではないことを忘れてはならない。超人が雑草のように生えていては困る。
一人ではどうしようもない状況に陥った。だがもう一つ、忘れていることがないだろうか。彼は一人で戦っている訳ではないと。
瞬きも許さぬ速さで賊の頭を射抜き、即死せしめた。この場で矢を使う人間はガンテルだけだ。
パルメドも敵の追撃を許さない。AKの乱発で動きを止めた瞬間、恐ろしい速さでガロ―バンに持ち替えたのか、脇腹に徹甲矢が貫通した。
手早くリロードを済ませたグルードはプラスチックのストックを肩に添え狙いをつけシーフを射殺する。
彼の活躍が回り巡って隊を助けることに繋がる。電波が飛び交い、デジタル化がいかに進もうとも根源的に変わることのない営みであろうか。
機械化歩兵小隊に掛かった雲は晴れることはなかった。恐れも知らず、ただ破壊と殺人欲求に塗れた野蛮な獣が絶え間なく襲ってくるのだから。
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□
その傍ら、透明になった魔導士を狩り続ける者がいた。
残存した重装甲車両たちである。
車両には無数の爆破が襲うも分厚い鉄板肌をもって遮断しありったけの戦車砲と機関銃であぶりだしていた。装甲兵器相手に敵が見える、見えないは些細な問題だ。
ゲリラなどは見えなくて当然なのだから。
だが可視光を透過するインビジブルの怪物はわけが違う。
物陰に身を隠しているイスラム過激派とは違い、遮蔽物を必要としない。ゆえにあらゆる方向から飛んでくる爆発に対し対応は困難だった。
———ZLaaaaAAAASH!!!!———
足踏みするよりも一歩踏み出したほうがよっぽど良い。
彼らは砲撃の手を緩める気など更々無かった。周囲にいる敵を根絶やしにすればすべて解決する、それが現代式解法だ。
その中でも重戦車T-10を率いるダルシムはこの状況を打開できないかと考えていた。
弾薬は限りがある。すべて撃ち尽くしたその時から戦車は動ける置物と化すからだ。
燃料までも切れたら最後、本当にモニュメントに成り果ててしまうだろう。
それだけは何とか避けたい。使えるようなモノはないか、いいアイデアはないか。頭を抱えて考えているとディーゼルの爆音が全てを満たす。
その時彼はあることを思いついた。エンジン、人が放っているあるものを利用する方法を。
「赤外線暗視を起動、砲塔を回せ!」
十分敵の位置がわかる昼間にはあまりにも異様な指示だった。
季節は夏、周囲と人影を見分けるにはかなり紛らわしい。ここまでくると破れかぶれまで来た賭けだ。
機銃の乱射を辞め、砲塔が旋回させていた時である。
「———ここだ!」
———ZDADADASH!!!!
突如砲手がKPVを放ち始めた。一周し終え、銃口からは消炎が昇る傍らには魔導士だったものが転がっていたではないだろうか。
一か八か。親指ではじいたコインはダルシムを現したのである。
砲手はこの灼熱の空間でもはっきりとわかる白い影を捉えていた。エネルギーだけの魔導とは言ってもすべてが爆風に変換される訳ではなく、一部熱として姿を現す。
一発だけなら問題はないだろうが、何度も爆破していれば気温と区別が付くほどに加熱するだろう。それを見抜いた彼は引き金を引いたのである。
「YOGA01から各車、赤外線暗視を使用せよ」
ここさえ切り抜ければ形成は一気にSoyuzに傾くだろう。パンドラの箱から、今になって最後の希望が零れ落ちた瞬間だった。
次回Chapter102は9月25日10時からの公開となります。
登場兵器
T-10
ソ連最期の重戦車。赤外線暗視装置が勝利へと導いた。鈍重なのとT-55らとポジションが被るせいで影が薄い。搭載する14.5mm機銃 KPVはアーマーナイトの鎧を貫通することが出来る。
GP30
AKのハンドガード下に取り付けられるグレネードランチャー。アメリカに似たようなのはあるが、こちらの方が厳つい。
MG3
ナチスドイツの電気鋸をそのまま引き継いだ機関銃。驚異的なサイクルで弾丸をばらまくことが出来るが
残弾には要注意。




