Chapter98. To Land of the Rising Sun
タイトル【日出ずる国へ】
——ウイゴン暦 7月 6日 既定現実 7月 13日
ここに来てシルベー城をほとんど無傷で占領したことが功を奏した。
カナリスの許可を得て学術旅団が書斎を調査した結果、ソフィアの父であるワ―レンサット皇帝が統治していた帝政時代に自治区が独立していた事実を発見したのは記憶に新しい。
彼らによる詳細な文献調査は後々に回されることになったが、いずれにせよ慎重な交渉を執り行う必要があるだろう。
周辺事情を熟知するシルベー県将軍や皇女殿下、取引があることから一定の信頼されていたジャルニエ県将軍の署名の入った文書を作成することになった。
Soyuzは現代のビジネスマナーには明るいが、帝国側の習わしには未だ不明な点が多い。
そのためほとんどカナリスの指南の下で作成されることになった。
ただでさえ腫物扱いされるような地域、日出る処の天子とでも書けば関係悪化も考えられる。
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そのため外交や統治に長ける彼が指名されるのにそう時間はかからなかった。
中将の要請に嫌味を言いながら格式高いものに仕上がっている。与えられた仕事はどんな形であろうが整ったものにしたいのだろう。
続いて文書の配達に関して問題が襲い掛かる。
戦車やガンシップで訪れようものなら国書の内容以前に悪い印象を与えかねない。ビジネスマナー以前の問題である。
そこでハリソンの飛行配送業者に自治区への配送を依頼した。
送付から7日後。一通の書面が例の自治区に届いてから暫く時間を置き、代表側から話し合いの場を設ける旨の返事がSoyuzにやってきたのである。
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かくして会合が行われる7月6日当日。権能がナルベルンに降り立ち、背後で少佐率いる機械化部隊が警邏にあたることになった。
当然ながら少佐率いる機甲小隊が現地に派遣され、機械化歩兵も同様に展開し始めていた。
どちらかと言えば警邏と言うより、いつ勃発するか知れない戦いに向けての備えといったほうが適切なのかもしれない。
この旨は文書にしっかり記載されており、きちんと目を通した上で了承したのだろう。
これまでの帝国の街並みと言えば、奥ゆかしさを秘めたイタリアやローマ調のものだった。ハリソンやゲンツーがいい例だろう。
しかし此処ナルベルンは一転する。
トルコといったオリエンタルな空気が漂う市街が立ち並んでいるではないか。
まるで古代文明と帝国の文化が折衷された独特の空気は帝国にありながら帝国に属さないことを教えてくれる。
そんな場所にSoyuz標準装備兵が跋扈する情景はかなり異様だ。その中の一人、ポラロイドカメラマンことエリゼウが紛れ込んでいた。
素行の良い彼はこういった政治的な場面の警備や戦闘をこなせるほど優秀であることは言うまでもないだろう。
両者代表が会談する場合、多くは護衛の兵士を抱えている場合がある。
当然ながら話し合いが終わるまで基本は立ち仕事。直球な言い方をすると暇で仕方ない。
と、いうことで別のことを考えることにした。まさかシルベーに墜落したドラゴンナイト、あいつがまさかポラロイドで自撮りしたやつだったらしい。あいつ、馬どころか竜すら乗れるとは驚きだ。車の免許と別にバイクの免許を持っているのと同じなのだろうか。
しかしながら時間はそう簡単に過ぎ去らないものである。
そんな時の最終手段といえば、21世紀に入り骨董品同然のカメラで派遣先を記録することである。
あくまで平社員の権限で許される範囲になってしまうが。
相変わらず首からインスタントカメラを提げたエリゼウはシャッターチャンスを伺っていたものの、ファインダーすら覗けずにいた。
「———まじかよ、せっかくのフィルムも出番なしか。この107ユーロも。」
派遣先に降り立ってからというもの、向こう側の兵士のみならず民間人からも排他的で、殺伐とした視線を向けられているからだ。
特に兵士は身の丈もありそうな鋼の槍を持っており、下手すると矛先が向けられかねない。
いかに休戦状態にあったとしても我慢の限界というものはある。
一応、外交会談ということで積極的に攻撃は仕掛けてこないだろうが、気分がいいものではないのは確か。
それにこの視線や空気、どこか身に覚えがある。いつだかに来た日本の片田舎だ。
口では言い表せないがこの場はそのことを連想させるのに十分すぎる。
カメラがだめならばせめて観察記録でも。そう思った彼は懐から手帳を取り出すとじっくりと観察し始めた。
「humm…」
はたから見るとすべて同じような槍歩兵だが、ハリソンや帝国のお偉いさんが連れてきた連中とは微妙に違うようだ。特に兜や胸当て周りが分かりやすい。別の国の装備だろうか。
一心不乱に記録をとっていると、左から肘を当てられた。
「おい、まじめにやれよ」
同僚からだった。一応文書の効力があるとは言っても第三者が襲撃してくる可能性もないわけではない。ここは何が起こるか全く予想がつかない場所であることを忘れていた。
「悪い悪い。」
エリゼウはメモ帳をしまうと肩にかけられたライフルを抱えるのだった。
しかしながら、彼の暇がやってくるのは近い…。
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———午後1時20分
——ナルベルン城
少佐の機甲小隊が街中で待機する傍ら、Soyuz最高責任者である権能は城内に向かっていた。
帝国の城塞は偵察機や制圧後の写真で見ていたが、一見してみるとその壮大さに圧巻される。
だがこれまでのジャルニエやシルベーの西洋風とは異なりピラミッドのような色の石材で建設されたジグラッドのような出で立ちに権能は心中では感心していた。
城内は相変わらず不燃タールのおかげで真っ黒ではあるものの、ステンドグラスの代わりに細かな石細工の像が等間隔で設置されており、また違った趣を持たせていることが容易にわかるだろう。
窓枠から入った日光が石像に当たると、影が絵画のように映し出される様などは奥ゆかしいと言わざるを得ない。
応接室に足を踏み入れた権能を待っていたのは気品と威厳のある女性だった。
彼女こそデュロル。この自治区の代表者だ。ドイツの首相としてメルケルがその座についていたこともあり女性代表というのも何ら珍しくもないが、ボディチェックの上で通しされたのは想定外だった。
短刀でも突き立てられ、要人を人質に取られたことでもあるのだろうか。つい最近殺傷沙汰でもあったに違いない。
周囲にはずらりと槍を持ったソルジャーが並び、彼女の背後には腕を組みながら隊長格の男が立っている。ダース山攻略戦時ガンカメラに写っていた敵影と似通っている。
帝国軍人なのだろうか。
権能は悟られぬよう探っていると、あることに気が付いた。
現実世界とは異なりジェンダーというものが感じられないのだ。優秀であれば誰でも良い、これがこの世界においての理なのだと。
そんな彼が戦艦めいた図体を革張りの椅子に腰かけると交渉が始まる。
「私は 独立軍事組織SOYUZ派遣軍総司令官 権能義隆と申します。この度はお話の場を設けて頂き感謝いたします。そちらではあまり見かけない名前ですがどうぞご贔屓に。」
すぐさま外交定型文をまるで読み上げるかの如く挨拶した。自身の所属と名乗り、これら二つを行うのがどこでも通じる習わしだろう。
「——こちらナルベルン自治区代表マンフレート・デュロル。どうぞよろしく」
向こう側の世界にもこちらと同じ習わしがあるらしい。しかしその表情はどこか苦悶しているように思えた。
作成した文書の内容が内容のため、そう言った反応を取られても何ら不思議ではない。
というのも、会合を取り付けるにあたりSoyuzに対し警戒を解いてほしいといったこと等はまだよい方で、少しでもこちらに危害を加えた場合、即座に敵地と判断した上で総攻撃を仕掛ける旨が記載されているのだ。
いつでも攻撃できる意思表示として市街地には少佐指揮下のT-72,BTR-80,BMP-2らで編成された機甲小隊が駐在している。
彼らが暴れたらどうなるか。ただ死体と廃墟が増えることになるだろう。
「最初に1つ。かなり荒っぽい手段を講じたことお詫び申し上げます。」
そういった事情もありまず中将は平謝りした。
Soyuzとて身勝手な組織ではない。実質的に帝国ではないナルベルン陣営を叩きつぶすのは容易だが、何より人道的ではない上弾薬を浪費することにつながる。
現代に傭兵産業が成り立たない理由の一つだ。
最も彼にしてみれば不必要な戦闘を避けたいと思っており、あの脅迫文は交戦意思があるかどうか確かめるものに過ぎない。
その言葉に代表と真後ろの勇者はやや眉を立て、どういう風の吹きまわしか。と思っていた。
ゾルターンからも彼らを討伐せよと命令が下っているにも関わらず、返ってきたのは謝罪。
率直に言えば理解できない。帝国や他の陣営とは価値観が根底から違うことくらいしか頭に入らなかった。
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続いてビジネスマンめいて要件を話し始めた。
「それでは本題に入ります。署名からお分かりの通り、我々は皇女殿下を保護しています。当人から契約を結び、帝国の政権奪還にあたっています。」
「ゾルターンを制圧するにあたり当地区を進路に選定するに至りました。そのため我が部隊の通行を認めていただけませんでしょうか。加えて我々はこの地に来て間もない身であります。
また当地区は独立していると聞いています、そのためこのような伝書をお送りさせていただきました。繰り返しになりますが、事を荒げてしまい申し訳ありません」
「とても正気とは思えない」
その言葉を聞いた自治区側の人間は騒然となった。ゾルターン制圧など正気なのかと。
他県にも武力を用いて脅迫を繰り返し、ありえない数の物量を持つ帝国の畑。
この男はそれをねじ伏せると言っているのだ。
従属国が親である宗主国に逆らうことは即ち滅亡を意味する。
あまりの事にデュロルは苦悩と葛藤を隠せないでいた。それを察したアシュケントはあることを囁く。
「ちょっと皆、頭を冷やさないか。街の連中も混乱しているだろうから、そっちを頼む。
何せお前らしかできない仕事だから。代表の護衛は俺がきっちりやっておく。」
彼はそう言って混乱する兵士に仕事を与えると代表の後ろで腕を組みなおしていた。
再び応接室に静寂が訪れる。中将は首を振らず辺りを視線移動だけで伺うと沈黙を切り崩した。
「——複雑な事情を抱えなのならば我々は深く干渉いたしません。…ですが説明すべきことを話しておかねばなりません。万が一、自治区に対し侵略行為が行われた場合。コンプライアンス通りSoyuz管轄地が攻撃されたと判断し防衛いたします。」
彼は端末とディスプレイを机上に置くと、ハリソン防衛戦時に撮影された映像を提示した。
それに対し、デュロルは不自然までに動じていなかったが背後にいるアシュケントは声が目を疑った。精巧な絵が動いているだけではなく、音まで発しているのだから。
思わず取り乱しそうになるが視線を反らし見て見ぬふりで精いっぱいだった。
「これはジャルニエ県ハリソン市街で撮影されたものです。我々が制圧した直後、深淵の槍と呼ばれる部隊が襲撃した際、持てる力を用い撃退しました。」
スタッフのGOPROで撮影された映像や、ガンカメラには無数の騎兵を撃破する様子が映画のように移り変わっていく。
デュロルはその記録が真実であると理解していた。このナルベルンに眠るアーティファクトに触れてきたからこそ、わかってしまうのだ。
そんな彼女の封じられた重々しい口が開かれる。
「…通行や調査を承認しよう。だが、そちらがどこまで私たちの領域を知っているか定かではないが理解しておいてほしいことがある。正確には覚えておいてほしいことだ。」
「——一体それは?」
権能が問う。
「ここに根を下ろし、営みを行う人々は全てつながっていることを。
私や、アシュケントだけではない。街の商人や職人、そこで働く弟子、一人一人と。
この地に住む誰かを侮辱すれば、私を侮辱したことになる。我々は数百、数千に分かれた一つの存在なのだ。影であれ表であれ、したことは必ず何千となって与えた側に帰ってくる。
我々と交流するにあたり気を付けてほしいことだ。」
差別されてきた人々を先祖とする地、ナルベルン。強い結束で結ばれていることの表れである。
それに対し中将はビジネスマンのような顔を崩し、一人の男 権能義隆に顔を変えるとこう答えた。
「私どもの世界でも同じようなことがあり、災いを呼びました。約束しましょう、この地…ナルベルンにおいてそういった過ちは繰り返さないと。」
交渉は見事良い結果と言っていいだろう。
次回Chapter99は9月4日10時からの公開となります




