Chapter99. Tutorial is the end
タイトル【チュートリアルはここまで】
——ウイゴン暦 7月 6日 既定現実 7月 13日 午後9時
自治区市街地
Soyuzは少々手荒な方法になったものの、ナルベルンの通行認可を承認することができた。これにより主力戦車等がこの先に進めるようになるだろう。
通行ルートは戦場をつなぐ大動脈。寸断されれば忽ち戦線は枯果てる。
無限に近い物量を持っていたとしても道がなければ何ら意味をなさないのだ。
先に権能はヘリにて本部拠点に帰投しており、ゾルターンに送り込む戦車隊と合流すべく冴島ら機甲小隊は警戒する傍ら待機していた。
時刻は21時。夏とは言え辺りは暗闇で覆われる。
依然としてどこからともなく視線を感じるが、彼は気にも留めないでいた。
自分たち戦闘員であれば「主力戦車」であると理解してくれるが、向こうでは火砲を乗せた人智を超えた鉄の怪物に見えているのだろう。
そうした時に人間は怖いもの見たさというものでじっと見たくなるものだ。
気を紛らせるべく、満点の空に広がる異界の星空に一際光る星々をつなぎ、星座でもないかと見上げていると無線の呼び出し音が鳴る。
【ジャルニエHQからLONGPATへ 到着時刻は明朝7時を予定している。】
【LONGPAT了解】
ジャルニエ基地からの一報だった。
どうやら自分たちを追う車両たちは夜が明けないと来ないらしい。戦車らはスポーツカー程足が速いわけではないし、何より地形の影響がモロに出ることもあるため何らおかしなことではない。
そんなときの少佐の悩みと言えば一つしかなかった。
「…またコイツに頼るしかないか…」
彼の手にはカップヌードル、それもグリーンカレー味が握られている。喰えるに越したことはないがどうしても飽きが来てしまうのは事実。ここに来て最大の危機なのは間違いなかった。
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□
ハリソンであればドルとゴールドが同じ価値を持っているため買い物ができるが、このあの空気からして買い出しに行けるだけの寛容さは到底存在しないだろう。
頼みの綱である機械化歩兵らは簡易陣地を建設して睡眠を取っており、頼れるのはT-72車長ダルシム大尉しか残されていなかった。
藁にもすがる思いで辺りを散策していると、彼は砲塔上で寝転がっていた。昼の熱が残っていることもあって心地よいとは言い難く風にでもあたっているのだろうか。
「大尉、少しいいか。」
「どうかしたんですか少佐。こんな格好ですいません、最近星なんて見てないなと思いまして。」
彼はバネが仕込まれていたかのように跳ね起きるとこう答えた。どうも俺と同じく肉眼で天体観測をしていたらしい。
「——悪かった。折り入って頼みがあるんだが…良いか?」
「かまいませんけど…」
早速本題に移るとしよう。
「…炭水化物ですか、レーションのクラッカーありますけど…ヌードルの汁に入れると言えば…。それにグリーンカレーになんで麺を入れるとは度し難いですな。」
ダルシムは少佐の願いを完膚なきまで粉砕した。
日本人としてみればカレーに麺を放り込んで食す文化は当たり前にあるが、外からしてみれば理解が難しい。パスタソースとして作られたのならまだしも、カレーはあくまでカレーとして食べるもの。
同じ次元でもこのような差が存在するのだ。次元を飛び越えた先では通じないものだらけだ。意識はしてないと中々気が付けない。
「そうか…。すまなかった。」
冴島は改めて文化を知るということの大切さを身に刻んだ。
生きていて40年を超え、中東やメキシコと戦場を巡ってきたが、まだまだ自分の知らないことがある。
GPSやインターネットが発達して地球が狭くなったと言われるが世の中未知でいっぱいだ。
他の世界に手を出し始めた今、世界に際限無いのかもしれない。
そう思いながらガスコンロを組み立てるとステンレスマグカップに水を注ぎ、火にかけながら夜空を見上げてつぶやく。
「…星空を見ながら食うのも悪くはないか…」
彼の上では音もなく星が輝き、一日の終わりは静寂に満ちていた。
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———同刻 自治区境
ロンドン拠点
動き始めていたのは何も自治区だけではなかった。
騎士将軍ゲイルは「目」を残していたのである。理由は簡単で、Soyuzと接触した際の反応を見るため。
奴ら異端軍は妙に人道的な軍勢であることは占領地が物語っている。仮に甘い言葉を投げかけ、奴らと手を組んでも何ら不自然ではないだろう。
適当な言いがかりをつけて自治区を滅亡させることは容易ではあるし、実際彼は引き金にいつでも手をかけている。
しかし、間食感覚でジェノサイドを繰り広げ有用な古代遺産を略奪した場合はどうだろうか。
ゾルターンの小銭入れを失うことになり県と対立するのは容易に想像がつく。
ロンドンの窓口であるゲイルとて信用を失うことになり、今までのように好き勝手はできなくなるのは間違いない。
暫く様子を伺うべく、彼は自治区国境にあるゾルターン側ロンドン陣地に身を隠し「目」からの情報を待つ。
会談にいる時とは異なり、気持ち悪いほど静かに鎮座していた。
その周りにいるビッカースも同様で、彼らも二度とない一方的な虐殺の機会を待ち望んでいるのである。
日が落ちてから数時間、昼の時の暑さが引き始めた時に一人のシーフが拠点の扉を叩く。
「入れ」
ゲイルが許可を出し、部下に扉を開けさせる。
すると布をターバンのように巻いた覆面男が入ってきた。剣を蓑下に添えたロンドン・シーフであり、「目」本人である。
彼に前に跪くと鵜のように情報を吐き出した。
「奴ら、確定です。異端どもを攻撃するどころか、手を組みやがりました。」
その言葉を待っていたのか、ゲイルは即座に立ち上がり狂気じみた笑みを浮かべる。
「そうか、そうか。これはゾルターンに対しての反逆だ。
人民ぐるみでやればわからないとでも思っているんだろうが、この俺はそこまで甘くはない。県に逆らうものは国に逆らっている、反逆罪に則り猿どもすべて死刑を執行、殺処分とする。
「実行日は丁度今日。日が頂上に上った刻だ。もちろん近辺の拠点に人間を全て動員し、徹底的に焼き払え!」
この男、やはり殺しが絡むと誰よりも機敏に動くようになるようだ。
自治区破滅の瞬間が刻一刻と迫る。
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——ウイゴン暦 7月 7日 既定現実 7月 14日 午前8時
自治区市街地
一夜が明け、ようやく後続部隊がやってきた。
機械化歩兵の居所BMP-2が4両。そして火力の中枢を担うそれぞれ2両の4式中戦車と重戦車T-10M。
指揮を執る車両はといえば、チェンタウロが配置されていた。
比較的高価な主力戦車では過剰と判断してのことだろう。
対してMBTと役割が被っている重戦車T-10にはアーマーナイトの装甲を貫通できる14.5mm機関銃が装備され、傘のように機銃弾が弾かれることはない。
短距離弾道ミサイルことスカッドDが車両ごと来る予定だったが、物騒極まりないシルエットから自治区側から苦情が来たらしく、配備はいくらか説明会を開いた後に設置されるとのこと。
そんなことを考えていると、輸送隊長による引継ぎが行われようとしていた。
「0822、受け渡し完了。これより配置されていた車両類をゲンツーに回送します。
——中将より電報が届いております。【後続が到着後、自治区を出発しゾルターンへ侵攻せよ。また、自治区の管理者は権能中将に移管された】と」
「了解。こちら側も本部に伝えてもらいたいことがある。【追加作戦あるため中将宛に連絡されたし】と。
——どうやら中将の話によれば隣県ゾルターンと隷属関係にある可能性があるとのことだ。どこで提携を組んだか漏れるか知れたものではないからな」
「了解いたしました。これより帰投します」
一連の連絡を終えると彼らはBTRと戦車に乗り込み、足早に自治区を後にした。
今後すべきことといえばゾルターンに対して侵攻をかけることだが、それよりも重要なことがあった。部隊編成と偵察である。
いつの時代もそうだが、戦いの勝敗は情報の多さで決まるもの。一般的な指揮官は敵地に攻める際に偵察機を飛ばすところからすべてが始まると言っても過言ではない。
彼はそれに則り、ハリソン基地からOV-10を呼び寄せることにした。
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偵察機による情報がもたらされる間、冴島は残された短い時間をブリーフィングに充てていた。
集まった兵員の中にはダルシムといった装甲車両に通じたプロだけではなく腕利きのスタッフが揃う。
その中には見慣れた大弓持ちやアラブ育ちと言った顔を知った人間も混ざる。
ただでさえ多くの人間が集まることもあり、兵士が集結した姿はモザイクアートとも称することができるだろう。
「お前たちは到着後早速仕事に入ることになる。以前此処に権能中将が来たことは知っての通りだが、自治区との交渉は成功し、通行許可が出ている。」
「しかしながら敵も輸送ルート確立に黙ってはいないだろう。
この提携を反逆と見込んでくる軍勢が必ず【いる】。…間違いなくな。諸君らにはこれの討伐にあたってほしい。」
「仮に居ないとしても此処を飛び越えればすぐさま敵地になることを重々頭に入れておくように。
機械化歩兵小隊はBMPに、他乗員はそれぞれ持ち場にて車両をいつでも出せるようにしておけ。——ゾルターン最初の制圧地点は大規模偵察作戦の際撮影された村に…」
その時である。
———RRRRR!!!!———
冴島のポケットに放り込まれたソ・USEの呼び出しが静寂を破壊した。
彼は異様な速さで端末を取り出し、応答する前に部下たちに一言申し上げてから誰が連絡を寄越してきたのか確認する。
それはOSKER01、先ほど要請した偵察機からの報告だった。
【こちらLONGPAT、何か見つけたか】
【こちらOSKER01、敵発見。自治区市街地まで距離8000、そちらに向かっています!】
一報に少佐の顔が一変した。
敵はわずか8km先まで迫っているのだ。自治区周りには森が少なくシルベー防衛戦を行ったような凹凸のある平原が続いている。
その知らせだけで十分。
相手が騎兵だろうが歩兵だろうがすぐさま出撃しなければならないのだから。
【了解、敵座標を各車送信後、敵に張り付きながら観測を続行せよ。当機迎撃のため航空戦力を投下してくる可能性があるため十分に留意せよ】
無線で冷徹に指示を下した後、目の前にいるスタッフに目いっぱい声を上げ、常人ではパニックに陥ってしまいそうな状態であっても一切取り乱すことなく的確に命令を下す。
「機械化歩兵小隊は直ちにBMPに搭乗、各種車両は今すぐ火入れだ!敵座標は偵察機から送信されている!急げ!敵との距離は5キロを切っている!5分で支度しろ!」
伝えるべきことを無理やりにでも兵の耳に入れるとチェンタウロの下へと走って行った。
次回Chapter100は9月11日午前10時からの公開となります




