Chapter92. Time limit forest again
タイトル【迫るタイムリミット】
——ウイゴン暦 6月 28日 既定現実 7月 5日 14時58分
——ハリソン空港
Soyuzのフットワークを侮ってはならない。
スクランブルに近い速度であらゆる基地をもって出撃準備が進められ、戦闘員のみならず整備スタッフも血液の流動の如く拠点を駆け巡る。
本部ではil-76、ハリソン空港では無数のil-2が一斉に炎の心臓を脈動させ、次々と離陸していった。まるで渡り鳥のように。
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ここである一機のIL-2に視点を移そう。
飛行機乗りの間ではコックピットは一種の棺桶である、と言われることは多い。
狭苦しい空間に並ぶいくつもの計器とスイッチ、そしてレバーが花園の如くちりばめられ、中央には一本の聖剣のように操縦桿が聳え立つ。
極限までに簡素化されたデザインは棺に見えてもおかしくないからだ。
第二次大戦時の航空機とは言え、素人目では何をしていいのか皆目見当がつかない。
これでも複雑な方ではないのだから恐ろしい。
そんな時何の変哲もない攻撃機のコックピットに管制塔からの無線が入った。
【こちらH-HQからBEE-37、4番滑走路から離陸せよ】
【BEE-37了解】
パイロットは無数の計器に目を配りながらプロペラを回し、滑走路に進める。
毎度思う事ではあるが、しがないセスナ機乗りが異次元に飛ばされた挙句こんな化石に乗っているのだろう常々思う。数奇にも限度というものがあるだろう。
そう思いながら機体を加速し始めると、特段前触れもなく、ふわりと浮きはじめた。
鳥や虫に似ても似つかぬ人間の翼が揚力を生んでいる。
安定して飛べるようになると、頃合いをみてランディングギアを格納し前線へと向かう。
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既に無人偵察機が先行しているようで、敵の位置はシルベー城から北東4km地点だということが分かっていた。カナリスによればゾルターンに向けての輸送通路を使ってきているとのことらしい。
「なるほどな…座標送るぜ」
「よしきた」
後部座席にいる機銃手に向けてソ・USEに転送されてきた座標を送る。
どの局面においても情報の共有は重要だ。
画面が座標表示に戻ると着々と攻撃地点に近寄っていることがわかる。進路があっているだけでも一安心する。とりわけ飛び慣れてない所ではなおさら。
本作戦においては、敵に気が付かれる前にありったけの攻撃叩き込むことが作戦の成否を分ける。
敵が城に到着するまでの間に根絶やしにしなければゲームオーバー、そこにコンテニューするためのコインはない。
既に艦砲射撃が始まっているらしく、俺たちは急いだ。
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——同刻 海上
———DooOOOMM!!!——DooOOOMM!!!——
県境から離れた海では嵐のような砲撃が続けられていた。何より、異次元を航行する際に咄嗟に戦闘できるよう準備がされていたのが大きかった。
甲板では5基の20.3cm連装砲から爆炎と共に衝撃波が幾度も打ち寄せ、周囲は大しけのような様相を呈す。
何故Soyuzがこの21世紀に時代遅れとなった最上型重巡洋艦という物体を建造したか、
その理由がここにある。
戦艦以上に小回りやフットワークが利くだけではなく、駆逐艦やそれ以下の艦艇をはるかに上回る火力。ソマリアの海賊を根絶するために建造されたポケットサイズの戦艦、それが重巡洋艦大田切の正体である。
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火炎と撃ちだされる榴弾によって甲板上は荒れ狂っていたものの、様々なアンテナ類が取りつけられていた艦橋では打って変わり湾内のように静寂に満ちていた。
多少の揺れはするものの、大海のような器の艦長にしてみれば無いも同じこと。
そんな中、何千人といる大田切の兵を率いるロシア人艦長、チェレンコフ大佐は無線機片手に冴島少佐と連絡を取っていた。
【弾着確認。敵は我々の攻撃を察知し拡散中。修正願う】
「弾着了解。——む、敵が分散しはじめている、か。了解」
敵は騎兵などを使った歴史的装備ではあるが、その思考は非常に冴えている。
相手にしているのは的ではないから当然移動するし、射程外からの攻撃に対して反撃こそ出来なくとも被害を少なくするよう行動するだろう。
チェレンコフは少佐からの要請を受けるとソ・USEで各砲塔にいる砲術長に向けて指示を出した。
このSoyuz共有端末故、かつて船についていた伝声管は過去の遺物と化している。
艦長がわざわざラッパ口で叫ぶよりも早く、正確に伝達することができるのだ。
彼からの指示は電波に乗せられ、分厚い装甲の先にいる術長に届く。
「仰角+2度修正急げ!」
端末を確認するや否や砲撃に負けない程の声を張り上げた。やはり船乗りは声が大きくなければ生きていけない。
いくら電子化されていようと砲に携わるものは気合と根性がすべてである。それだけは古今東西変わらないだろう。
彼の鶴の一声で巨大な砲塔に生える巨大な二本柱が少しばかり角度を上げ砲撃を続ける。
ほんの少しの差とは言え、砲弾の飛距離に比例して大きくなるもの。
微細な操作一つで着弾地点は大きく変わるのだ。
角度修正を終えると再装填を急ぐ。
周りにいる船員が重厚な隔壁を開け、機械が直径20cmもある巨大な弾丸が滑り込ませた。
艦砲になると弾頭と炸薬を分けても人力での装填はあまりに非効率的故、機械に頼っていることが多い。
すかさずボンタンアメのような包みがされた炸薬が砲塔外から供給され、手早く彼らの手によって装薬、隔壁を再び閉じ発射を繰り返す。
———ZRoooOOOOOOOMMMM!!!!!———
火薬の力で射出された榴弾は御柱の溝に沿って回転しながら外へと解き放たれ、20km先の森林めがけて飛んでいくのであった。
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——KA-BooooMMM!!——
大田切の艦砲射撃によって森林は地獄と化した。
人間の視力をはるかに凌駕する距離から瞬間移動したか如く飛来する。
一度や二度どころの話ではなく、雨天時の雨粒の如く降り頻っていた。
また一発に内包される爆薬の量も尋常なものではなく、着弾するたびに地上の敵を巻き込みながら、鉛色の煙柱がいくつも立ち並び死の摩天楼が花開く。
これほどの猛攻撃に晒されながら未だにゾルターンの兵士はシルベーに向けて侵攻し続けていた。その根性は見習うところはあるだろうが、侵略者に変わりはない。
彼らに安息は訪れることなくIl-2たちは死肉を漁るハゲタカのように群がりはじめていた。
【こちらBEE-28、敵部隊は分散しながらも城に向けて進行中】
攻撃を加えながら索敵をしている28番機から一報が入る。
流石にドラゴンナイトという航空戦力が存在する世界故か、敵歩兵は森林を盾にしながら進んでいるようである。
天地をえぐる絶大な火力によって遮蔽物が着々と破壊され続けている以上、航空機から発見されるのは時間の問題だ。
【BEE-37了解】
パイロットがこう返答すると逃げ惑う敵に目掛け急降下しはじめた。それによって重力に引かれ落下速度は指数関数的に増加し機体を操る主にも負荷がかかる。
「——ッ」
彼は全身が得体の知れない力によって浮かばされるような感覚をこらえ、キャノピー中央にある照準線を睨みつつトリガーを引く。
——ZLAAAAA!!!——WEEEEELLL!!!!———
死神の羽音を響かせ、定規で引かれた線のように鉛弾がアーマーナイトらに降り注いだ。
銃弾を弾き返せるだけの装甲があろうと23mm機関砲の前では紙くず同然。
ふんだんに徹甲弾を浴びた重装兵はドミノ牌のように倒れていく。
一撃を見舞った後、墜落しないようギリギリで高度を上げはじめる。
「思い知ったかずんぐりむっくりめ」
ガンナーの勝ち誇った声が無線越しに入った。どれだけ装甲を持とうがスコアは歩兵一人に過ぎない。
急降下すれば敵との距離が自ずと近くなるもの。
慌てふためいて逃げる背中を撃つのはどうも気分が良くない。
戦車なら派手に破壊されるのだろうが、歩兵は生々しいものがある。
何本も鉛色の煙柱が天に向かって伸び、敵が巻き込まれていく。どんな形にしろ、どんなものを使うにしたって殺し合いであることに変わりはない。
下らないことを考えるのをやめ、仕方ないことだと思いつつ次の敵に狙いを定めるのだった。
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ゾルターンからの刺客は想像できない圧倒的な火力をもって分散せざるを得えなかった。
騎兵がつけている鎧はほとんど防御力を発揮することができず、アーマーナイトですら運よく破片を受け止められたとしてもハンマーや斧とはまるで訳が違う。
砲撃の雨を受けた彼らは軽装甲車両のように砕け散っていった。
得体のしれない火力に最前線にいるロンドン部隊もまた恐怖した。
あるものは森林に立てこもり得体の知れない方向からやってくる死に対し備える。
小手先の悪あがきに過ぎないが、もはやこうすることしかできなかったのかもしれない。
敵が逃亡しようが立てこもろうが攻撃は続く。
20cm砲という並大抵の陸上兵器では出せない破壊力は隠れ場所である森林を剥ぎ取る。そうして遮蔽物がなくなれば上空にいるスズメバチが黙っているはずがないだろう。
抗うことさえ許されず、アーマーナイトやソシアルナイトらは的当てのように撃破され散っていった。
森には人間たちが恐怖し、絶望し、この世の終わりのような声だけが響く。
航空機最大の強み、反撃の届かない場所から一方的に打撃を与えることができることを如実に表していた。
「抜けられるのかよ!」
辛うじて森の中に身を隠すことのできた騎兵が声を上げる。
竜騎兵や天馬騎士とは似つかない異形に対しどうすることも出来ず震えることしかできない。
一方、森林を抜けるよう命令を受けていたロンドン重装兵は自慢の鎧を棚に上げて逃亡し始めた。
「やってられねぇ、お前らなんて勝手に死ね!俺は生きるんだ!」
まるで幽霊のようにつかみどころも、対抗手段もない相手を殺せという方が不可能なことである。
それに人間、いや動物が未知の相手に対し最初に抱く感情は強い恐怖。
感情や理性を超越した本能が暴走し、敵前逃亡した兵士は後を絶たない。
ラムジャーの作り上げた自慢の部隊は一瞬にして崩壊したのだった。
「敵前逃亡したものは殺せ、殺すのだ!」
当然、ラムジャーはこの異変を察知していたものの、癇癪を起すだけで何もできなかった。
兵士は前線に出ているだけで、忠実なのは伝令役だけという有様だ。情報系が正常なだけでも有情と言うべきだろうか。
それに彼らは帝国軍でも何でもない、雑多な寄せ集めの兵力であることを忘れてはならない。
国に忠義立つことなく、ただ組織提携しているだけで動かされている兵隊に誠実さを求めるだけ無駄である。
彼らもこんな所で犬死など御免である。
だからといって敵を前にして尻尾を巻いて逃げ出せば、後ろにいる将軍から殺されることは誰もが想像できるだろう。
逃げる際にはラムジャーの目に映らないよう森に紛れて逃げ出していった。
ガビジャバン戦争の逃亡兵も混じっていることの多い組織では往々にしてあることだ。
「———おのれ、ゾルターンに仕える気などないのか…!撤退だ!撤退せよ!指示に従わねばどうなるかわかっておろうな!」
余りの惨状に手足もではないと判断した彼は周囲に撤退命令を出さざるを得ない。
その声は雨のように降りしきる艦砲射撃と航空機の音でかき消され、聞くことができたのは伝令兵程と一握り。
混乱する馬に一発鉄拳を見舞うと尻尾を巻いて彼もまた山賊のように逃げ出した。
戦いにおいて撤退という選択肢も必要な時がある。
それにしては余りにも情けない方法で撤退していくのだった。
次回Chapter93は8月17日14時からの公開となります




