第九十四話 神の血
刀一郎達が都を旅立ち一月ほど経った頃、以前彼らが任務で訪れた異人の村がある地方では、困った問題が起こっていた。
その問題とは、どう考えても普通ではない大きさの生き物が見掛けられる様になったということ。
数は極めて極少数だが、目にした時の衝撃があまりにも大きく、住民を震え上がらせる理由には充分だった。
村の長であるミゲルは、被害が出てからでは遅いと都へ使いを走らせる。
その報を聞いた軍関係者は皆一様に訝し気にしながらも、使いの者の顔を見れば冗談でないことも分かり、少数ながら様子見の兵を出すのだった。
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赴いた数人の兵が案内された周辺を見回るが、それらしい生き物は発見されない為、帰ろうとすると必死でしがみ付かれる。
そんなこんなあり、仕方がないので何日か村で世話になりつつ様子を見ることにした。
そして三日ほど経ったある日、彼らはついにそれを目にすることとなる。
「これは、本当に大きいな…」
それはトカゲだった。
大きい以外は普通のトカゲであった。
恐らく三メートルは優に超えると思われるが。
「だが、大人しいものだな。危害を加えるわけでもなさそうだし。」
「そうだな。ちょっと近づいてみるか。」
興味本位からか兵の一人がトカゲに歩み寄る。
すると、トカゲは喧騒から逃げるように、のそりと背を向け藪の中へと入っていった。
兵達はその後を追いかけるように周辺の探索を開始する。
そして、村の者達が最も恐れる存在を目にしたのだった。
「これは、蜘蛛だよな?」
「ああ、間違いない。まだら模様のよく見る奴だ。」
「だが、この大きさは…巣にかかったら人でも食われるんじゃないか?」
蜘蛛は見ただけで嫌悪を抱く者も多いだろう。
そして彼らが今目の当たりにしている蜘蛛は、その大きさ二メートル近い。
この大きさになれば、糸の耐久力も人の力では抗えないものになっているはずだ。
虫は平気だという者でも、これを見れば根源的な恐怖を抱くのではないだろうか。
何故ならば、巣にかかっている大きな猪がぐるぐる巻きで吊るされているのだから。
現状を見た彼らは急ぎ馬を走らせ報告へと戻った。
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そして五日後、巨大な動物が見られた森を囲む一団の姿があった。
その一団を率いるのは軽装歩兵部隊千人隊長【山村康則】である。
「よし、それぞれ持ち場の確認は済んだな?絶対に一人では対処に当たるなよ?」
今回この任を任されたのは山村の部下総勢九百八十七名。
山村の指示を受け、百人隊長から十人隊長へと指示が伝わり、各自が引き連れて木々を掻き分けていく。
大袈裟なと思うかもしれないが、今回発見されたのがトカゲや蜘蛛だからそう感じるのだ。
例えばこれが狼や熊であったならどうであろうか。
蜘蛛でさえあれほどの大きさになっているのだから、熊ならば七、八メートルになっていてもおかしくない。
そうなればもはや通常の火筒などではどうにもならないと予測される。
そしてそれが一体ではなく複数であったとしたら、それはもう人間が生存圏を賭けての戦いに発展するだろう。
「巨大化したカエルを発見。駆除します。」
流石はよく訓練された皇軍兵というべきだろうか。
三メートルを超えるカエルを目の当たりにしても、動揺することなく火筒を構え撃ち放つ。
「ふ~む、巨大化している生き物に共通点があるとすれば…」
山村は今回の騒動の原因について考えていた。
起こることに対処するだけでは本当の意味での解決にはならない。
原因を究明し、それに対処できなければ永遠にいたちごっこでしかないのだ。
「トカゲ…蜘蛛、カエルに数匹の魚、後はトンボか。」
考えてはみるが、元々武官である山村には中々思い浮かばない。
探索は十日にかけて入念に行われたが、それでもやはりと言うべきか、肉食の獣が大型になっている例は確認できず、山村は安堵の溜息をついた。
そして結局のところ、部下から上がる報告をまとめ上げ、上へと伝えるだけになるのだった。
ちなみに、該当の動物と虫達は可哀そうだが焼却処分と相成った。
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上げられた報告は獣害対処係という部署の者達が精査していた。
彼らは元々、獣から農作物などが被害に遭わないよう対策を立てることを役割とし、そしてその被害にあった農家へは畑の規模に応じた保障額の算出なども担当している。
補足すると、台風の被害などでも彼らによって同様の措置が取られる。
食料自給率は、国家にとって一、二を争う程大切なものなのだ。
そんな彼らだが、今回ばかりは頭を悩ませていた。
それもそのはず、今の所別段何も被害が出ていない上に、良くも分からない超常現象の原因を究明しろと言われたのだから当然だろう。
「一体我らにどうせよというのだ…」
「う~ん、原因と言われてもな…」
「あっ!あの人に聞いてみればどうだ?あの変わり者だよ、ほら、川辺に住んでる。」
「ああ~、いっつも網で虫取ってるあのおかしな爺さんか。大丈夫なのか?変人だって話だぞ?」
彼らが言っているのは、子供達だけには人気のある虫取り名人と呼ばれている老人。
だがそれでも、このまま考えていた所で埒が明かないと思い、向かってみることにした。
その老人は土手に居を構えている。
木造りの簡素なものだが、隙間風が通るほどぼろくもない。
そして男達は顔を見合わせるとその戸を叩いた。
「なんじゃ?……誰じゃお主らは?」
聞いた通りの偏屈そうな爺さんだったが、取り敢えず事情を説明し駄目で元々と思いながらすがる。
「……入れ。」
老人は手渡された資料を興味深そうに顎髭を撫でながら読み込んでいた。
その眼光は評判で聞く変人のそれではなく、切れ者の知将にさえ見える。
「…蚊だな。」
老人は呟くように語った。
男達は言葉の意味が分からず再度問い掛けると。
「蚊を食べるんじゃよ。こいつらは…だが、問題は…」
男達は詳しい話を聞こうとするが、老人は唸ったまま微動だにしない。
そんな時間がしばらく続き、漸く顔を上げると説明を始めた。
「何か特殊な血を持った生き物がいて、それの血を吸った蚊を食べた奴らが時間を掛け変異したって所じゃな。」
「その…特別な生き物とは?」
「分からん。だが、本当にそんなものがいるとすれば…」
虫取り名人は己の考えを確認するかのように視線を彷徨わせる。
そして男達に視線を合わせると口を開いた。
「神様じゃな。」
「はぁ、神様…ですか。」
男達はやっぱり変人だったと再確認した後、役所へ戻り再度頭を悩ませるのだが、一応の為その話を上に伝えると、何故か口外しないようにと口止めされるのだった。




