第九十一話 戦い終わりて
『なんだこれは…力が抜ける。いや…知っているぞこの感覚。』
白鬼を突き立てられた蛇神は弱った体をもたげ、刀一郎を睨む。
頭上にあった不可視の太陽は霧散しており、その傷口からは血と共に何かが抜けているようだ。
地に伏したからこそ分かるその大きさ、優に二百メートルはあるだろう。
四方が百メートル程度しかない柵内では到底収まりきらず、体を伸ばそうとする度に次々と倒壊していく。
『おのれ…またしても貴様か。』
蛇神は訳の分からぬことをのたまいながら、ゆっくりと刀一郎に迫る。
『いかんっ!悠長にしていたら回復されてしまうぞっ!』
「わかってるって。あの赤いのだろ?」
次良は白鬼を差したままに、槍だけを引き抜き駆け出した。
その目が見据えているのは頭から十メートル程の距離にある赤い琥珀。
蛇神も分かってはいるようだが、体が上手く動かず、あの不思議な力も振るえない様だ。
それでもせめてもの意地と言わんばかりに首を擡げ牙を剥く。
しかし、その行動は逆に弱点を晒す行為に他ならなかった。
「ふっ!!」
大きく口を開け飲み込もうとする蛇神の下を滑り込み、次良は赤い琥珀へ鋭い一突き。
しかし、バチッと雷が走るだけで弾かれてしまった。
「チィッ!貫けねえぞ、どうなってんだよ、おいっ!」
『うぬぅ、こうなれば・・・骸っ!こっちへ来い、急ぐのじゃっ!!』
刀一郎は言われるまでもなく既に駆けていた。
何故己の血が有効なのかなど分からずとも、今は考えるより先に動くべき時なのだ。
そして自らの傷口を手で撫でると、黒槍の先端を掴む。
「良い判断だ。」
次良は弟子を一言褒めると、その手が切れるのも構わず槍を引く。
蛇神は苦しそうな声を上げているが、若干動きが戻ってきている気がした。
そして首を擡げると同時に、大気が大きく震える。
広範囲による熱の顕現で刀一郎達を焼き尽くすつもりのようだ。
規模からして、最早その顕現を許せば回避することは不可能であろう。
だが、皇国最強の男はそれを許すほど甘くはない。
「じゃあな…神様。」
次良の残像すら残す一突きは、深々と赤き透石へ突き刺さった。
蛇神の瞳はそれでも刀一郎を捉えており、言葉で表すことの出来ぬ複雑な感情を抱いているようだ。
『このような巡り合わせがあろうとは…世界を違えてもまた貴様に…』
石が砕け散ると、蛇神は力なくその巨体を横たえた。
しかし動けなくなってもまだ、相も変わらずその瞳は刀一郎を見据えている。
『我は人を先へと導く…人の進歩は闘争の果てのみ…平和など緩やかな滅びを招くだけだ。覚えておくがよい、黄泉の底より生まれし者よ。』
消えゆくその神からは怒りを感じなかった。
まるでこれが終わりではなく、始まりであるかのように。
蛇神の瞳から意思の光が消えると、刀一郎は痛みを思い出した。
ほうっと息を吐き見上げると、随分長い事戦っていた様で、空はもう白ずんでいる。
「こりゃ、隠すのは無理だな。」
明るくなってきたのを確認し辺りを眺めると、凄まじい惨状が目に入った。
柵はその殆どが倒壊し、木々は薙ぎ倒され、この世のものとは思えぬほどの大蛇の亡骸が横たわる。
所々草がブスブスと燻っており、このまま立ち去れば山火事の危険性もありそうだった。
神木と思しき木は完全に真っ二つに裂け、左右に倒れ伏している。
そんな光景に二人が溜息をついていると、
『本体ではないな。まさかこれほどの力を持ちながら分け身とは…』
「分け身?これより凄えのがどっかにいるってことか?」
『うむ。何者かがこの神木をもって一部を封印しておったのじゃろう。それが我の高貴なる力を感じ目覚めたというわけじゃな。』
詳しく聞けば、封印とやらは中のものが眠っていたから有効であったらしく、何かで刺激されればすぐに解けてしまう程度のものだったらしい。
だがそれは動物が小突いたから目覚めるという類のものではなく、やはり同じ神格などでしか刺激にはならないとのこと。
つまり簡単に言えば、
「全部てめえのせいじゃねえかよっ!!」
次良は抗議の意など無視して槍を叩き続ける。
刀一郎はそれを横目で眺めながら、蛇神の亡骸に刺さったままの白鬼を腰へと戻した。
『これっ!叩くでないっ!悪神の一部は討滅されたのじゃ。結果良ければ全て良しであろう。』
どこまでも楽観主義の黒き神。
二人は顔を見合わせ、この惨状をどうするかと溜息をつくのだった。
▽
取り敢えず帰路に着く道すがら、原住民の集落で一応の挨拶をしようということになった。
ここまで荒らしておいて知らぬ存ぜぬではあまりにも無法が過ぎる。
集落は案外近くにあるようで、人が密集している場所を感知すると二人は歩を進めた。
「はろー、まいねーむいずとういちろう。」
刀一郎は村に入ると、恐れおののいた表情をしている原住民に、勉強の成果を発揮する。
ちなみに黒き神によれば、これは英語と呼ばれる異なる世界の言語らしい。
それが統一語としてこの大陸で広く使われている理由は分からないとのこと。
「おい、本当に通じてんのかそれ?」
不安しかない出足だったが、結局のところ肉体言語が一番と思い仕草で伝えると、何とか意思の疎通も取れ、長らしき者の家へと案内されるのだった。




