第九十二話 種
長の住居に案内されると六人程度の老人がおり、その全てが地に付して刀一郎達を迎えた。
「おい、どういう状況だ?」
「師匠、そう言われましても…自分にも何が何だか…」
『どうやら我の威光に恐れおののいておるらしいの。善き善き、良い心掛けじゃ。』
どうでもいい事をのたまう黒き神を無視すると、次良は腰を下ろした。
確かにいつまでも見下ろす形というのはあまり気分が良いものではなく、刀一郎もそれに倣う。
「いい加減に顔を上げてくれ。それじゃ話も出来ねえだろ、まあどっちにしろ言葉分からんけどよ。」
次良はいつまでも顔を上げようとしない原住民の老人たちに近づき、優しく語り掛けた。
すると、言葉は通じなくてもその意思は通じたか、漸く彼らも顔を上げる。
そして刀一郎達に何かを語り掛けてくるが、当然分かるはずもない。
「参ったなこりゃ、つうかお前、全然勉強の成果出てねえじゃねえかよ。」
「そ、そんなことを言ってしまえば、師匠だって分からぬではないですか。」
『全く頼りにならぬ者達め。仕方がないからの、我が何とかしてやろう。』
また適当なことをほざいていると二人は思ったが、目の前の老人たちは一様に涙を流し何かに拝んでいる。
「…おい、何した?」
『我の意を伝えてやっただけじゃ。意思という形であれば言葉は関係ないからの。』
黒き神曰く、簡単な意思の疎通程度なら言語を解することなく行えるとのこと。
しかし当然のことながら、やり取りが複雑になればやはり言語の壁は立ちはだかるらしいが。
「で?何を伝えたんだ?」
『悪は我の手により討たれたとな。そしてこれからは我を崇めよと、当然のことじゃな。』
しれっと自らの信仰を海の外まで伸ばそうという貪欲さには恐れ入る。
だが、もし事が公になれば間違いなくロメル王国からは良く思われないだろう。
下手をすれば宗教戦争に発展する火種にすらなりかねない。
「はぁ…さいですか。取り敢えず詳しいことは翻訳連れてこなきゃ始まらねえ。帰るぞ。」
どうやら次良だけはその危険性を理解しているのか、あまり声色が弾んでいない。
そして足早にその場を後にする背を追いかけ、刀一郎も軍の駐屯地へと急いだ。
その帰り道のことである。
「あ、やっぱりかよ…」
半刻ほども進まぬうちに、部下十人程を引き連れた沖村、そして何故か同道している伊吹と合流した。
加え、ロメル軍の者も数人同道している。
不可侵の約定を破ってまで彼らが赴いた理由は聞くまでもないだろう。
しかし一応の確認もあり刀一郎が訪ねると、
「あのなぁ…凄え音と土煙が舞ったり、雷は落ちるわ、もう滅茶苦茶だっての…」
聞けば、まだ日が昇らぬうちから殆どの者は目を覚ましており、異常事態に戦々恐々となっていたらしい。
それでも皇軍の者達は姿の見えない者が約二名いることから、大体原因を察してしまっていたとのこと。
そして青井隊長の指示を受け彼らが様子を見に来たというわけである。
「沖村君、話はそれくらいにして、早く現場へ行こう。何か大きなことがあったんだろう?」
話を遮る様に、伊吹は目を輝かせて先を急かした。
どうやらこの男、見かけによらず好奇心が先走る性格をしているようだ。
そして道すがら事情を話しつつ、一行は現場へと足を向けるのだった。
「こりゃ…想像を絶するな。」
「いやはや、これが神でありますか…これをたった二人で倒したと?例え軍が出張ったとしても…」
広範囲が焼けただれ、大地は抉られ、巨木は分断され、視界に収まりきらぬ大蛇が横たわる。
そんな光景を見れば、誰もがこうなるだろう。
同道したロメルの者達は、蛇と刀一郎達を交互に見やり、生唾を飲み込んでいる。
「して、この大蛇をどうするかですが・・・このまま放置しておいて良いものでしょうか。」
「伊吹さん、そうは言ってもどうしようもねえだろこりゃ。こんなでけえの積める船なんぞありゃしねえぞ。切って運ぶにも手間が掛かり過ぎる。そもそも切れんのかこれ?」
話し合いの結果、原住民たちの意見も聞くことになった。
「ふむふむ、なるほど、この者達はかつてあの神を封ずる為ここに残った英雄の末裔だと言っています。」
その言葉を聞いて刀一郎と次良は少しだけほっとした顔を見せる。
これなら色々言い訳もたつと。
「その神も倒されちまったじゃねえか。これからどうすんだ?」
沖村はここに残る理由を失ってしまった彼らのこれからを問う。
すると、原住民たちは皆ここを気に入っているらしく、変わらずここで暮らすのだという。
今度は悪神を封印するのではなく、自らを守護する雷神を信仰して。
▽
その後、蛇神の骸は原住民たちが管理もしくは処分してくれるとのことで任せる運びとなった。
一行は軍の駐屯地へと戻り、青井隊長とロメル要人への報告を急いだ。
軽く言葉を交わした後、施設内の卓を囲むと、アレクシアが頬を膨らませて刀一郎を睨みつける。
まあ、睨むとは言っても可愛らしいとしか思えないのだが。
それでも後ろめたさのある刀一郎は少々心苦しい。
そして申し訳ないと頭を下げると、プイっとそっぽを向かれてしまうのだった。
そんなこんなで色々ありつつも、一行は港を出港し一路目的地へと旅立っていく。
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これは刀一郎達が最初の寄港所であるリバー島から旅立った後の話。
森の奥深く、異様な姿の鳥が死んでいた。
その鳥には牙が生えていた。
角も生えていた。
そしてその鳥の死骸を貪る獣がいる。
獣は一刻ほど経った後、苦しみ藻掻きながら死んだ。
その死骸に肉食の鳥が群がり啄み、大柄な獣がやってきてそれを追い払い、自らの餌とする。
まるで感染するように、その血を取り込んだ動物達は次々と亡骸を晒していく。
しかし、中には生き続ける獣もいた。
それらの獣には共通点があった。
赤い瞳がギラギラと輝き、爪や牙は従来の動物とは比べようもないほど強靭であり、不思議な力を使う。
そして最も恐ろしい習性が【優先的に人を襲い好んで食べる】というものだった。
今を生きる者達は知らない。
それらが遠い未来、人の生存圏を脅かすほどの天敵となることを。
巨獣ともなれば、たった一体で国家体制を揺るがすほどの脅威となることを。
それらは【魔獣】と呼ばれ、それらが振るう人知を超えた力を【魔法】と呼ぶことになる。
だが、それはまだまだ遠い先の未来の話、今を生きる者達には関係のない話である。




