Chapter95. Ozone hall of Falkenstein
タイトル【ファルケンシュタインの抜け穴】
ベーナブ湿原一帯は当然ながら地盤が弱く、主力戦車等の重量物を輸送する際には不安が生じる。
ゾルターンに入る輸送ルートを利用することは周知の事実だろう。
その際、とある自治区を経由することになった。
事情を良く知る、シルベー将軍に対して尋問を行った際、返ってきた答えがこれである。
「一口で言ってしまえば【あそこ】は何から何まで厄介だ。僕は根深い問題には突っ込まない主義でね。攻めるにしてもあの男が防壁を作らせている。だから余計に面倒だ。」
またある時、暇なホーディンに同様のことを尋ねた際にもこう返ってきた。
「あの地区に関して、石材工芸品以外のことを突き詰めてはならない」
学術旅団の調査結果や、様々な証言から得られた事実はこうだ。
古代から存在し、商業都市として栄えていた地が度重なる戦争によって荒廃。捕虜収容所として使われたことから隣国ガビジャバン系住民が定着し始めた。
どのようにして自治区として独立したのは記録がなく、コミュニティが形成されるにあたって独立意識が芽生えたのではないかと考えられる。
確かにそう言った緩衝地帯は古今東西、紛争のタネとなってきた。そのためホーディンやカナリスは必要以上に関わり合いを持たなかったのかもしれない。
軍事政権以前はあえて独立させボヤが立たないようにしていたのだろう。
玉座が変わり、ラムジャーが就任してから事情は変わってきた。
お得意の軍事的圧力で持って実質ゾルターン側の傀儡と化したとある。彼の視点から見た時に、捨て駒にぴったりと言えるだろう。
それにハイウェイの料金所よろしく防壁を作っているとのことだ。情報の渦潮に巻き込まれてしまいそうになりながら冴島は情報を纏め、真っ先に権能に相談した。
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「うむ、確かに自治区の存在は無視できない。こちらにも旅団からの調査結果に目を通したが…少佐だけでどうにもならん。いかんせん禍根が深いからな…。交渉は俺に任せてほしい。他に何かあるか。」
司令部で戦艦男 権能は冴島の提言に対しこう言った。
いかに有能な冴島とて政治的な問題を取り扱える程万能ではない。だからこそ自分に対し相談を持ち掛けてきたのであろう。
それに、解放という建前があると言っても武力で制圧、同化するのは好ましくない。例の自治区は独立しているなら猶更だ。
「私的な意見ではありますが、ゾルターンの影響が強いという調査結果が上がっています。こういった緩衝地では敵側が便衣兵を投下する恐れもあり…有事には制圧できるよう戦力を整えるべきか、と。」
少佐は思っていたことを吐露した。
自治区とは言え、敵の息がかかっているのには間違いない。ましてや防壁として使うのであれば帝国兵が駐留してもおかしくはないだろう。
交渉の際にはU.U最高責任者が出てくることも知られている以上、要人暗殺を企てる可能性もないとは言えない。中東とメキシコで養った直感が危険だと知らせているのだ。
不安を抱える冴島に対し中将は椅子に寄り掛かり、端的に言った。
「——俺の背中は任せたぞ、冴島。」
中将とて敵地に乗り込むわけである、万が一のことも考えていなければならないだろう。
万が一便衣兵を使われても、そのために冴島が居る訳だ。
政治的な交渉は権能が、戦いには彼が。不得意な所は互いに補うのがSoyuzという組織である。
「了解しました」
司令官の護衛。最重要任務を課せられた少佐は鋭く敬礼するのだった。
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——ウイゴン暦 6月 29日 既定現実 7月 6日 18時12分
——自治区市街地
此処は帝国でありながら帝国に非ず。
一つ隔てた県でさえ文化に多少違いが現れるというもの。人口や規模が本国と比べ物にならないとは言っても独立を果たした以上、その足で立って歩かねばならないのだ。
歩み方は様々。
デュロルは実地にて手目と耳を使って感じることで現場の空気を感じ行政を動かす方法を取ることにした。
巨大なファルケンシュタイン帝国では不可能だが、小さなコミュニティである自治区ではそれが可能だ。
自身の始末をつけ、執務室にぽっかりと設けられた窓を見ると既に夕焼け空が輝いていた。未だにこの感覚には慣れない。この世界において日没即ち一日の終わり。
何とかして間に合ったようで一息つくのだった。そんな時重い石の扉が開く。
「そろそろ時間だ。」
雇われ指揮官アシュケントだった。彼の姿を見ると思い立ったようにデュロルは立ち上がる。言おう言おうと考えていたことがあるらしい。
「——貴公の給与についてだけど…」
ゾルターンから課せられた通行料などによって財政はひっ迫、彼の給料すらあまり払えていない。
そのことを酷く気にしており、今後払えなくなる事実なためどうしようと悩んでいたのだ。
デュロルが勇気を出して口を開こうとした瞬間、即座にアシュケントは口をはさむ。
「…俺のことは良い、頑丈だからな。それに嬢は流れ者の傭兵崩れよりも労わるべきヤツが居るだろう。彼らのために使ってやれ。」
大概カネの話が出るたびに彼はこうやって茶を濁す。こう言った話題は聞こえのいいものではないし、兵の耳に入らないようにしている。それ以上に彼女の口から辛気臭い話をされたくないのである。
こうして懐柔されてしまったデュロルは市街地に繰り出すことになった。
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代表者一行が来る「巡礼」はこの自治区の名物となっている。
来る時間帯は様々だがよほどのことがない限り毎日訪れるというもの。
巡礼が名物までになったのは目立つ要素があるからであり、日常と大差ないだろう。
名物とまで呼ばれる所以は何か。
それは自治区代表デュロルが顔出しで装甲厚50mmを誇る新式鎧のジェネラルとして来訪するからである。
彼女の体格は基より、パーソナルカラーであるマゼンタの鎧は非常に目立つ上、女性のジェネラルは存在しないとされる程。
これが地味というのなら一体何が大衆の目を集めるのだろうか甚だ疑問でしかない。
城の外に出ると門番とシューターが背中を押してくれる。
投石器ストーンヘンジや巨大なバリスタ、クレインクインとは全く異なり高射砲のような外見は余りにも異様だ。
かつて何百年も前に使われていた大昔の兵器で魔力を射出するものらしい。射撃するには数多の税金が蒸発する、おいそれと使えない砲台だ。
ナルベルンの城から出るとそこには大きな市場といった街地が広がる。幼子の時は闇市のような様相を呈していたが、ようやくここまで立て直したのだ。
だがそれも見納めかもしれない。夕焼けを受けながらデュロルは人々行きかう市場を目に焼き付けていた。
「ようやく品物が入ったんだわ。」
「もう何か月も入ってないし、値下げはきちぃなぁ…」
「仕方ねぇ、買うかねぇか」
こんな世の中であっても人間は強いもので、政権の移ろいで生活が苦しくともゾルターンから重圧が掛けられていても活気は絶えることない。
久々に品物が入ったのか人ごみを作るほどだ。正に宴と言っても良いだろう。デュロルは夕日に照らされながら影を落としていた。
もうすぐ本腰を入れたシルベーをたった数日で打ち破った敵がやってくるのだから。
こんな小さな自治区は成す術もなく粉砕されてしまうだろう。最後の晩餐と言っても過言ではないだろう。
そんな荒野にバラの花が咲けばすぐさま人々が押し寄せた。現代日本ですら大臣が来れば騒動になるのだから、国のトップなら熱狂の領域に到達するに難くない。
だが彼女としてみれば、滅亡するように舵取りしているはずの自治区の民に期待されているのだ。これほど辛いものはないだろう。
ゾルターンの一件は公表してもなお異端人を排除することに躍起になっているこの空気が心労を加速させていった。
そんな彼らは視察も兼ねて商店に立ち寄った。魔導士向けの魔力水やらを販売しているようである。すると主人が駆け寄り、デュロルにこう言った。
「デュロル様、いやぁ聞いてくださいよ。最近コソ泥が増えてきて…安くしたいけども単価が落ちなくって。俺じゃあどうにもならないんです」
その話は少しながらも耳にしている。
コソ泥が最近自治区内で増えていると。それも武装している盗賊ときているのだから堪らない。
これに対し、冒険者ギルドと軍を投下して沈静化を図っていたのだが、この頃また増えてきたらしい。
値下げしたくともできないのはなんと心苦しい事だろうか。
彼女はその巨体を屈ませ主人に目線を合わせると、真摯に答えた。
「手口を変えてきたとしか思えない。今までは街中で洗い出していたが独自の検問を求める必要があるだろうな。貴重な意見を有難う。」
顔では冷徹に判断を下していたが、50mmの鋼鉄板に包まれていた心は絶叫の海に浸り涙の稲光が迸っていた。
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一通りの視察を終えて城に戻ってもなおデュロルの顔は曇っていた。異端と戦っても勝てる筈もない、だからと言ってゾルターンに逆らってもなお滅亡が待っているだろう。
今更後悔してもどうにもならない。そう思いながら回廊を歩んでいた。
アシュケントは自宅に置き忘れたものがあるらしく、戻るときには護衛を除いて彼女一人。
この後すべきことと言えば、夕食を取るくらいだろうか。様々な感情が折り重なり、どうにも喉を通る気がしない。兵士に食事は後に回す旨を伝えると地下の修練所に足を運んだ。
修練所。ここは敵の多い自治区を守る男たちが経験を積み、一人前の兵士になる場所。
人口の少ない地帯故、デュロル自身も戦わねばならないだろう。
それに彼女は魔導士からソルジャーに兵種を変え、アーマーナイトからジェネラルに上り詰めた身。初心を忘れないために通い詰めているのである。
長細い兜を着用し、専用に誂えた男一人近い長さのヴェランダルを手にした時、タール塗りの扉が開く。
「お嬢、剣を家に置いてきていたようだ。すまない」
アシュケントだった。部下であり、剣の師でもある勇者だ。
「——いや、立て込んでいる時に呼びつけてすまない」
デュロルは時間を割いてきてくれた彼にこう言う。
彼自身、目の前で家族同然の部下を殺されている。
気持ちの整理などついているはずがないのに付き合ってくれるのだから。
「いや。そうでもない。傭兵にとって死は身近だったからな。悲しいが引きずっていられない。…それに御託を挟むとはお前らしくないな、まぁいい。言葉なんかよりこっちで言ってくれると助かる。——行くぞ」
彼はそう答えると鋼の剣を固く握りこむと、手元がぼうっと明かりが灯ったように発光した。
互いに盾を持つことができるが二人は剣を向け合っていた。
そんな戯けたモノ、本心をぶつけ合うには邪魔でしかないからだ。
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剣を構えたアシュケントはすぐさまデュロルに飛び掛かった。装甲の塊であるが故小回りが利かないことを知ってのことである。
【フレイア】
不意を突かれたかに思われたが、彼女は迫りくる刃に向け戸惑うことなく掌から火球を放った。
魔導士として基礎中の基礎の攻撃。
歴戦の勇者相手には容易く両断され、刀の錆びと化すだろう。悪あがきも見破られた暁には剣の間合いに入り込み、アシュケントが刃を突き立てようとした瞬間だった。
突如としてデュロルの巨剣が鋭く切り上げてきたのである。
———BROKEN!!!———
咄嗟に鋼の剣で防いだが、ハンマーや斧を軽く凌駕する一撃に耐えきれず容易く砕かれる。
互いに刃を落とした訓練用とは言え、もしもあの大剣が直撃していたら確実に死んでいたに違いない。
半ば吹き飛ばされながら距離を取り着地するとヴェランダルを掲げ、追撃しようとする彼女にこう言った。
「強くなったな、デュロル。」
初めはか弱い代表が、今では一人の男をねじ伏せるだけに成長していたのである。剣も握れなかった少女がアーマーを着て、こうして目の前に立っているのだ、師としてこれ程嬉しいことはないだろう。
自らに降られた荒々しい太刀筋。それはどこか心の余裕のなさを表しているようにも感じられる。
剣は心身一体。少しでも何かを抱えていたのなら確実に揺らぐ。
長らく刀剣を振るう傭兵として、また師として。アシュケントは感じ取っていた。
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「お前、何か隠し事してないか。剣に迷いが出ているからな。」
彼は彼女と相まみえて気が付いたことを率直に投げかける。
接近戦を得意とする兵種ゆえそういうものに気が付いてしまうのだ。
「——いや。何でもない。たとえ昨日の事だって全て自分が決めたことだから。」
デュロルは顔を背けながら答える。
分厚い装甲が仮面となり余計なことを勘ぐられず助かった。普通はそれで済む話だったが、いかんせん長い間稽古をつけている彼にそれが通用するはずがなかった。
「俺に嘘をつけると思っているのか。ここなら俺しかいない、話したっていいだろう」
その一言についに観念したのか彼女は心境を吐露しはじめた。
「はっきり言うと後悔している。ナルベルン滅亡の引き金を引いたんじゃないかって。自分でも何をしてるのだか分からなくなってきた。ヤツの言う通りだった、国ごっこしているんじゃないかって。こんなんじゃダメだってくらいわかっているけども、私にはどうしたらいいのか分からないんだ。」
彼女はこんな立派に見えても30にもなっていない、まだ少女の面影があるような人間である。
この国にとって法や対策を施工し、匙加減で滅亡も繁栄も決めることができる立場。
皇帝の子息であるソフィアですらここまでの強権はないのにも関わらず、酷く悩み、葛藤しているのだ。あまりに荷が重すぎる。
「さっぱり分からんな。俺はあくまで傭兵に過ぎない、指揮官としては仕事ができるが俗世を動かすのには向かん。——ここまでは一兵士としての言葉だ。此処から先は俺としての言葉になる。
ここを捨て駒にするようなヤツよりもむしろ敵に賭けても悪くないと思うぞ。ラムジャーよりマシだ」
彼は偽りなく答えるのだった。
次回Chapter96は8月27日14時からの公開となります




