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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第八十四話 出航前日

ロメルへの出発は結局七月までずれ込んでいたが、漸く出港を翌日に控える所までやって来た。

そんな折、巷では出港する船の事が話題になっており、それがどんなものなのか興味を持った刀一郎も、一応その姿を確認するため港まで足を運ぶのだった。


「わぁ~、おっきいね~。」


「オオキイデスネ~。」


暫くは会えなくなることもあり、見学へはアレクシアと共に胡蝶も同道している。

この地の治安が良い事と刀一郎を信頼してか、護衛の兵は付いてきていない。

道中は勿論波風が乗せてきたのだが、前に胡蝶、後ろにアレクシアがしがみ付く格好であるのに、その力強さは変わらず颯爽と駆けていた。

その二人供が見上げる様にして感嘆の声を上げる。

それもそのはず、今目の前にある船は、数年かけようやく完成に至った皇国最大の木造大型船。

その名も【皇海龍(こうかいりゅう)

全長五十三メートル、幅十四メートル。(外国との貿易をするにあたり、主に諸外国で使われている単位を使用するに至った。)

大砲が左右に二十門ずつあるが、今回の旅では飾りの様なものだろう。

そもそもこの船だけでの海戦は予定されていない。

まあ、予定通りいくかどうかは分からないが。


「凄いね~。こんなに大きなものが浮かぶなんて。ねえっ刀一郎さん、乗ってみちゃ駄目?」


胡蝶がキラキラした瞳で問い掛けてくるが、今はこの船の責任者が不在の為それは叶わない。

皇海龍の責任者とは海上部隊隊長【水鏡玄奘(みかがみげんじょう)】であるが、今回の旅には臨時責任者として、代わりに副隊長【青井貞利(あおいさだとし)】が同行する。

そして同道する部隊は百人隊長【沖村正幸(おきむらまさゆき)】以下八十六名の船員だ。


「ノッテミタイ~。」


子供らしい我が儘を言う二人に対し刀一郎が困った顔をしていると、後ろから声を掛けられる。


「構いませんよ。私も中での確認作業があるので、一緒に参りましょう。」


その男は、例えるなら爽やかな中年といった所か。

軽装だが腰に火筒を携え、こんがり日焼けしていることから、軍の者だということが伺える。


「や、これは失礼。私は海上部隊で副隊長を務めさせていただいております、青井貞利です。以後お見知りおき下さい。」


礼儀正しく一礼する姿に、刀一郎は以前任務で同道した同じ部隊の者達との物腰の違いに、多少の困惑を禁じ得ない。

沖村の印象があまりに大きすぎる為、海の漢とはつまりああいう者だという固定観念が根付いていたのだ。


「う、うむ。長い旅になるらしい。宜しく頼む。」


どうぞどうぞと促され付いて行くと、上から吊り下げられていた大きな桶が下に降りてくる。

それは人ならば数十人は乗れるだろうという大きさだ。

どうやらこれは大量の荷を積み下ろしするための装置らしい。

軍の者達は縄梯子などで甲板に上がる者も多い様だが、当然他国の要人にそんな真似をさせる訳にはいかない。

刀一郎達が乗ると、滑車を利用したそれはゆったりと上がっていき一行は甲板に足を下ろした。


「ふわぁ~~、たっかいなぁ~。」


胡蝶が見上げているのは、そびえ立つ三本の帆柱。

間違いなく高さ二十メートルを超えるそれは、見上げていると首が痛くなってくる。

青井の後に続きながら説明を聞いているのかいないのか、一行はきょろきょろと落ち着きなく視線を巡らせながら歩く。

上看板の船尾方向には大きな一室が見え、そこに大量の荷物を運びこんでいるようだ。


「緊急時の為、人力での推進力というのも捨ててはいません。」


船の上甲板から下は三層構造になっており、アレクシア達の居住空間があるのは一番上の層だ。

これだけを見ると軍船としての用途よりも、客船としての色合いが強い様に思える。

真ん中の層は調理場や食堂などがある様だ。

そして一番下の層は船を安定させるため海面下に沈んでいるのだとか。

聞けば、建造の際に船匠達が特に力を入れたのが気密性ということだが、それが彼らの頭を悩ませ、何度も手直しをする原因にもなったらしい。

しかし詳しい技術の説明などを聞いても刀一郎達に分かるわけもないので、青井もさらりと説明するにとどめたようだ。


「これが舵です。触ってみますか?」


船内の案内を終えた一行は、甲板中央部にある操舵室へと足を向ける。

その一室はそれなりの広さがあり、木枠にはめ込まれているのは皇国の技術の粋を結集した分厚いガラス窓だ。

これが一番金も時間も掛かっており、少し色味がかっているのは衝撃を吸収する特殊な塗料を塗り、何枚も重ねているからだとか。

それには刀一郎を含めた三人共が感嘆の声を上げながらペタペタと触り、笑顔の青井に勧められ二人の子供が右に左に舵を切る。

大はしゃぎの二人を眺めながら、実は刀一郎もやってみたいと思っていたのは無理からぬこと。

そして簡単な案内を終え、甲板に戻ることになった。


「青井殿、船の先は随分尖っておるが、あれは何のためなのだ?」


刀一郎はかねてから疑問に思っていたのだ。

軍船だけが船首に角の様なものを取り付けているのは何故なのかと。

しかもその全てが頑丈なつくりになっている。


「ああ~、あれは只の飾りですよ。少なくとも今回は。あれが使用されるようでは困ります。」


青井は苦笑いで返す。

軍船の衝角が使用されるということは、白兵戦に突入するということだ。

もしそんな事態に陥ってしまったら、その時点でこの遠征は失敗しているだろう。

刀一郎にはその表情の意味は分からなかったが、特に問題も無かろうと流すことにした。

そして三人は来た時と同じように港へと降り立つ。


「すみません、私にも仕事があるので簡単な案内になってしまって。」


「いや、構わぬ。寧ろ、こんな忙しい時にお邪魔して済まなかった。」


一礼する刀一郎に倣ってか、二人の少女も真似して頭を下げた後、繋いでいた波風に跨り町へと戻った。

町へと帰り着き歩いていた時、刀一郎は思い出したように告げる。


「おお、そうだ胡蝶、これを預かっておいてはくれんか。」


そう言って取り出したのは、鉄志から渡された短刀。


「え?いいけど何で?」


「手入れの仕方もよく分からんしな、潮風で寂びてしまうのは勿体無い。」


羨ましそうに眺めるアレクシアから守る様に、胡蝶は短刀を大事に懐にしまうと、笑顔で頷くのだった。

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