第八十七話 最初の寄港所
出発から二十九日目、目的地への海路から少し東に逸れた場所にある寄港所『リバー島』が見えてくる。
皇海龍は一旦海上で帆を畳み、ロメル船籍の船が先に島に行き話を付けてからの港入りとなった。
予定では三十五日で辿り着く計算だったが、それを踏まえればかなり順調と言える。
よくも迷わず辿り着けたものだと思うが、そこは青井船長以下の、苦労の賜物といった所か。
途中に寄港出来る港は全部で五か所あるが、船長の判断次第ではその全てに立ち寄るわけではないらしい。
「何だかジメジメとして暑いな。これは服を脱いだ方が良いかもしれん。」
食料や飲み水の積み込みで忙しくしている皇軍兵を尻目に、刀一郎とロメル要人一行はその島へと足を踏み入れた。
こうして満喫できるのも、自由に行動を許されている者の特権である。
島は非常に緑豊かであり、港にある町以外は殆ど開拓もされていない様だ。
しかし、森を分け入っていけば原住民もいるらしく、今でも稀にロメル軍との小競り合いがあるとのこと。
そして不思議なことに、何故かその原住民たちも話す言葉は統一語であるらしい。
島の規模は、港がある西端から東端までは約五十キロ程度。
文明的と言える生活を送っているのは港に駐留する軍人達だけの様で、刀一郎は少し残念な気持ちになった。
とはいえここは既に外国、飛び交う言葉も分からぬものばかりであり、興奮することも事実である。
「トイチロ~、コッチ~。」
アレクシア達は海上でやることが無い為、皇国語の勉強を集中的に行っていた。
その成果か、今では簡単な日常会話くらいならお手の物だ。
一応、刀一郎も統一語とやらの勉強を並んでやっているのだが、意欲の差か、どうにも覚えが悪い。
そんな事情もあり、彼らの会話は殆どが皇国語でなされている。
有難いことに最近はアーロンも積極的に話しかけてくれるため、刀一郎もそれなりには打ち解けることが出来ていた。
「トウイチロウサン、シャワー、ドゾ。」
彼らに案内されるまま軍の施設へと赴くと、アーロンがある一室へと誘う。
施設の壁は石造り、屋根と天井は木製という造りだ。
中は意外に湿度が高く、もう少し風通りを良くするべきではないかと刀一郎は感じた。
案内された部屋に入ると、天井に細かい穴が開いている部分があり、壁には取っ手がついている。
「フクヌグ、レヴァーヒク。ミズガデル。」
言われた通りに脱衣所で服を脱ぎ取っ手を引くと、その度に天井から雨の様に水が降り注ぐ。
「これはこれで気持ちの良いものだが、出来れば全身湯に浸かりたいものだな。」
都では毎日風呂に浸かっていた刀一郎。
どうしても水を浴びるだけでは物足りなさを感じてしまう。
とはいっても海上では体を拭くだけという生活だった為、これでも有難い事には違いない。
シャワーというものを初体験し、さっぱりした所で散策しようかと思っていると、
「トイチロ、ソッチワダメ。ハイラナイヤクソクアル。」
鬱蒼と茂る密林を前に、アレクシアに諫められる。
聞けば、原住民との取り決めでここから先は足を踏み入れないことになったらしい。
一度は血を流し合うぶつかり合いに発展したらしいが、ロメル王国側の被害が思った以上に大きく、蛮族相手と苦々しい感情を抱きながらも一歩譲った形に収まったようだ。
よってこの場所では、ちっぽけな軍の駐屯地以外は散策することも許されないという、何とも歯痒い時を過ごすことになる。
刀一郎は仕方なく、軍の者に声を掛け荷物の積み下ろしを手伝うことにした。
だが、その仕事すらもどちらかといえば邪魔になっている節があり、結局ボケ~っと海を眺めて過ごすのだった。
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そうしてこの日は駐屯地の宿舎で夜を明かすことになり、皆が寝静まった頃。
『起きよ、むく…刀一郎とやら……この阿呆っ!さっさと起きよと言っておろうがっ!!』
大声が頭の中に響き、刀一郎は驚いて飛び起きる。
周りを見渡すが、一緒の部屋で寝ている皇軍兵達は皆ぐっすりと眠りこけていた。
『誰にも気付かれぬよう、外に出てくるのだ。』
この声はどうやら幻聴などではなく、刀一郎の頭の中だけに直接響いているようだ。
だが、気付かれぬようにとは、交代で見回りもいる状況で中々に難しい。
(難しくともやらぬわけにはいくまい。)
そして訳も分からないまま、隠密行動を開始した。
辺りは僅かな灯が照らすだけで、夕闇と静寂が包んでいる。
大気を震わせ見回りの動きを探りながら、慎重に慎重を重ね、姿勢を低くして進む。
時々自分がやっていることを馬鹿らしく思いながらも何とか外にたどり着くと、またもあの声が響いた。
『森の方へ来るのじゃ。そこで待っておる。』
ここで見つかっては元の木阿弥と、最後まで忍び足で目的地までたどり着くと、
「おう、来たか。」
そこに待っていたのは次良だった。
その顔は不機嫌そのものであり、どうやら好きでこの場にいるわけではなさそうだ。
「俺もこいつに起こされたんだよ…」
次良はそう言いながら天雷の柄を小突く。
それに抗議の意を示す様に、一瞬パチリと小さな光が走った。
「じゃあ、さっさと行くか。」
訳の分からぬ刀一郎に何の説明もないまま、自身は獣道らしき場所へと入っていく。
困惑するもそれに続くと、次良は背中を向けたまま只一言だけ告げた。
「この奥にな、いるらしいぜ……神様ってやつがよ。」




