第八十六話 複雑な感情
皇国からロメルまでは、船長曰くそれほど難しい道程ではないらしい。
ただ、その距離が問題であり、食料や飲み水などを考えると多少遠回りになったとしても寄港所に寄らざるを得ないとのこと。
まあ、それらを考えるのは船長を含めた船員の仕事であり、刀一郎にはまるで関係のない事なのだが。
そして今日も今日とて日課の素振りを終える。
「よ~し、体も温まったみたいだな。んじゃ、初めてとなるが、槍を持った俺相手に模擬戦と行くか。」
「トイチロ~、ガンバレ~。」
素振りを終えた頃を見計らって甲板に顔を出した次良は、国宝である黒き槍を携え刀一郎の眼前に立つ。
同時に、二人の間に流れる緊張感を緩和するようなアレクシアの声も響く。
その声に反応してか、自分の仕事をほったらかしてこちらに視線を向けている船員もちらほら。
アレクシアの脇にはクライヴが口を真一文字にして立っているが、この場にアーロンの姿はなく、最近は何度も船長室に足を向けては青井と何か深刻な話をしているらしい。
そんな状況でも修練が優先事項であるのだから、この師弟二人は気楽なものである。
次良の姿は構えただけでも十分に呑まれそうな威圧感があったが、自らを奮い立たせ刀一郎は白鬼を抜き放った。
「そう固くなるな。俺は受け一辺倒の立ち回りをする。好きに攻めてこい。」
次良の実力は十分理解している刀一郎。
それでも白鬼を手にした自分に対し受け一辺倒とは、流石に舐めすぎだと鼻息を荒くする。
「では、参るっ!!」
少し興奮した己の心を理解しながらも、修行の成果か、その動きは惣万流独特の歩法を忘れてはいない。
甲板の木板を滑るように距離を詰めると、力を抜いた体を使っての、型に縛られない一刀を放つ。
それは手首だけを使った斬撃だった。
柄の頭部分を支えた左手首を動かし、柔らかく握った右手でそれを支える。
この動きは通常の刀の使い方というよりは、どちらかといえば槍のそれであろう。
普通の刀であれば手打ちになる一撃も、白鬼ならば致命となることを理解しての立ち回りだ。
当然、次良はそれを軽々と受け流す。
バチッ!!
そして、白鬼が天雷と交わると同時に、刀一郎は弾かれる様にして後方へ飛ぶ。
そのたった一回の交わりで理解してしまったのだ。
何故次良が受け一辺倒と言ったのかを。
簡単に言えば、得物の持つ力に差がありすぎるのだ。
このまま力任せに打ち合わせれば、白鬼が折れてしまうのではないかという程の力量差を感じた。
「あ~、やっぱ駄目だな。ちょっとこいつは反則過ぎる。」
次良は何故か片手で耳を塞ぎながら槍を鞘に納め、クライヴを手招きした。
刀一郎は悔しい気持ちはあったが、流石に自慢の一刀を壊されでもしたらたまらないと、少し安心した気持ちもあった。
「デハ、ゴシナン、オネガイモウシアゲル。」
少しずつ多彩になってきているクライヴの挨拶を受け、刀一郎は白鬼を収める。
それを見てもクライヴは何とも思わないらしく、平然と槍を構えた。
だが、その光景を始めて見る他のロメル兵にとっては心底意外らしく、口をぽか~んと開け放っていた。
それもそのはず、彼らはプライドの塊のようなクライヴしか知らず、道場に赴いたことが無い者も多いのだから。
そして波で揺れる甲板という不安定な足場での訓練を終え、刀一郎以外は朝食の為部屋に戻った。
▽
時刻は昼過ぎ、刀一郎が暇を持て余し海を眺めていると、
「トイチロ~、オサンポイコ~。」
アレクシアと共にアーロンも共にやってきて、船の中を歩くことになった。
刀一郎はアーロンとはあまり接点が無くその人柄を知ることが出来ていなかったので、この機会に理解を深めようと考えた。
その為には通訳が必要と思い向かった先は、今回同道している勘定所の者達の部屋。
しかし、
「あぁ~……刀一郎さんですか…すみませんね…情けない姿を晒して。」
勘定所から同道している【伊吹敏郎】以下四名、揃いも揃って船酔いで寝込んでいた。
船旅など初めての彼らの事、それも無理からぬことだろう。
だが、それでも他国の要人の前で情けない姿は晒せないと、意地で立ち上がり青ざめた顔のまま一礼する。
「…何か用事があるのでしょう?お役目を果たさなければ……うぷっ。遠慮なさらず…さぁ。」
「あ、ああ。アーロン殿と少し話が出来ないかと思ってきたのだが。無理はせんでも…」
「それは…素晴らしきことですね。私も交流を深めたいと思っていた所です…」
伊吹の顔色は悪いながらも、使命感に燃えているのかその目はギラギラと輝いている。
そして刀一郎もそれに応えるべく、彼ら勘定所の者達を間に挟んだ会話が開始された。
まず第一に聞いたのは、ロメルとはどんな国であるのか。
少しお互いの間に間があり、伊吹が言葉を反芻しながら租借し告げる。
「水が豊富な場所のようですね。気候的には皇国よりは多少寒いとも言っています。」
次に聞いたのは、どんな人たちが住むのか、その人柄など。
その質問を伊吹から告げられると、少しだがアーロンだけではなくロメル一行の表情が曇った。
「あ~、要約しますと、何と言いますか…」
伊吹は何やら言いずらそうにしている。
だが、分からない言葉が多かったというわけではなさそうだ。
「簡単に言えば、今ここにいる者達が異端であり、殆どの者は我々に対し侮蔑の感情を持っていると…」
アレクシアやアーロン達しか知らない刀一郎にしてみれば、良い国だと思い込んでいたロメル王国であるが、そう簡単な話でもないらしい。
だが、向こうに着いてからそれを知るよりは、今知れたことが僥倖だと思い、少し苦々しい顔をする王族二人に優しく微笑み掛けるのだった。




