Chapter93. The in"Vad" End
タイトル【最悪の結末への分かれ道】
——ウイゴン暦 6月 28日 既定現実 7月 5日 17時28分
——Soyuz U.U本部拠点
重巡や航空機の集中攻撃によって敵部隊に大打撃を与え、続いては残党狩り。
空飛ぶシャチが離陸したのを確認後直ちに、乗員を乗せたガンシップのローターが回転数を上げていった。
———Brow…DAM!
「総員搭乗完了、急いでキャリアの尻を追いかけろ」
冴島はBMD操縦要員がヘリに乗ったことを確認すると装甲板のスライドドアを閉め、Mi-24Pの操縦手にこう言う。
当機体が離陸すれば基地より出てくる人間はもういない。彼は作戦のフィナーレを飾る役を任されたことになり、気合を入れた。
エンジンとローターブレードの空気を切る轟音が混ざり合う中でパイロットは軽口を飛ばす
「いつでも出せます、時間指定どうぞ」
「超特急だ」
珍しく彼の軽口に対し少佐はこう返すや否や機体はぐんぐんとのぼりはじめ、本部拠点がみるみる小さくなっていった。
ハリソンの街やジャルニエの城。ダース山にゲンツーの麓街。そしてベーナブ湿原。
ハインドは走馬灯のように今までの戦場を通り過ぎていく。
今まで無数の戦闘がこの下で行われてきた。どれもが楽な戦いとは到底言い難いが確実に勝利を拾ってきた。
今回はその先、完全に未知の領域の戦いとなる。しかし少佐は慄かず、前だけを見ている。
優秀な部下や無数のスタッフに支えられる兵器たち。なにより己の判断に自信を持っていたからに他ならない。
必ず成功させてやる。
強い想いだけを抱いてヘリは戦場へと近づいていくのだった。
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【career01、投下開始】
先行する輸送機が投下地点に到着した旨の連絡が入った。これからはIl-76ではなくパラシュートとその錘を追跡することになる。
インシデントが起きていないか端末を見ると、輸送機から空挺降下には成功しているらしい。
少佐はドアを引いて強風の中身を乗り出し様子を伺う。視線の先には白いパラシュートと、吊るされている緑色の物体がゆっくりと落下していた。
冴島は成功を一つ噛みしめながら応答する。
【LONGPAT了解、MOSKVA-04はビーコンを基に着陸地点を算出し急行せよ】
ヘリはゆっくりと地面に引かれていく装甲車両めがけて速度を上げはじめた。
細工は最後までやり切って初めて価値が見出される。積み上げてきたものを崩すか、仕上げるか。
全ては冴島ら空挺戦車部隊に掛かっているのだから。
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□
上空で西風が吹いていたせいか、パラシュートはややシルベー側に流されながらも問題なく投下地点に到着した。
周囲は丘のように傾斜した平原でいくらか低木林が広がっていた。騎兵が最も活躍するフィールドに違いない。
するとハインドは一回転しながら制圧射撃後、空中で静止。
こうして敵を寄せ付けないよう、攻撃してからようやく降下体制が取られた。
解放された扉からはワイヤが落とされた直後、少佐はあることを伝える。
【LONGPATからBEE-Region、降下開始。】
【了解】
それから乗員は死神の祈りの下、滝のように地面へと降りていく。
ここは敵地、優勢になったとは言え矢など喰らえばたまったものではないだろう。
最後は司令官である冴島が再びシルベーの土を踏みしめ、着陸したBMDに向け全力で走りはじめた。
目標地点が近かったことや、彼よりも先に降り立ったこともあってか装甲のゆりかごの軽油の血液は沸騰し、いつでも動ける状態でいた。
残すは彼一人だけ。鋼鉄のアスレチックを駆けあがり、流れるように片手で砲塔上のハッチを開けた。そこからは吸い込まれるが如く車内に入り込んでから車長席に飛び乗った。
——QRAM!QRAM!!—
その途端、砲塔に対し苛烈な一撃が降りかかる。
感じからしてライフル弾か、ここでは弓矢だ。音の響き具合から自分が入ってきたハッチやペリスコープ周囲にあたっていることに違いない。
相手は複数、ホースメンならこちらより速力は上。装甲は何とか無事だが、もしもガロ―バンを持っているなら厳しい戦いになるだろう。
今までの相手とはまるで調子が違う。
ようやっと装甲兵器への対抗策、防御しきれないのぞき窓や人間自体を狙う事がついに広まりだしたらしい。
アーマーナイトといったふざけた存在が居る以上、転用されるのも当然である。
死の危険があろうが冴島は除き窓に目を通した。
「10時方向に敵2つ、高低差を盾に後退。射撃開始」
次は何が飛んでくるか分からない。
矢なのか、ガローバンなのか。どのみち相手は自分と同じだ。たった今この男冴島の率いるBMDは安全神話の神々から1兵器に成り下がった。
四方八方、いつどこからアルミ合金の装甲を抜かれるのか想像がつかない中での戦いが今始まるのだ。冴島はすかさず機関砲の引き金を握る。
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□
———DANDANDANG!!!——ZLAAAAASH!!!
一撃を加えた後、逃げ去るソシアルナイトに向けて機関砲と機関銃を合わせた二段攻撃が向けられる。
流石に草原での機動性は騎兵の方が上で、速力も勝てそうにない。
上部ハッチにはいくらか矢が突き刺さり、こちらのダメージもゼロとは言えず厳しい状況なのは相変わらずだ。
鉄の弓から放たれたのが不幸中の幸いか。
弾幕を張られれば敵は追撃することなく逃げ去っていくようで、少佐は機関銃で相手の弓を封じながら前進し、追い立てるよう指示を出した。
草原を馬力と装甲で踏みつけながら前進していく。
その間も絶え間なく攻撃を挟むことによって帝国兵を周囲の山に入られないよう気を払いながら。
その時である。冴島の視界一杯に見慣れない重装兵が現れたではないか。
騎兵を囮にしてそれなりに耐えられる兵士で仕留める気だ!。距離が近すぎることもあり機関砲は使えない、この世界の肉薄攻撃である!
イレギュラーな状況でも彼は冷や汗垂らさず指示を下す。
「後退急げ、砲身をやられたら終いだ。——機銃で動きを止めれば始末はつけてくれる!」
アーマーナイトの馬鹿力でメインウエポンが使用不能になることを警戒しての命令である。
操縦手が素早くギアを入れアクセルを目いっぱい踏みつけた。
すると車体は慣性がかかりながら土砂を巻き上げバックして距離を離していく。
そうして挟み撃ちにされないよう間合いを取った瞬間、少佐は旋回ハンドルを目いっぱい回し7.62mm機銃の一斉掃射が連中に向けられた。
重装兵を射殺できるチャンスは300回、うかつに使うわけにはいかない。
事を荒げていると悪魔の羽音が近づいてきた。今いるところは空から丸見え、腹をすかせた鋼鉄の猛禽は機会を逃さない!
———WEEEEELLL!!!!——ZDADADASHH!!!!!
異変を察知したシュトルモヴィーク2機が発砲しながら群がってきたのである。
地面との距離は墜落しそうな程近く、機体の腹は空に向いている。アクロバット飛行と大差ない危険な飛行だ。
前方の機銃で重装兵を、後部機銃で騎兵を薙ぎ払っていくと、元通りぐんぐん空高く昇る。
もしBMDに誤射しようものなら少佐は鉄くずに埋もれ死んでいたことだろう。
彼らは相当の腕利きであることを実感する。
映画でもなかなか見ることのできないような光景が広がろうが、少佐は厳しい眼差しのまま。
空の味方に一任していたこともあるが、敵に崇高なIFFはついていない。
この平原のどこかにいる残党をこの目であぶり出し残らず殲滅する。それが彼の与えられた使命なのだから。
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局面を乗り切った少佐の空挺戦車は砲塔をゆっくりと旋回させながら索敵を繰り返していた。
艦砲射撃、そして無慈悲な対地攻撃。数少ない兵力のみになったとき、大概ゲリラ戦を取ることが多い。
中東で似たような場面をいくつも見てきた彼は、いつも以上に気が立っていた。
今こうして取りこぼしがないようじっくりと速度を落として見回っている今こそ攻撃は飛んでくる。
そういった状況に陥った少佐は持てる手段全てを用いて観測を続けていたこともありアーマーを7人、騎兵を5人仕留めることに成功。
時間がひっ迫してきた。暗視装置があるとは言え、無人偵察機や襲撃機たちの燃料は無限ではない。
地の利がある奴らに夕やみを与えてはならない。
そうなれば日が暮れるまでには作戦を切り上げねばならないだろう。
防弾ガラスを覗き込む彼は息を深く吐きながら目を光らせる。
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——ウイゴン暦 6月 28日 既定現実 7月 5日 18時41分
——県境付近
偵察機で確認された軍勢は瞬く間に絶滅に追いやられていた。
快晴の中、太陽はそろそろ降板のようで最後の輝きと言わんばかりに夕日を輝かせ、空には夕やみと光が美しいグラデーションが浮かぶ。
芸術的な夕焼けに照らされたあらゆる物体たちは、オレンジの色に染まり始め闇に飲まれていくのも当然の成り行き。
オリーブドラブで塗られた車体も例外なく逆光に晒され、特有のシルエットが落ちる。
作戦に話を戻すと、各車の報告によれば帝国兵の根絶に成功しているとある。
しかしこの地域ではいくつも敵影が観測されており、その度にローラー作戦を展開し潰していった。
残っていたとしても部隊として数えられない班程度なのは確か。
弾数に目を向けてみれば、機関砲弾はのこり100を切り、機銃弾は残り半分。
早々に勝負を切り上げねば、そう尻に火をつけながら呪いにかかるような執念で狭い視界内に移る。
隠れられそうな場所に目ぼしを着け射撃しながら警邏を続けていた。
他ブロックに隣接する場所までBMDを走らせながらも同様である。
本作戦では逃げ出してきたようなヤツを何度も撃破してきた、のだがその時々には連絡が来て連携するのが常。
しかし今度は打って変わって無線機の呼び出し一つもなく、この区域に残っているはずだ。
そうしているうちに時間は日没寸前になってしまったのか夕焼けが目に刺さる。仕留めるなら正に今である。
ふと、ここで少佐は考えた。敵の猛攻を掻い潜れば何をするかということだ。たまにこうして頭を冷やさねば出てくるものも出ないだろう。
彼は答えを見つけたのか操縦手に指示を出した。
「シルベー側に向かっている可能性があるな。——西に進め」
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冴島が乗る車両は宛てなく走るように見える。砲塔が右に向き、機関砲が指し示すのは敵が隠れられそうな小さな林。
自分と同じスペックを持つ敵がこちらを狙っていると仮定した場合、その攻撃を凌げる盾として使うだろう。
彼はペリスコープから照準へと視点を移し砲身を機敏に動かす。体にある神経すべてをカミソリのように尖らせ、敵の気配を探していた時のことだった。
——FRASH!!!———
夕日を受けたのか、ちょうど林と平地の合間から何かが光った。敵ホースメンの鎧が光を反射したのである。
咄嗟に引き金を握りこみながら声を上げた。周囲に敵兵はおらず孤立している、ヤツが最後だ。
「3時方向に敵、距離700!」
その時、光と共に車体に嫌な金属音が響く。
———QRASH!!!!
嫌な予感が的中してしまった。この感触といい、どこかの装甲を抜かれたのだ。やはりガロ―バン持ちが居たか。少佐は照準を覗き込みながら歯を食いしばる。
BMDは空挺戦車と名ばかりはいいが軽量化のために重装甲化は叶わず材質も鋼鉄に劣るアルミ合金で出来ている。
鋼鉄より防御力は劣り、対戦車ライフル同様の貫徹力を持つ矢は大きな脅威である。
機関砲弾は若干の放物線を描き土煙が舞い上がるが、敵は夕日に影を落として逃げていく。
冴島の瞳はコマ送りのように動く馬と騎手を捉えていた、あの姿、間違いなくホースメンだ。
車両はそれを追うようにしてエンジンを吹かし前進する。
「来たな…!」
最悪の場合ミサイルを使用することを考えねばならない。
ただ相手は主力戦車よりはるかに小さい目標で誘導を掛けられるか怪しい。
加えてあれだけの手慣れが使わせてくれるとは考えにくい。一旦敵を引きはがすため機関銃を使った。
———ZLADA!!ZLADA!!!——
3発ごとに合間を開け敵に向かって銃弾が飛ぶ。相手は速い。遭えなく直進し、森を盾にされた。
戦闘車両と馬の決定的な違いは反射的に動けるか否か。
ヤツと速度で勝負するのは無謀、だが火力なら間違いなくあのホースメンに勝てる。
敵はこちらを仕留める気でいるのなら、一撃離脱を考えているなら反対方向に逃げるはず。
そこから導き出だれる死相は一つ。遮蔽物を抜けた先での奇襲。ならば策に乗り、舞台をそのまま砕いてやろうと少佐は考えた。
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PKTでは倒し切れないと判断した彼は機関砲のトリガーを握り、集中力を極限まで高めていく。
照準器から覗く世界では木々が流れるように過ぎていき、車内にはエンジンの鼓動だけが響く。正に生と死のみが支配する世界。
対装甲大弓で合金板もろとも貫かれるか、それとも30mm機関砲で吹き飛ばすか。この空間には二択しかない。
走るにつれ小林の端が垣間見えてきた、決断の時が来たと言いたげだ。
常人なら押しつぶされてしまいそうな不安がのしかかるが、冴島少佐という砦はまるで揺るがない。
機関砲の照準を森と平原の境目ではなく、少し進んだ辺りに合わせると躊躇いもなく射撃をしてみせた。
————ZDADADASHH!!!!!———
薬莢がはじけ飛び車内に転がる中、彼は操縦手に叫ぶ。
「ターン急げ!」
ドライバーとてわかっていることだ。
石のように固いハンドルを目いっぱい回すと空挺戦車はドリフトのように大きく滑りながら反対方向へと走り去っていった。
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先ほど少佐が激戦を繰り広げた区域にも闇は広がる。敵対勢力の殲滅によりゾルターン側は大敗を喫し、シルベー城の防衛は成功した。
悪魔や死神と謳われた襲撃機や天から阿鼻叫喚の地獄を見届けてきた無人機たちは帰投しはじめ、残党狩りの地上部隊もシルベー城に向かい始めていた。
人々の叫びはぴたりと止まり、空には鳥の影だけが落ちはじめる。夜の訪れだ。
悲しみも絶望も死体にはない。ただそこにあるのは異様なまでの静けさと哀愁だけである。
鋼鉄の悪魔が過ぎ去った所に生き残ることはできないだろう。
少佐と激戦を繰り広げた林の近くでは、砲弾を受け滅茶苦茶になったホースメンの亡骸と物言わぬ対装甲弓 ガロ―バンの破片が転がっていたのだった。
次回Chapter94は8月21日10時からの公開となります




