Chapter94. Branded・Autonomous・Regions.
タイトル【帝国独立自治区】
——ウイゴン暦 6月 28日 既定現実 7月 5日 11時41分
——自治区 ナルベルン城
シルベー出兵の最中に話は戻る。ベーナブ湿原北部にある自治区において、とある談合が行われていた。
国境を接することもなく、まるで帝国に穴が開いたかのように存在する此処は深い事情の書き溜めである。負の歴史がここに集まっているといっても過言ではないだろう。
本来、この地の名前はナルベルンと呼ばれていた。太古の昔、流通で栄えた商業都市だったという。
数多の戦争で破壊と衰退がもたらされ、いつしかこの地は捕虜や逃亡ガビジャバン人や政治犯。近年になってラムジャーが腕を振るうようになると女遊びの副産物が放置される程だった。
ここは差別される人間の地。
自治区とは体のいい呼び名がついているが、この地には帝国人の統治するのにも汚らわしいという理由からだ。誰もドブ溜め触れたくないのと同じだからであろう。
またこの立地に目を付けたラムジャーはナルベルンを覆うようにして防壁を敷設し、到底安いとは言えない通行料をせしめることで小遣い稼ぎを続けてきた。
住民が外に出るにも入るにも料金を設けており、封じ込めているという悪辣ぶりである。
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それに月に一度、自治区へゾルターンから査察に入ることになっていた。
本来は将軍が来ることになっていたが、あるごちそうに目が眩んだ彼は欠席。
代行として騎士将軍がやってきた。明らかに帝国軍では見慣れないアーマーナイトと魔導士が護衛についている。親衛隊といったところか。
特権によって通行料を免除され、一騎の馬がずかずかと入ってきた。
ソシアルナイトのような粗末なものではなく、手には大層な盾とソルジャーキラー。加えて全身を銀色の装甲を身に纏った上級騎士パラディンの姿が露わになる。
「さぁて、猿共の檻でも見るとするか」
ひどい三白眼の男は奥歯をかみしめながらこう言った。
ゾルターンの軍人にとってここの住民は猿以下の存在であり、獣と同等に扱っているだけありがたいと思っての一言である。
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客人にしては横暴が過ぎるゾルターン騎士将軍 ゲイルと、その直属の親衛隊「ビッカース」
こんな成りをしていても来賓にかわりなく、要人である。
ゾルターンの上位階級の人間、それは自治区の生死を握っているのも同様。
やろうと思えばライフラインを徹底的に破壊することができるためVIP待遇するよう強いられている。
ゲイルとその取り巻きは人で賑わう市場に差し掛かっていた。
普通なら迂回するところだろうが彼率いる凱旋は食い込むように進んでいく。馬上では大柄なソルジャーキラーを民に向け、御眼鏡にあった的を探しているようだ。
そんなゲイルは繁栄する屋台の一つを見てこう言ってのける。
「なんでぇ、まだまだ絞れるじゃねぇか。出し殻みてぇな面じゃねぇと面白くねぇ、飢え死にしてるやつが脇にいるくらいがちょうどいい」
彼は大槍を振り上げながら言うため反抗するものは誰もいない。
現に十字軍を含めた戦力であればこの市場にいる人間を嬲り、狩り殺すことは容易なのは確かである。
しかし騎士将軍までのし上がったこの男は品のないチョイスをすることはなかった。下劣な者には即座に殺すと楽しいだろう。
エレガントさを重視する彼としてみれば、生きるか生きるか死ぬかの瀬戸際の人間に対してチキンレースを行うのが一種のステータス。
一瞬の快楽よりもじっくりと煮込むように楽しむのが品のある者がたしなむ虐殺である。
殺しを娯楽にしている時点で外道であることに変わりはないのだが、それを追求する者はもういない。
分かり合えないヤツは全てこの世にいないからだ。
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流石に殺しの場をわきまえている彼は不満げな顔をしながら市場を突っ切り、城の案内人と合流地点に到着した。
その時の彼は不敵に気味の悪い笑みを浮かべている。
この程度で不貞腐れ暴虐を働くのは二流である証拠、一流はこの先にある宝を寝て待つものである。
ナルベルン城は戦争以前から存在する城塞の一つ。シルベーやジャルニエといった城を見てきたのならばその異質さに圧倒されるだろう。
また城の様子も他のモノとは異なっていた。ガラスを撤廃し、いつでも装甲板を張り出して防御することができる。
魔法が戦線に投下される前の特徴を色濃く残し、最早オーパーツと言っても良い。
近代化改修として魔導戦に対応できるようタール塗りこそされてはいたものの、自然光を明かりとして取り入れ、夜になれば天井に吊り下げられた魔具が爆導索のように明かりをもたらす仕組みになっている。
セメントを使わない純粋な石造りはここだけしか見られない光景だ。
だがそんな歴史的価値はゲイルの前ではゴミ同然。
「何が城だ、これじゃあ家畜小屋と大差ねぇじゃあねぇか」
普段はラムジャーが招かれることもあって、初めて目にした彼の第一印象はこれである。
昔は大層なものだろうが、今の価値観では壁掛けの魔力灯さえ見当たらず、みすぼらしく思えるためだ。
案内人の兵士はラムジャーから続く罵詈雑言に慣れ切っていたのか、いかなる言葉を投げかけられようが水に流すかのように反応を見せることはない。
回廊をしばらく歩くと、彼らは代表の待つ応接間に通された。今どき古風な内装である。
流石に敷物などはされているが、明らかに帝国の技術では作ることのできないような水晶だけで作られたテーブルや見たことのない照明魔具が並ぶ。
ゲイルの視線の先、イスの向こう側に待ち受けていたのは一人の女だった。
長い赤毛の髪は兎も角、男と見まがうような恰幅、魔導士というガラではないだろう。背後にある新式鎧が確固たる証拠だ。
そう、このアマが自治区の代表者デュロル。
支配者の癖に女だとは、軟弱にも程度がある。自分だけじゃ弱いのか、脇には傭兵と思われる勇者が付いていた。
一瞬ラムジャーの色ボケに似ていると思ってしまったがフラストレーションが溜まっているから、と思うことにした。可能な限りあの男の顔は浮かべたくない。
ゲイルは大槍をいつでも手に取れる距離に置くと座席に堂々と座り、早速圧力をかける。
役者が揃えば、外交という名の戦いが始まるのだった。
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突然のゾルターン重役の来訪。
将軍がわざわざ重い腰を上げて彼を送り込んだのか、それには理由があった、異端ことSoyuzがシルベーを制圧したからである。
ラムジャーはシルベーに対し出兵する傍ら、主要陸路としてベーナブ湿原北部を迂回する主重輸送通路にある自治区に目をつけた。
ここでヤツらを足止めすれば、送り込まれる戦力は限られてくる。
対歩兵の装備が充実した装備で戦えば希望の光が見えるのではないかと考えたのだろう。
「——本日の要件はなんでしょうか」
会合の口火を切ったのはデュロルだった。
こちらとしてみれば突然の来訪、その意味を聞きたかったからである。どのみち不平等なものに違いないが、何もなしに突き付けられるよりは数段マシ。
あまりに毅然とした態度にゲイルは笑いながら、組んだ足先をクリスタル・デスクに豪快に乗せ要件を話し始める。
「近々ここに異端軍が来る、どのみち陸路で物資を入れるなら是が非でも通らねばならんからなぁ。そこで、だ。お前らの兵力をもってそれらを撃退してくれと俺が慈悲深く頭を下げてやってるというわけだ。
異端軍の名前はソルューズというらしい、上からじゃ違法組織だとかなんとか言われてやがる。
当然こんな野蛮な連中と手を組むはずがないよなぁ。人の土地にずかずか入っておいて解放という名目で侵略してんだから。それに俺からの命令じゃあねぇ、ゾルターンの意思だ。」
こんな男から野蛮という文字が口から出てくるだけ驚きなのは置いておくとして、とにかくSoyuz
排除する命令だけなら文書でもいいはずである。
ラムジャーは小物だがバカではない、きちんとゲイルを送り込んだ理屈があるはずだ。
するとデュロルは鋭く言い放つ。
「我々は帝国にありながら帝国に非ず。そう掲げているはず。人様が勝手に持ち込んだ戦争に肩入れする気はない」
自治区はあくまで帝国領土に出来た穴。関係性としては薩摩藩と琉球に近いだろう。
ただでさえ関係性も不平等で、他者から持ち込んだ戦争に参加しろという無茶苦茶を通すはずがない。
それにどう見ても捨て駒にする気が透けて見える以上、はいそうですかと言うとでも思ったのか。
その一言にゲイルは唇を歪めた。
見え見えの魂胆、気が付かないはずがないと踏んでいたからである。
流石に頭まではサル以下ではないらしい。
すると彼は目にもとまらぬ速さでソルジャーキラーを持ち出すと、デュロルの背後で警邏していたソルジャーに向け、引き金を引いた。
———BPFooooOOOOMM!!!!———
普段の対装甲槍であれば杭打機のように先端が撃ちだされるはずであるが、男の持っているモノはガビジャバン製。
工作精度の関係でストッパーが意味をなさず、そのまま高い貫通能力を持った槍先が射出されるのだ。
アーマーナイト用に作られた兵器。
ソルジャー程度の胸当てを紙くずのように貫くばかりか、石壁に縫い付けてしまった。
あまりのことに反応する合間を与えず力尽きると壁からおびただしい量の血が垂れ落ちていく。
唐突の蛮行に周りの人間は騒然となるが、ゲイルは首をかしげながら狂気じみた勢いで笑って見せた。
「あぁ、手が滑っちまった。許せよUh-HAHAHA!!
不幸な事故だなぁ、冥福を祈ってやるぜ。——だが良い事を教えておく。お前が首を縦に振らない限り、死体袋がもっといることになるだろうと、な。
そんなこと俺が知ったことじゃあないが…Ah-HAHAHA!!!!」
この一言でラムジャーがこの外道を送り込んだ理由全てが詰まっていた。
所詮文書では破り捨てられるのがオチだが、自治区の住民をヒトと思わず、一方的な殺戮を躊躇わない話の通じる快楽殺人者を送り込んだらどうだろうか。
その結果は目に見えているだろう。
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当然こんなことをされて自治区側も黙っていない。脇にいた勇者はゲイルの所業に憤り、鋼の斧を構えながら警告した。
「——いい加減にしたらどうだ、ラムジャー以上の外道め。これ以上荒立てるならお前を殺す」
上級騎士の着用する鎧の防御力を無視して、首を跳ね飛ばすことができる斧を選ぶあたり、今まで受けた仕打ちは計り知れない。
加えて数少ない部隊員を手にかけたとあれば溜まりにたまった憎しみが爆発するのも難くないだろう。
応接室は一触即発の状態へと変化する中、ゲイルは狂気的な態度を崩さない。
「いいのかぁ?お前が俺を殺すことは簡単だろう。キラーは撃ち尽くしちまったから始末するのは簡単だろう。
——俺は寄せ集めのカスみたいな人間とは違う、騎士将軍だ!俺を殺したところで大量の兵員が送り込まれるだろうなァ、ごっこ遊びに付き合ってくれる家畜も、お前らも皆殺し、だ。Ah-HAHAHA!!!!
いいぜぇ、それがわかってんなら俺を殺してみたらどうなんだ、えぇ?ケッ、先の事を考えろ甘ちゃんめ」
残虐極まる人間だろうがラムジャーが騎士将軍に任命したことを忘れてはならない。
つまりコイツを殺せば当然ゾルターンも黙っていない。
大量の軍勢でもって破壊と蹂躙の限りが尽くされ滅亡するだろう。非正規軍を抱えるゾルターンに勝てる見込みなんてない。
デュロルには命運を決める決断が迫られていた。
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「———そちらの意思は良くわかった」
滅亡と傀儡を天秤にかけた際、彼女は傀儡になることを選んだ。
ただでさえラムジャーの恩情で生かされているに過ぎない弱小区域。領民を守るためにはこれしか残されていないのである。
目を疑うような発言に勇者は彼女に耳打ちする。
「デュロル、お前…、それでいいのか。本当に。捨て駒にされるのだぞ」
「…アシュケント。お前の気持ちもわかる。ここでヤツを始末しても…後を追うだけになる!ヤツの言うことに従いたくはないが正しいこともある。——今は耐えるしかない。許してほしい」
彼女は斧を持つアシュケントに懇願することしかできなかった。
後ろ指刺されなくて済む理想郷をこんなところで失ってなるものか。その瞳は剣のように鋭く、決して曲がることのない真剣なものに圧倒されていく。
「…お前がそういうなら従うしかないな…」
報酬が出ている限り、雇い主の意向に対して逆らうことは許されない。
自治区の資金繰りが厳しく、長らく給与など出ていなかったが、今やそんなこと気にしていない。
デュロルが壊れないためにも自分がいてやらねばならないのだ。
「話は決まったようだなァ!異端は必ず食い止めると俺ァ思ってるから、期待だけは裏切っちゃあ困るな。じゃあ俺はとっとと帰る。
お前らのような蛮人には分からない、上品な執務でいっぱいだからな!Na-HAHAHA!!!」
かくして、自治区はSoyuzに対し、敵対することになってしまうのだった。
次回Chapter95は8月23日14時からの公開となります




