第八十一話 演武祭
桜咲き誇る皇宮敷地内。
今その場所は大勢の民の姿で埋め尽くされていた。
いつもは許可が下りない屋台なども立ち並び、楽しい祭りの様相を見せる。
ここで何が行われるかと言うと、
「おお、来たか刀一郎。こっちだ、こっち。」
そう言って手招きするのは次良。
横には妻である静江の姿も見える。
陣取っているのは咲き誇る桜の根元、まさに一等席だ。
ちなみに息子の聡一は見回りで大忙しにしており、それ所ではないのだろう。
「お前【桜演武祭】は見るの初めてだろ?基本的に軍の職についている者は出ねえが、一般にも腕が立つ奴はいる。見てると面白えぞ。」
そう語る次良は、珍しくおちょこを傾けている。
「刀一郎殿も一献、いかがですか?」
刀一郎が腰を下ろすと、静江が徳利を向けてきた。
酒を外で飲むという行為が初めての刀一郎。
ご相伴にあずかると、桜を眺めながらの酒を堪能する。
そうして味わっていると、一瞬大気が震えたかと思うほどの大歓声が上がった。
何事かと思って見やると、この日の為に作られた刀一郎の背丈くらいの高さがある台に続々と姿を現す。
それは、宮家の者達であるようだった。
天實の横には正室らしき女性もおり、脇には二人の待女が控え、後ろには皇軍の将、南条兼続の姿もある。
そして当然のように、今回初参加となるアレクシア一行も満面の笑みで姿を見せた。
どうやら民の間では、その存在は既に認知されているらしい。
勿論護衛の為であろうクライヴも控えている。
皆が立ち上がり手を振ると、宮家の者達と共にロメル王国の者達も手を振り返し、暫しの間喧騒に包まれた。
台の上にいる者達の中には次良の娘である静香の姿もあったが、刀一郎の目をくぎ付けにしたのはその隣にある姿。
「あれは…宮本殿ではないか。」
「ん?何だ刀一郎、辰巳乃宮様を知ってんのか?」
そう、隣にいるのは左隣に住む、とは言っても一度しか顔を合わせたことのない謎の住人宮本であった。
事情を話すと、次良は何かを納得したような顔をしている。
「まあ、偶の息抜きをする場所ってとこか。だが、正式に位を継げばそれも叶わなくなる。吹聴したりすんなよ?」
頷きながら眺めていると、落ち着いていた民がまたもざわざわと騒がしくなる。
何かと思い目を向けると、運ばれてきたのは仰々しい台座に乗せられたあの黒き槍であった。
隣にいる次良は何故か溜息をつき、静江はそれを見て可笑しそうに笑っている。
「はぁ…毎年の事だが、何であれが陛下よりも金掛かってそうな台にふんぞり返ってんだよ。」
その次良の反応とは裏腹に、民は有難い事だと手を合わせ拝んでいる。
▽
そんなこんなで演武祭の催しは開催された。
まずは木製武器を使った個人の勝ち抜き戦。
これは槍の穂先に特殊な塗料が塗られており、身に着けた防具に印された、急所を示す部位を突いた方が勝ちとなる。
勿論、武器は槍でなくてもいいのだが、土地柄出場している者は全員槍を得物に選んでいた。
その攻防はとても一般の者とは思えぬ技量ばかりであり、白熱した光景が繰り広げられ、刀一郎も思わず身を乗り出して見入る。
そして優勝は、小瀬川流槍術門下の、呉服屋を商いとしている者に決まった。
午前の部が終わり、刀一郎は昼食をとるべく屋台へと足を向ける。
すると、見慣れた顔が目に入り、労いの意味も兼ねて声を掛けることにした。
「胡蝶ではないか。」
「あっ、刀一郎さんも来てたんだ。うちの焼き鳥買ってってよ。美味しいよ~。」
聞けば、売れば売っただけ胡蝶の懐に入るらしく、日頃の恩返しとばかりに刀一郎は奮発する。
「では、このモモを十本、ねぎまも十本、後は、軟骨と皮を五本ずつもらえるか。」
「わっ、有り難う。すぐに焼きあがるから待っててね。」
「うむ、帰る時に余ってるようなら俺が買い取るぞ。」
「えっ?本当にっ?えへへ~、ありがと刀一郎さん。」
実はこの焼き鳥は、今では刀一郎の大好物になっていた。
いつもあの居酒屋に行くと必ず頼む定番の品だ。
そしてほくほく顔で次良が陣取る桜の根元へ戻ると、抱えている焼き鳥の量に驚かれる。
「随分買ってきたなお前…食いきれんのか?」
「問題ありません師匠。焼き鳥であれば何十本でも食べられます。師匠達もお好きなのをどうぞ。」
呆れ顔の次良を横目に、刀一郎は続く催しに目をやった。
すると、流派ごとの演武、弓の腕を競う的当てに、同じく射撃技術を競う的当て。
様々な演目が消化されていく中、次良が口を開いた。
「あいつは凄えぞ。よく見とけ。」
言われ視線を向けると、木造りの台に乗り手を振る一人の男。
「あの者は?」
「弓兵隊隊長、遠村久三。」
何でも、この演武祭の締めを飾る催しだけは軍の者が務めるらしく、それは総大将直々の指名で決まるとのこと。
そしてここ数年のトリを務めているのは、変わらずこの男であるらしい。
次良が凄いと語るその実力を見ようと、刀一郎はその先へ視線を向ける。
すると、これから射るべき的が微かに豆粒程度の大きさだが、辛うじて確認できた。
距離にして二百側はあるだろう。
だが、刀一郎が驚愕したのはその後だった。
その男が大弓に矢を番え引き絞ると、周りの粒子が収束する様に吸い込まれていく。
それは常人には知ることの出来ない感覚、恐らくこの場では刀一郎と次良くらいしか分からないであろう。
放たれた矢は弧を描くことなく真っ直ぐ、炎のように粒子を纏いながら、本来であれば殺傷能力など期待できない距離の的を軽々と貫通した。
それを見た刀一郎は、改めて皇軍の底知れなさに震えるのだった。




