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SOYUZ ARCHIVES 整理番号S-22-975  作者: Soyuz archives制作チーム
Ⅲ-2.ナルベルン自治区編
105/327

Chapter97. nice launch

タイトル【ナイス・ランチ】

水上市場の一角に広がるここは今までの帝国とは一変。エスニックな空気が漂う。


何もかもが木で作られた内装や椅子に机、最低限開けられた採光用の窓と小さな魔力灯。

そして料理を食らう男たち。今は昼食時を回っている、卸売り商人と言った業界人がひしめき合うヴァリテオンの飲食店はごった返していた。


「あぁ、腹が減ったな…」


「びっくりしたなもう」


市場に入ってようやくガリーシアの口が開いた。

あまりいい気分ではなさそうな彼女だったが飯の話は別口なのだろうか。すると水先案内人がこう言うのだ。


「ああそうそう。適当な空席を乗っ取っちまえ。飯代は俺が持っとくからさ。」


空席を陣取る。満員電車で何年も揉まれた海原にしてみれば朝飯前のこと。

彼のその一言で止まった時間は動き出した。風に舞いあげられた落ち葉の如く、すれ違う同族を華麗に避け椅子へと腰かけた。


「そこまで躍起にならなくたってイスは逃げねぇよ。」


タルベは笑う。



——————



 チーフと海原は隣に、向かい側にはタルベが座ることになった。


着席を済ませた人間がレストランに来れば必ず見るモノがある。メニューだ。固い木の長椅子に腰かけ、海原を待ち受けていたのはインクを溢したようにしか見えない帝国文字。


おおよそ品物が書かれている木板がメニューに違いないのだが、肝心の内容がわからないのだ。丁度ソ・USEを置いてきたことを今になって思い出す。

やっちまった。

そう思う傍ら、懐からデジタルカメラで素早く撮影した。


「なんだァそりゃあ。」


ダルベは彼に問う。

デジタルどころか写真機という存在すら知らない世界に住んでいる。

唐突に四角い物体を出したと思ったら突起を押し込んだのだ。その行動がまるで理解できるはずもない。


 そんな時、すかさずガリーがフォローに入る。



「この品目を持ち帰らなくとも、後で何が書かれているかわかるようにしたんだ。アレはそういう魔具だ。——深く考えると頭が痛くなるからよした方がいい」



「…そうしよう、俺はお世辞にもおつむが良い方じゃあないからな…あ、終わったら品目見せておくれよ。」



たかが押すだけで絵を移すことが本当にできるのか。と彼は考えていたものの、魔具だと聞くと合点が行く。


便利なモノは魔法の組み合わせで作られているのが世の理というもの。


「ああ、申し訳ない。我々は魔具がないと読めないものでね。」


海原は相手が理解できるようにかみ砕いてやりながら占領していたメニュー表を手渡したのだった。



——————




 ダルベは思い切りの良い男である。広辞苑の如く立ち並ぶ表に人差し指を突き立てるともう決めてしまった。

対照的に学術旅団の二人はリストを仲良く隣り合わせで見つつ、ああでもこうでもないと唸りながら迷い続けていた。


「…飛龍の汁盛りなんていいんじゃないか。私はそれにした。海さん、竜食ったことないんじゃない?」



「いや、ハリソンで食べたことがあるよ。私的にはなんていうかこう、豪快に焼いたり汁物にするような感じじゃないと思うんだ。難しいな。せっかくベーナブに来たんだかららしいものとか…チーフ、そんなものないか?」



「そうか…。ならイシューの香草焼きなんてどうだろう。これ絶対美味いヤツだよ」



「——私、刺激物苦手なんだが…それにイシューが何か気になる。まぁいい、学術旅団マスターがこんな食わず嫌いでたまるか。」


 ひと悶着があった後、互いに料理を選ぶと机の脇に置かれた木の食券を抜いて縁にゲームソフトよろしく差し込んでおく。すると時折回ってくる従業員が回収し注文を受け取る。


使い捨てする必要がないため安価かつ、ウェイターの教育が楽になる。つくづく上手く考えられているものだ。

すかさず今までの記録を取っていると、向かいにいるタルベがノートを覗き込んできた。



「なんだこりゃあ、剣みたいな字してんな。だーめだ、帝国文字ですら怪しい俺がみてもさっぱりだ。ひょっとしておたくら遠くから来た感じ?」



何気ない彼の一言に海原は眉を顰めながら答える。


「…まぁそんなところ、か。変な穴通ったらここについたなんて言ってもなぁ…」


「マジかよ意味わかんねぇな!」


そのことを一番言いたいのは学術旅団の面々であろう。



—————



従業員が彼らの席に回ってくると木板を回収し去っていった。これで注文が確定したらしい。

この間は暇になるわけだが、互いに積もる話があるもので自然と談笑するに至っていた。



「私なんて日陰学部なんて呼ばれていてね、国は儲かる研究しかしないんだ。全く学問ってそういうもんじゃないと思うんだがなぁ…」



「んなマメなあんたが?人生いろいろ、俺みたいに一生職人やってるのがいれば、あんたみたいなのが訳分からないところに来ちまったようなのもいる。いつの間にか軍人がド偉くなってたりするしな。世の中揉まれても芯を持って生きてこう、って思えばいいんじゃねぇか?全部親方の受け売りだ、俺が巧いのは腕だけなんだなこりゃ」



「それは本当かもな。何で私こんなところに…」


ボヤきを入れていると料理が運ばれてきた。


竜の汁盛り、ダルベが頼んだと思しき中身がギュッと詰まったグソクムシめいた甲殻類のボイル。そしてイシューの香草焼き。


どれもこれも貴重な資料なためカメラで撮影し終えてから食すことにした。


飛龍の汁盛りは大きな肉の周りにブイヨンが掛けられた一品。これはハリソンでも食べることができる。


しかしながら野菜などを煮込んだスープが使われているようで、葉物特有の優しい香りがこちらまで漂ってきた。


魚と鶏肉の中間的な味がする飛龍においては最高のチョイスに違いない。腕利きの料理人がこしらえたものだろう。


ダルベの料理と言えば三葉虫のような甲殻類をただ煮ただけ、というワイルドな代物である。


イセエビのように弾力ある身が真っ赤な節々を突き破っていることから、鮮度が高いうちに調理されたものだろう。

料理とはどれだけ手を施しても結局の所食材が全てだということをまざまざと見せつけてくれる。




そして海原の目の前に来たイシューの香草焼き。

これが手間と最高の食材を使ったものになるわけだが、見た目はそこまで不自然なものではない。ただの魚にクレソンが添えられたものと油断していると、脇に置かれた頭に腰を抜かすことになる。



 身の主のものに違いないことくらいわかるのだが、どこからどう見てもデボン紀に出きた恐ろしげな魚にしか見えない。古今東西飛び交ってきた彼でさえも目を疑った。


だが日本人の血が騒いだのも事実、水に生きる生き物は必ず食さねばならない。


食について驚くのも束の間。汁物系には匙が付いてきたにも関わらず、ダルベや自分のような料理に関しては何もついてこなかった。


ハリソンの時でもそうだが骨を削ぐためのナイフが出てきたくらいで、食器の進化は中世と変わらないのだろうか。


だがこの事実を頭に入れながら、海原は食らいつくしてみろという料理からの挑戦状に思えた。



「やってやろうじゃないか、この野郎」



彼は小さくそうつぶやくと、その身に豪快に食らいついた。引きちぎった感覚は魚というよりも、牛肉と言った獣の肉に極めて近い。


少々見た目とのギャップを感じたものの、空腹に食べるたんぱく質は最高だ。たまには違う味を楽しみたいなら、クレソンを放り込んでやるとちょうどいい。


ハリソンのものとは違い茎が太く辛みも強く、これがまた美味い。これもまた特筆すべきだ、無限に食べたくなる健全な感覚を逃す訳にはいかない。


だが世の中無常なもので、休みの日はあっという間にも過ぎてしまうし飯もすぐに無くなってしまうもの。


あれだけ大きな皿に盛りつけられたイシューが消失していたのだから。美味ければ見た目がどうであれ何でも食ってしまう、海原は改めて人間は恐ろしいものだと実感した。


「食いっぷりいいんだな」


「ちびちび食ってたら…美味いモンに失礼じゃあないですか」



———————




食事を終えた一行は次なる調査に向かうべく店を後にした。流石に全て持たせるのはまずいためダルベと割り勘しておいた。


 学術旅団の面々、たとえチーフとでもそうなのだが、店の外に出るとその場でデスカッションと言う名のレビューが始まることが多い。


「いやぁしかし、素晴らしいものだったなぁ。どう見てもデボン紀みたいな魚だったが食いごたえがあったな。牛肉のステーキみたいで驚いたが…。あとクレソンの味が段違いだった…くらいか。他、ガリーは?」


今まで怪物のような魚を貪っていたとは思えない知的な質問をチーフに投げかける。



「最高の食材が揃うシルベーだからこそ、と言えるな。そもそも沼地なのかどうか分からないけれど、水香草類は強いのはたしか。肥料の産出地はここだし。

それとゲンツーと比べるとあまりに差がありすぎる。何故だろうか。

——しいて言うなら過酷な環境で入植者が多いから調理できる余裕がないのだと思う。ただ湿原を跨いだ先でこれだけ飯が美味くなるのはなんかこう複雑…」



もやもやとするチーフの考えをしっかりとらえ、海原は考える。



「それは大いに考えられるな。事実、食に対する教育を疎かにした結果積み上げてきた食文化が崩れ去ることがある。…あまり良い傾向とは言えないな。」



与えられた情報を基に彼は学者らしく手短に考察してみせた。


「此処に関しては当たり前のことだけど旨くないと売れないから廃れなかった、かもしれない。

経済を回している人間は肉体労働者よりも商人が多いと考えられる。ここはそれ相手だけれども。ああいう人間は舌が肥えてるから生半可な飯じゃ潰れるだけだ。」



「…どちらにせよ情勢が落ち着いたらゲンツーの門を叩いて比較しなけりゃいけないな。

…正直覚悟はできている、味わうよりも分析する法に頭を切り替えると深く考得ない方がよさそうだ。」



チーフとそんなことを話し合いながらボートに向かっていると、何やら様子がおかしい。


———ZWeeee!!!!


リールに巻かれた糸が激しく持っていかれ、金音混ざりの回転音が響く。


блин(チクショウ!)!この野郎、今度という今度は逃げれると思うな!俺のルアー一つ持ってきやがって!」


この期に及んでコノヴァレンコが何かと格闘しているのだ!


ロッドが大きく弧を描き、テグスは水面を右往左往し続けている辺り、針に掛かったのは相当大きいことがわかる。


一対一で魚と格闘する有様はスポーツとも言われる所以か。


ただの力技だけでは糸を切られてしまう。中尉は竿を立てながら魚に空気を吸わせて体力を消耗させるのだ。


泥仕合の果てに陸揚げするや否や、かかった得物をそのままボートに転がす。


続いて腰に備え付けられた巻き尺で大きさを測るのだ。


モンスターとまで形容される魚たちと戦ってきたが毎回この瞬間が楽しくて釣りをしている。

しかし陸揚げされた怪物、海原には数分前に見覚えがある。料理皿に乗っていたデボン紀にいたアレだ。



「手間取らせやがって。——65か、こいつがなんだか知らんが鯉にしては横走りするから妙だと思ったんだ。…食えるかこれ? お、どうした先生。そんな顔して。」



「…なぁ中尉、21世紀だよな、ここは」


博士の質問に答えながら手際よくイシューの脳天にコノヴァレンコは深くナイフを突き刺す。



「確かにこんな魚は見たことねぇ、琥珀から蘇らせたにしてはなんか古臭すぎるっていうか。まぁバイオテックに回せばなんとかなるだろう。——あ、やっぱな。俺のお気に入りを呑んでやがる、返せこの野郎!お前コレ日本で買った最後の奴なんだぞ!どんだけ貴重なのかわかってんのかオイ!」


海原は頭痛のタネを抱えながら次の調査場に向かっていった。

次回Chapter98は8月31日10時からの公開となります

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