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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第八十話 大きな依頼

町中の到る所に桜が咲き誇る四月初旬。

刀一郎は軍からお呼びが掛かり、以前と同様、執務室へと向かっていた。

道中の水路をなぞるように立ち並ぶ桜は、道行く者の心を晴れやかにしてくれる。


「わざわざご足労頂き感謝いたします。私は南条兼続(なんじょうかねつぐ)。一応総大将の役を頂いている者です。以後お見知りおき頂ければ。」


執務室に入り最初に口を開いた男は、まさに質実剛健を絵に書いたような印象を纏っていた。

それもそのはず、この男こそが皇軍の将であるのだから。

刀一郎は多少の緊張を覚えながらも挨拶を交わすと、室内を見渡した。

すると、如何にも文官という風体の男がにこやかに口を開く。


「どうも初めまして。勘定所(かんじょうしょ)伊吹敏郎(いぶきとしろう)と申します。」


どうやら脇に控えるこの男が今回の任における説明役に当たるようだ。

その男はあまり見ることのない眼鏡と呼ばれる視力矯正器具を鼻翼に乗せている。


「それで早速本題に移っても宜しいですか?」


雰囲気から世間話をする空気ではないことを悟り、伊吹は早速依頼の説明に入る。

そして小脇に抱えていた地図を開き、刀一郎もそれに視線を移した。


「これが世界地図というものです。我が国はここ。ロメル王国はここにあります。」


地図を指でなぞり説明するその姿は、まるで学徒を前に講釈を垂れる学者そのものだ。

刀一郎にとっても世界地図は以前皇国の記載がないものを見ただけであり、興味津々である。

伊吹の指は皇国のある島からずっと南東に向かい、周りを小さな島で囲まれる一つの島国へ。

これがロメル王国である様だ。

両国の間には『寄港所』と記された箇所が大体五ケ所ほどあり、それらの小さな島は全てロメルの属領であるとのこと。

大国ではないと聞き及んでいたが、本島自体も皇国よりかなり大きく領有権を持つ海域を含めればかなりの広さがありそうだ。


「見ての通り世界には大陸と呼ばれる大地が三つあり、ガラリア帝国はここですね。」


先ほど説明したロメル王国より更に遠い地域を指さし、伊吹は少し表情を歪ませながら語る。


「聞き及ぶ実情としては大陸の大部分が最早帝国の属領であり、その南に位置する大陸の東半分も大体は落ちているとのことです。」


北と南の大陸はそれなりに距離があるように見えるが、東の方に一点だけ尖ったような形の場所がありそこだけ非常に距離が近くなっている。

そこから進軍を許しているのだろう。

落ちている、とはいってもやはり抵抗する者は後を絶たないらしく、そのお陰で大船団を皇国に送られることなく済んでいるらしい。

そして常に戦争状態にあって、今は膠着状態にあるリバル公国の存在も大きいとのこと。

ちなみにこのリバルだが、位置的には皇国から真っ直ぐ東に行った場所に位置する島国で、一切他国とのかかわりを持たず、帝国でさえも落とすことが出来ない謎の強国と言われているらしい。


「伊吹殿、世界情勢の説明はこれくらいにして、そろそろ依頼の説明に移りましょう。」


学者然とした見た目の伊吹はやはり教えることも好きらしく、目を輝かせて聞き入る刀一郎を前に、いつまでも講釈を続けていた。

それに痺れを切らした南条が釘をさすと、咳払いをして話の筋を戻す。


「ロメル王国とはこれから国家間貿易をする事になると思うのですが、皇国からも一度あちらに赴いて内情を見ておきたいのですよ。」


依頼は、その皇国側の護衛として同道してほしいとのこと。

アレクシアとの関係が良好であることも、理由の一つとなっているのだろう。


「ちなみになんですが、貿易関係を所管する者達は今編成している最中でして、同道するのは私と勘定所の者数名になります。」


護衛と言う意味ならそれなりの船団を組むべきだと思うかもしれないが、ロメル王国は常にガラリア帝国の侵略に脅かされているのだ。

皇国の総戦力を出したところで大船団とはならず、敵の本拠地に近い所で交戦となればまず勝ち目はない。

そもそも長い航海に耐えられる船自体が殆どないという実情もある。

敵から拿捕した船と、それに倣って作られた数隻が、辛うじてそれに当たろうかという程度。

よって、言葉は悪いがこそこそと見つからないように少数で進むのが得策であると判断したようだ。

ちなみに伊吹を含め、使者として向かう者は皆『統一語』と呼ばれる外国語を身に修めている者達ばかりであるらしい。

航海日数は大体一年を予定しているらしく、長い旅路を予感させる。

全てを聞き終えた後、刀一郎はいつも通りにこう答えるのだった。


「あい分かった。この依頼しかと承った。」


その気持ちいい返答に南条も立ち上がり応える。


「命の危険もあろう大きな仕事だ。刀一郎殿、引き受けてくれたこと大変感謝する。」


その表情は、この航海が間違いなく荒れることを予感させるほど厳しいものだった。

事によっては、もうこの地を踏む事も出来ないことを覚悟しなければならないだろう。

出発の日取りなどはまだ決まっていないらしく、この日はこれで解散となった。



帰宅後の夜、大きな仕事を請け負ったことを胡蝶含め、隣に住む竹本家へと伝えることにした。

留守にしている間の掃除などを、頼まれずとも胡蝶はしてくれるので、せめてその分の金子くらいは払おうと思ったのだ。

そのことを伝えると、胡蝶は泣きそうな顔になり、刀一郎の胸は締め付けられるようだった。


「…そうなんだ。一年も会えなくなっちゃうんだね…アレクシアとも会えなくなるんだ…」


「胡蝶、何も永劫の別れというわけではない。必ず無事に帰って来る。だからそのような顔をしないでくれ。」


両親にも宥められて気を取り直した胡蝶に誘われ、その日は久しぶりに竹本家でのご相伴にあずかることにした。

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