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Chapter 10.Rasho gate in U.U

タイトル【異界の羅生門】

硝煙と空薬莢が転がる拠点であろうとも闇は晴れ、夜が明ける。


拠点の全てを掌握する権能は仮眠をとることなく仕事に追われていた。



それに加え皇女殿下の依頼に対しての返答がようやく本社から届いたこともあり、彼のデスクは多忙を極めるのも自然の成り行きか。



その中でも錨を下げたかのように重い問題がSoyuz本部から突き付けられていた。

事実確認の必要性である。



Soyuzは依頼人の情報だけを鵜呑みにして紛争に踏み切るようなことをするほど愚かではない為、調査を行ってから作戦行動に踏み切る。



未知の敵を撃退した後、拠点の損害確認も迫るとなると事実確認がずるずると遅れてしまう。



その間に再び奇襲を受けたのならば、そう考えていると中将の胃はキリキリと痛み出した。

不快感を露わにしながらも仕事用のデスクトップコンピュータを使って独り言をつぶやきながら仕事をしているその時である。



「居住区と兵舎の電力供給が不安定…設備の一部が焼かれたか。それ以外は火災も発生せずに精々土嚢が燃えた程度、復旧に時間はかかるまい」



勲章を揺らしながら戦艦のような図体を椅子に預け、中将は目をつむった。目を閉じれば閉じたで様々な思惑が脳裏にこびりついて離れようとしない。



額に手を当てながら深いため息をついていると、目先の事実確認に対して手を打つことにした中将は止まった時が動き出すようにキーボードをたたき始めた。



 その頃大型兵器格納庫では搬入の邪魔となるような突き刺さった矢を雑草のように引き抜いていた。


銃弾と異なり矢は遙かに大きく場に残り続けるため、第一に邪魔であるし事故の要因になったら叶わないのである。そのため戦車乗りであろうが作業に従事し続けなければならない。



「クソ、いつから俺は戦車乗りから歯科医になったんだオイ!」



ソビエトの戦車帽をかぶった浅黒いインド風の男が格納庫の扉に突き刺さった矢を引き抜こうとしていた。



問題なのは扉が引き戸でありこのまま開けると機械の故障につながるという。



それにしてもこの矢、釘抜きを使うとバッキリと折れてしまうようで結局手作業で抜くことになっている、まったく迷惑極まりない輩がいるものだ。



男はそう思いながら力いっぱい矢を抜こうと踏ん張っている時だった。






—————





 今日はこのバカバカしい作業を終えたらさっさと布団に転がり込んでぐっすりと寝るつもりでいる。


自分も昨日の騒動でも機銃を撃ちまくったというのにろくに休憩もなく働かされているのだ、

コレ以上の仕事はゴメンだと思っていた時。


戦車を率いて生き残りを殲滅してこいと中将から命令が下る。



 運び込んで間もない鳴り物のT-72を乗り回せるのは良かったが、いかんせん披露した身体にはディーゼルエンジンのひどい音と振動が蝕んでいく。



並大抵の収容所よりも酷い戦車内に閉じ込められている砲手や操縦士が気の毒でならない。



 こうして急遽結成された戦車中隊が草原を進む。

T-72やT-55を基軸とし、ゲリラ対策にZSU-23-4(シルカ)を連れて行っている部隊である。



作戦指揮はBTR80の指揮車が取り仕切っており、残党狩りにしては異様なほどの戦力を靡かせていた。



 拠点の総力を上げた機銃掃射の前では草原が文字通り血まみれになっていた。

時々機関砲が着弾したのか地面がえぐれており、戦車でその跡を踏むと激しく揺さぶられる。



【生き残りが居たぞ】



右舷にて生存者の確認をしていたT-55から無線が入った。


ペリスコープで様子を伺うが、人影は連絡をよこしてきた車影に隠れているようだった。するとお椀のような砲塔に火球が何発か直撃したのである。



火炎瓶とは明らかに異質なそれに目を疑ったが、多くの大戦を駆け抜けた分厚い装甲はその程度の炎を容易に弾き返した。



まるでホコリを払うように砲塔を動かすと無機質な同軸機銃の音が響く。



――BLTATATATA――


【抵抗を受けたため射殺した。探査に戻る】



砲塔を向け直すと隊は再び草原の探索へと戻ることとなった。


誰も何も抵抗した歩兵を射殺することに戸惑いはない。


現実世界ならば瓦礫の下からRPGの照準を向けられた挙句こちらに損害を追うならまだしも、撃破されてしまったのならば隊にとって大きな損失につながる。



むしろ戦車砲を撃ち込まれるよりは有情であると判断するものも居た。


 シリアルキラーが通り過ぎたかのように臓物が散らばる草原を、ディーゼルで動く死神は進んでゆく。






——————






 謎の存在にこの草原を蹂躙されてから夜が明けた。


すでに昼頃なのか日光が俺の赤い鎧を熱している。


俺は死んだのかと思い当たりを見渡すと、鎧がメチャクチャになってくたばった戦友や部下の亡骸が散らばっている有様だった。



連中は魔法を使ったわけでもないのは分かっていた。しかし昨日の作戦で何が起こったか未だに理解できそうにない。頭が働かないのである。



ふと考えてみると、アーチャーからスナイパーに昇格してからすぐ死に晒すことはなかったことだけが救いだった。


そして重装兵すらも倒せる大弓ガローバンも無事なのも滅入りそうな気を寸前で保っていた。残るはこの身体だが、魔具による助けがない状態で大弓を引くようにまるで動こうとしない。


おまけに右肩がひどく痛むと来ていればマトモに戦えない事実が俺を襲いかかってくる。



なにもかもに絶望したその時だった。さらなる絶望が向こう側からやってきたのは。



CLALALALA―――



巨大な鉄の塊を奥歯で噛み締めたような耳障りな音と、龍の低い雄叫びをあわせたおぞましい音と共に大きなな影が迫っているのである。


地獄を上乗せするように大きな影は群れをなしている有様。



「あぁ畜生!どうせ迎えが来るなら素っ裸で無駄におっぱいのデカい天使様がよかったよクソッタレ!何が悲しくて悪魔に食われなきゃいけないんだクソ!」



憎らしかった。



身体がピクリとも動かないのに喉だけはマトモに動くのだ。俺は命乞いしなかった、頭には隣国での卑猥な走馬灯が浮かび上がる。



高い金を叩きつけただけはある、マリオネスの持ち金をちょろまかして風俗に行って後悔はなかった。



帝国のヤツは神を信じているが、この怪異そのものがわざわざ殺しに来ているあたり神はいるはずがない。そう思って目をつむった。



 しばらくすると鉄をひしゃげた音は止んだ。ろくなことにならないと分かっているので片目を開けるとあの悪魔が目の前にいるのである。もはや破れかぶれになりながら俺は叫んだ。



「このクソ野郎、死ぬ前に高い風俗連れてけ!でないと―――」



その瞬間、頭近くに無数の銃弾が撃ち込まれた。昨晩の恐ろしい見えぬ雨の正体であると俺は感じた。



 驚くべきことにあらゆる怪物と悪魔に似つかぬ悪夢そのものの頭が突如として開き、中から人間が顔を出してきた。

俺は悪夢でも見ているのかと思ったのだが、吹き付ける風がそれを現実だと知らしめる。



「まだやるか」



中からは帝国では見ないひどく浅黒い男が身を乗り出してきた。同じ人間がこの悪魔を動かしているのだ。弓を構えることも忘れて考えが氷のように固まる。



俺は頭から言葉をひねり出すようにしてその問いかけに答えた



「こんなふざけたの、マトモにやってられるかよ!」



そうすると黒男は何やら棒のついたおかしな箱を取ると俺のことをお構いなしに言葉を続けた



【生存者発見、抵抗は見られず。確保する】



そのことから自分は捕虜になるのだと感じた。部下のように醜く死ぬことはないのだ。


今さら帝国の威信だのプライドを掲げてもおぞましさの塊にはゴミ同然に違いない。

生き残るためにはその手段を取らざるを得ないのだ。



戦場跡となったアイオテの草原を戦車中隊は進むはずだった。


偶然にも拠点から近い位置に投降する兵士が発見されたこともあり捕虜回収用のアーミートラックも加わることとなった。隊の足を止めて合流を待つことに。



いくら近くとも到着するまで時間が掛かる。幸いBTRには最低限度の人員が乗せられ指揮官であるコノヴァレンコ少尉と操縦手くらいがこの狭い棺桶を牛耳っていた。



そのため一旦はBTRに留置することとなったのである。


資材不足も重なりカートゥーンめいて縄で締め上げて転がしていた。

コノヴァレンコが見る限りでは外傷は肩に銃弾をかすめているだけだが、それよりも飢餓と疲労のみならず脱水も重なっている始末である。



「外傷よか具合の方がはるかに悪いたぁ何やらかしたんだお前」



少尉は巨大な大弓を困惑しながら傍らに置くと、兵士を乗せる堅苦しい座席に千巻のように捕縛した捕虜を乗せ、まるで衛生兵のように語りかけた。


それに対して跳ね回る気力もない捕虜はただ口を開き続けた。



「あの女の配給した飯が全部いけねぇんだ。食う天罰、拷問、懲罰部隊———」



「ああ……」



その言葉を耳にした少尉は絶望にも似たため息をついた。[兵士は飯で動く]と、かのナポレオンも言っているのだ。


粗悪かつ精神を蝕むような、ウイルスと大差ない飯を胃に入れて作戦行動を行うとなると、その苦痛は想像を絶するだろう。



 一時間程すると衛生スタッフを乗せたアーミートラックが合流すると、寝かせられた捕虜は移送されていった。


こんな状態のヤツが跋扈しているとなれば、スタッフの過労死も秒読みだろう。コノヴァレンコはそう感じていた。





————






非装甲のトラックを守るように戦車がぐるりと囲んだ陣形を組むと隊は再出発。



時に投降する者を収容し、抵抗を未だ試みる兵士は機銃の音とともに死体に変えたのだった。

隊を指揮するコノヴァレンコ少尉は思うほか生存者が多いことから、襲撃した存在は撤退したと判断し拠点へと帰還した。



 しかしSoyuzに平穏は訪れることはなかった。収容を終えた捕虜から情報を引き出す仕事がまだ残っているからである。



 拠点に残された苦労の絶えない内勤マディソンは意気揚々と寮のベッドへと足を向けている。



慣れない力仕事のみならず慣れない機関銃の引き金を引かされもした。



とことん厄がこびり付いている日だったが、奇跡的に二日間の休みが取れたとあってやることといえば一つしかなかった。寝ることである。



 散々戦わせた挙句拠点の損害確認までやらされたのだから堪らない。自分の寮に近づくにつれて人気がないはずなのにスタッフが増えだしている


進むにつれ月の石見たさに並ぶ客のように増えていた。

挙句の果てに自分の寮室近くに少佐までいる始末である。



「どしたんすかジマさん(冴島少佐)。俺オカピなんて部屋に入れた覚えなんてないですがねぇ。職場の自販に小銭飲まれたからって蹴り倒したのがそこまで重罪で?」



酷く重い口を少佐に向けて開いた。階級有り無しに関らず業務からプライベートな付き合いであるためか少佐は何も言わないのがお約束だ。



「捕虜を捕まえたんでこれから尋問をする。ついでにお前の部屋の二段ベッドにパイプをかませて牢獄にしてる」



「それとマディソン、不穏なことが聞こえたが俺は何も知らなかったことにしてやる。……多分お前の部屋が選ばれたのはそういうことが関係してると思うぞ」



少佐は眉をひそめてそう言う。



そうえば残党狩りのための戦車中隊が動いているとは聞いていたが、あれだけの銃弾をばらまいておいて生き残りがいるとは驚きであった。



スタッフを押しのけて寮の扉を開けて中をのぞくと、如何にもゲームから出てきたような人間がいることが垣間見えた。スタッフも珍獣見たさで来るはずである。



「お前ら配置に着け。ついでに、俺はそこまで酷じゃあない。マディソンには変わりの部屋を用意している」



少佐が声を上げてスタッフを追い返すと俺にメモの端くれを手渡して俺の部屋だった尋問室に入っていく。



休みにもたらいまわしにされるとなると、俺は軽く呪われているかと思うほどだ。

メモには部屋番が書いてあるにはあるが、見覚えのない部屋番である。


番号からして近くであることに違いはない。



「oh shit」


そこは依頼者の匿われている簡易住宅だった。窓を覗き込むと布団がちょこんと置いてある始末。


俺は目をつぶってのけぞりながら悪態を吐いた。



 かくして尋問が始められることに……







—————






少佐の友人であるマディソンの寮室は隙間風が入るだけで、洞穴のような静間が広がる。



捕虜は赤い鎧にやたらと暗いオリーブ色の手駆けマントをしており、中世や近代の兵士に現代のような利便性を持たせたような恰好をしていた。



相変わらず千巻にされているのは変わらないが、二段ベッドの下段に無理やりパイプを結び付けた簡素な鉄格子を通してみると惨敗兵よう。



 尋問官は冴島少佐が執り行っていた。

尋問をその場にいる疲労したスタッフにやらせようものならソビエトの二の舞になることは目に見えていたことであるし、次の作戦を練るために少佐自らが名乗り出たこともあったからである。


少佐は軍服につけられたピンマイクに電源を入れて尋問室に足を踏み入れると、用意されたパイプ椅子にわざとらしく体をうずめると、顔を下げ続ける捕虜に向かって口を開いた



「名前、所属、階級を言ってもらおう」



少佐が捕食者のような目を見せながら冷徹に語り掛けた。

小物ができるような安っぽい恫喝ではない、いつでも殺せるとでも言いたげな顔を向け続ける。


それが冴島の尋問のやり方だ。



「シュムローニ・ガンテル。ファルケンシュタイン帝国軍の第19小隊所属。階級は伍長。第七分隊の指揮してた。それでなんかあるか。」



彼は吐き捨てるようにして言った。少佐は目線を下にそらしてから口を開いた。



「ただの一兵卒ではないな。知りえる情報をあらかた吐いてもらわなければならない」



捕虜の悪態にも目にくれず淡々と吐き捨てる。事と次第によっては口だけでは済まなくなることを織り込んでいたからである、ここで露骨に感情を見せてはならない。


何人もの参考人から情報を引き出してきたプロのやり口である。



「伍長の何が不満ってか。あぁ、えぇ?身なりが良い上級兵職ってのはいけねぇのか

誰がこんな辛酸をなめさせられてると思ってんだ。他のヤツなんてもう軍曹だの俺よりも上だ、ウデは俺よか悪い癖にいい椅子によくも座って———」



「こちら側の質問だけに答えてもらう」


少佐は食いこむようにして言った。たったそれだけだが、尋問側に絶大な圧力を生むのだ。

彼は両手の指を組んだ上でガンテルに目線を合わせるように屈むと質問を投げかける。



「隊の作戦内容、指揮官について答えてもらおう」



ガンテルは諦めたようにしてため息をつくと、あらましを話始めた。



「皇族の捕縛だよ。おたくらを襲ってな、くぎ付けになっているうちに竜騎兵が下りてきて散々引っかきまわしてとっ捕まえる。そういう算段だったよ。司令官のことなんていくらでも答えてやる」



「あの野郎、ヒトを人と思わずにどうあがいても死ぬようなところに突っ込ませて自分だけ逃げるようなヤツだ」



「クズだ、クソでしょうがない糧食当番になった日にゃ目も当てられないこの世の地獄ときてる。

俺が未だ伍長なのも全部やつのせいだ、あまりに腹が立ったんで金をスって風俗に出かけたこともあるよ」



「……あのマリオネスの野郎、こんなところに俺を見殺しにしやがって。なんなんだあのクソ野郎は———」



彼は司令官のことになると諦めた態度から一転して、腹の底に溜めに溜めた憎悪の風船を割ったように悪態をつき始めたではないか。


少佐は眉を少しばかり動かすだけで感情の波を見せないが内心はひどく困惑する。


人を使う職業というのは全員に好かれるというのは不可能ではあるがここまでの嫌われようは相当である。



しかし得られた情報は無いわけではなかった。



襲撃目的は依頼者の捕縛、そして抹殺であること。つまるところクライアントの言っていた[()()()()()()()()]ということが真実であることが確定した。



そして指揮官はマリオネスという人物のこと、そしてこのガンテルという兵士は明らかに不自然な形、囮のような形で捕虜にされたこと…



しかし少佐は捕虜自体ではなく、捕虜から伸びる釣り糸を握っている人間の真意を探ろうとしていた。



相手にしているのはどのような武器を使おうとも軍隊で兵士を使う人間というのは自ずと目的を達成するために手を打ってくる。そのことは冴島自身が一番骨にしみていることである。



「話を変える。その指揮官に対して知りえる情報をすべてと、拠点の位置、小隊の兵力について話してもらう」



すると気分を良くしたのか、悪意を顔に滲ませたような笑顔でガンテルは答えた



「いいぜ、どうせ俺を殺したような味方なんて味方じゃあねぇんだ」



「あの歴史上例を見ないクソアマ、マリオネス大尉殿は大変優秀な指揮官だったよ、クソが。ヤツはダメな時はダメですぐ撤退することが多い。敵に弓じゃあどうしようもないアーマーナイトとかいる時とかなぁ」



「……ああ腹が立ってきた。機嫌が悪い日には俺にねちねちねちねちと説教を垂れる癖に俺以外の連中だと上司面しやがる」




「あの隊は損害を被るとすぐに兵士を補填できるんだ、それだけの権限を奴は持ってる。腹が立つことにな。だから対策をすぐ練ってぶち殺すことができるんだ。俺みたいな精鋭の生き残りはいいがヤツは人を弔うってことを知らねぇ。人をコマかなんかだと本気で思ってやがる。




「あー…規模は40人くらいの連中で回してるよ、それを俺らみたいな上の兵職連中が指揮してるって感じだ。大方顎を使って指揮してる兵職なんて皆アーチャーの中から修羅場くぐったような精鋭の連中がなれるスナイパーってやつらだ。俺もそうだけどな。」



「拠点の位置なんざ簡単よ、俺は現地での行動が多いから本拠地にいくこたぁなかったが草原をもっと先に行くと森がある。そこに基地を作って構えてんのさ。ずいぶん前の記憶だからどんな特徴だかどうにも思い出せそうにない」



「——ところで俺の弓、ガロ―バンは大事にしてるだろうな?俺みたいな一兵卒には碌な勲章なんてありゃしねぇ。あのバカでかい弓くらいがその一つだからな、少しでもおかしなことをしてみろ、俺は絶対に——」



ガンテルは時折話を脱線させながらも長々と口を開いた。余計な喋りもそれなりには多かったが、少佐は黙ってそれを聞いていた。


そしてどこからともなく手帳を取り出すと、ペンで証言をまとめ始めた。



「この野郎無視しやがって、あの弓は対装甲弓ってな———」



「少し黙っていろ。お前の武装はきちんと管理している」



少佐は珍しく怒りがこもった声で一括するとガンテルは心底歯痒いように口元を動かしながら黙ってしまった。そんな中、ボールペンの書く手を休めてとある思い付きが冴島の中に迸った。



「お前、その指揮官を殺せるならなんでもするか」


そして少佐は彼に悪魔のような囁きをしたのである。


「やってやるよ、あんなの最早俺の敵だからな」





—————






その頃、クライアントルームに押し込まれたマディソンは何年か使われた敷布団に死んだ顔をひょっこりと出した上で寝ていた。



無理やり体を動かし続けた弊害かすぐに睡魔に落とし込むことができなかった。



それと同時にマディソンは妙に静かなことを気にかけている。


あの巡洋艦男が尋問するときは決まって騒々しいものだが辺りは嫌に静かなのだ。

少佐はハリウッド映画に出る悪役よりもはるかに賢いため、尋問相手を殺したりはしないはず。



それ以上に鉛を溶接されたかのように重たい頭と体ではまともな思考のひとつもできそうになかった。すると肩を何者か揺さぶって俺に話しかけてきた。



「休憩の所申し訳ないのですが殿下の話し相手を———」



俺は声の主を確認すべく寝返りを打つと、そこには若くしてありとあらゆる飢餓を経験したように老け込んだ男がいた。

こいつはエイジという従者らしいが、それにしても水を抜かれた池底のように疲れ切っている。



「いいからそこ代われ。俺はあんたみたいな干ばつをもろに食らったみたいなのと違ってまだ動けるからな」



それも無理ないだろう。

経歴を断片的には聞いていたが死線を潜り抜けた挙句銃弾煉獄に突っ込まれれば胃にでかい穴が開くに決まっている。顔を見ればもはや正しい判断すらできない様相である。



俺は布団を明け渡してエイジと入れ替わるとクライアントに近づいた。


当の付き人は泥のように眠り込んでいたが、それに相反するように殿下様は正気を保っていた。外の様子を食い入るように見ながら。



「悪いが話し相手は俺になったんだ。俺はマディソン・バーナード。ただの事務方よ。何か話す話題はなくもないが———」



俺はクライアントに話しかけた。


たかだか王族のようなボンボンだと思っていたが、当人の前という現実に直面するとその姿は違っていた。


ソルジャーでも、ましてやジマのような指揮官のような姿ではない、国の手綱を握るに値する重厚ないでたちに驚きを隠せない。



「エイジには無理をさせすぎました。お聞きしたいことが山のようにありますが、よろしくて?」




「ここの人間の悪口なら精通してる専門家に任せてください。情報を扱う事務員ですからねぇ」



俺はクライアントの質問に皮肉で返したが、すぐに後悔が襲った。あの眼差しは狂気じみた知的好奇心からくるものだろう。ここまでの奴というのは見たことがない。



 しばらく慣れ始めをすると本格的な質問が飛んできた。

まるで幼児がありとあらゆることに質問するのと同じで、この拠点のあらゆる物体に質問を投げかけてくる。


しかし不自然なことにSoyuzのスタンスに関しては何一つ聞かれなかったのが意外なことであった。



「外にあるクソ間抜けみたいな置物あるだろ、筒に羽をはやしたセンスのないやつだよ。

あれはネヴァとかいうミサイルだ。飛んでるやつは大概こいつで叩き落すとかなんとか」



「レーダーで位置を捉えたら昨晩みたいに撃つんだよ。操作方法なんて知らねぇけどな、大体そんなもんよ」



殿下が口を開く。



「外壁や空中、その周囲の空にも警戒を張り巡らされている。そしていざとなれば遠くから撃ち落とせる……」



「——そうなるとそちら側にも竜騎兵のような存在がいるからこのような物体が出てきたはずです。…私の国の軍にいる竜騎兵は空を飛んで陸に降りて敵を打倒すと聞いています。そちら側にも空を飛ぶ存在というのはやはり存在するのですか?」



エイジの精神と体が音を立てて削れるのがよく理解できた。まるでウォーゲームをするような考えで質問されては答えるのは難しい。なおさら疲労していればなおさら。



クライアントの考えは学会発表で発表者をいびり倒す専門家のそれと酷似していた。



「俺は少佐みたいな軍人じゃあないからよく知らないが、たしかにそんな奴はいる。

ただしもっとたちが悪いヤツだ。空から地面に爆弾を落としたりするクソだよ。」



「おたくらのドラグーン乗りが下りてくるだろうが、俺の職場にいたようなのは降りてこない。ライフルすら届かないくらいウンと高いところから爆弾をひりだす。そしたらそのまま帰っちまう。やり逃げだ」


「たった一つのクソに俺らは大損害を被るってわけ。だからミサイルが遠くから撃ち落とすんだ。」


マディソンは淡々とそのことを話すと、ソフィアは学者のような顔をしながら考えはじめた。


彼女の知的好奇心と考察はどうあがいても止めることができない様相でいる。

それがたとえ極地であっても。


兵器解説


T-72

ソ連製の傑作主力戦車。弾は勝手に自動装填、強くて軽くて速いという理不尽をこれでもかと盛られている。

今のロシア戦車の基礎。


ZSU-23-4

対空砲を動けるようにしてレーダーまで着けた初期の自走対空車両。

時代と共に旧式化したが、「空に向けて撃てるなら目の前の敵も狙える」という発想を実行した所大成功を収める。

障害物を一切無視して隠れた兵士を全て根絶やしにする。

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