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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第九十三話 白姫

リバー島を出て二十日余りが経った頃、その日は途中の島で停泊することになった。

何でも嵐が来るとのことで、船長判断もあり少し海路を外れ、近くの島の陰に隠れてやり過ごすらしい。

こういう場合、船員たちは船の点検などで忙しくしているのだが、刀一郎はやることが無く暇を持て余す。

そして甲板に出るわけにもいかず部屋で一人横になっているのだ。

相部屋の沖村もその部下も仕事がある為、一人なのである。

ゆらゆらと揺れる感覚にも慣れ、只天井を眺めているとコンコンと戸を叩く音がした。


「トイチロ、チェスヤロ。」


誰かと思い見れば、アレクシアがマス目の掘られた木板を持って立っている。

これは大陸では広く知られている遊戯らしく、刀一郎も航海中に教わりながら楽しんでいた。

ちなみに皇国にも将棋と呼ばれるものがあり、それを最初に広めたのは言わずもがな黒き神である。


「チェックメイト。」


アレクシアが嬉しそうに最後の一手を差し、刀一郎は負けましたと項垂れる。

しかし刀一郎も負けず嫌いな所があり、もう一度と駒を並べ始めた。

それでもやはり劣勢は否めず、ウ~ンと頭を抱えていた時だった。


『五七角だ。』


頭の中に何者かの声が響いて来る。

刀一郎は辺りを見回すが、当然目の前にニコニコとしたアレクシアがいるだけ。

しかもこの遊戯に角という駒は無い為、首を傾げ、これでいいかと思った手を差そうとすると、


『五七に角だと言っておろう。』


またも頭の中に声が響き、漸くその根源を理解した。


「白鬼か?お前が話しているのか?」


『ああそうだ。それより早く差せ。娘が待ちくたびれておろう。』


見れば、アレクシアは突然独り言を語り出した刀一郎に、多少心配そうな表情を向けていた。

その後は白鬼の助言を受け卑怯ながらも善戦し、アレクシアは満足したのか自室へと戻っていった。

そして刀一郎は白鬼を腰から抜くと、その姿をまじまじと見やる。


「ふむ、特に何か変わった所はないが、急に話し始めるとはどういう心境の変化だ?」


『心境の変化などではなく、意思の疎通が取れる程度には力が戻ったというだけのことだ。』


「力が戻った?蛇神から力を吸い取ったのか?」


『違う。どうやら黒宵の仕業らしい。全く、余計な世話を焼きおって。』


頭に響くその声色には、言葉とは裏腹にとても優し気な意思を感じる。

刀一郎はいい機会だと、今まで思っていた疑問をぶつけることにした。


「神とは限られた者としか意思の疎通をしてはいけないものなのか?」


『そのような(ことわり)はない。黒宵のあれは威厳を保つためだとか、どうせくだらない理由だ。』


なるほどと、刀一郎は納得する。

あの子供らしい神であれば、そんな意地を張るのも頷けると。


「力が戻った要因については分かっているのか?」


『ああ、どうやら芸事を使って私という神格を祭り上げているようだ。』


「よく分からんが分かった。して、俺はこれから何と呼べばいい?」


『好きに呼ぶがいい。白でも白鬼でも。ちなみに正式には、白輝姫(しろてるひめ)という名だ。』


「う~む、では白姫と呼ぶことにしよう。白だけではまるで犬を思い浮かべる。鬼と呼ぶには少々慈悲深いからな。」


『…白姫…か。好きに呼べと言ったが、少々気恥ずかしいものだな。』


そして白き一刀は変わらず白鬼と呼ぶが、化身と呼んで相違ない方は白姫と呼ぶことに相成った。


▽▽


白姫が言っていた黒宵の謀を説明するためには、彼らが都を出る二月程前に遡らなければならない。

その日、ある男が本来立ち入ることを禁じられている場所へと呼ばれ赴いた。

その場所は黒天宮と呼ばれ、最上神の依り代が安置されている建物だった。


「お初にお目に掛ります。私が【三代目槍山龍吾郎(やりやまたつごろう)】と申します。」


招かれたのは大衆芸能歌舞伎の看板役者である男。

男は戦々恐々とした面持ちで伏し、優しく声を掛けられ顔を上げると、にこやかな巫女の笑顔に見惚れる。

そして、


『そう固くならずともよい。我が黒雷(くろいかずち)である。』


突然意識の中にに響いた荘厳なる声色に、男は今一度ひれ伏した。

黒宵はこう見えて演技が上手い。

どういう語り口調ならばより厳格に感じるかということを分かっているのだ。


(ぬし)に頼みたき事ありて、参じてもらう運びとなった。』


「は、はは~っ!皇国の民として有難き幸せでありますっ。」


実はこの男、神などという存在には甚だ疑問を持っていたのだが、だからこそ実際にその存在を目の当たりにした衝撃は大きいのだろう。


『頼みというのはのう、我が姉のことである。』


「姉君…でございますか?」


『そうだ、我が姉は北の地に舞い降り、今はこの都へとやってきている。』


「なんとっ!二柱もの神がこの地にっ、それは何とめでたき…」


『しかし…その力はとうに失われて久しい。このまま信仰を得られねば消えゆくさだめであろう。どうか…どうか其方に頼らせてはくれぬか?』


最上の神に頼られるという、よもや物語でしかあり得ぬ出来事に、龍吾郎は震えた。

そして詳しくその姿や在りよう、神名を聞き、すぐさま帰り着くと仲間にこの奇跡を伝えた。

そしてそれから少し経ち、刀一郎が旅立つのと同時期に新しい演目が都を賑わすこととなる。

演目名【白天信仰記(はくてんしんこうき)】は、演者本人が神より賜った神託であると触れ回り、話題が話題を呼び大盛況と相成った。

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