第八話 一路山を行く
集団の先頭を都留岐、真ん中を竜、最後尾を刀一郎が歩く。
水などの食料を積んだ牛を引くのは討伐隊の者達だ。
聞けば村へは二十里(80㎞くらい)ほど歩くことになるらしい。
年齢層が高めの為、歩みは遅く、三日もあれば到着する予定だが確実なことは分からない現状。
しかし、集落の者たちは楽観的で、空気は決して悪いものにはならなかった。
「兵長さん、糞さ行ってきていいだが?」
「むっ?仕方がない。おい、一応付いて行ってやれ。他に行きたい者がいるなら今済ませておいてくれ。」
こういう時、若者がいないというのは逆に助かる。
これで若い女性などがいようものなら大変だ。
護衛しようにも用を足している傍に行くことなど出来ず、かと言って放っておくことなども出来る訳がなく。
結局、ならばどうするかと無駄な時間を浪費することになるだろう。
「よしっ、済んだか?では、出発する。」
数人がスッキリした顔をしているのを確認して、一行は森を行く。
皆は年の割に意外に体が丈夫なのか、足腰の痛みを訴えることなく順調に進んだ。
そして日が傾きだし、辺りが赤く染まり出した。
刀一郎は念の為、不可視の感知能力を使い周囲を見張っているのだが、その時あるものを捉える。
「都留岐殿、鹿を見つけた。どうする?一応狩っておくか?」
この道程が如何程掛かるのか未知数の現状、食料はあるに越したことは無い。
しかし、歩みを止めたくないのも事実。
結果、悩んだ末に今日はここで野営をすることと相成った。
「こんな場所でこんな豪勢な食事が出来るとは思いもしませんでしたね。」
竜は腰にぶら下げた布袋から、鉄片と黒い石を取り出し慣れた手つきで火を起こした。
その鮮やかな手付きには、一行から歓声が起こるほどであった。
特にこのような文明から遠ざかった場所での火は、心を慰める支えになる。
その為、周りの木々に燃え移らないように配慮を重ねながら、計三か所に焚火を作り上げた。
「そろそろ焼けたんじゃないですかね?」
狩ってきた鹿肉を前に、一行は唾を飲み込んで今か今かと待ちかねる。
刀一郎は、その姿に以前山を駆けまわっていた自分を重ね、苦笑するのだった。
その時、老人の一人が岩の様な塊を取り出し砕き始めた。
何かと思い覗き込むと、どうやら塩であるらしい。
その様な形の塩は見たことが無かった刀一郎は、小さな塊をもらい口に放り込んでみた。
すると、強烈な塩っ辛さに襲われ思わず咽てしまう。
実は薄々気づいていたのだが、この様な身になったが食べては駄目という訳ではないらしかった。
しかし、食べれば排泄行為などの必要も出て来る為、避けていたのだ。
そんな感覚も懐かしいものになったなと感慨に耽りながら、自身も食事に移る。
意識を集中し、粒子を水に、活力に変え体を巡らせるのだ。
これは只呼吸をしていても起こる現象ではなく、変換する為の作業が必要になる。
体に活力が満ち、何とも味気ない食事だと思いながら皆を見ると、塩をまぶした鹿肉を頬張り満面の笑みを浮かべていた。
気を使ったか、差し出された鹿肉を隊の若者に譲り、星を見上げながら、その夜は更けていくのだった。
▽
明朝、彼らが麦餅と呼ぶ簡素な食事を済ませ出発する。
今どれほど進んだのかは定かではないが、予定よりは遅れているだろう。
「体調の悪い者、痛みがある者はいるか?いるならば隊の者が背負う。いないか?」
都留岐は人を率いることに慣れているのだろう、こまめな気遣いを見せる。
それに天元も協力し皆に声を掛け確認している。
即興ではあるが、中々に良い協力関係が築けているのではないだろうか。
そして数刻歩き、流石に何人かの老人を隊の若者が背負う形になった頃、この日は休むことにした。
「あともう少しだ。明日には必ず着く。皆頑張ってくれ。」
それが本当かどうかは分からないが、終着点が見えれば人は踏ん張れるものだ。
そういった気遣いが出来るのも、都留岐のリーダーとしての器量を感じさせる。
皆も多少の疲労は見えるものの表情は明るい。
「昨日が豪勢過ぎたせいか、何だか寂しく感じますね。」
そう語った竜は刀一郎と視線が合うと、他意はないと言う様に軽く頭を下げ笑い合う。
今日の夕飯は朝と同じ麦餅。
確かに昨夜と比べると、些か質素な夕飯だ。
それでも皆で囲むのが楽しいのか、がやがやと賑やかに会話が弾んでいる。
こんな夜を過ごすのもこれまでかと思うと、刀一郎は何故か少し寂しさを覚えた。
▽
翌朝、天元が皆の体調を確認し、出発と相成った。
怪我をしている者はいないが、背負ったほうが早いと思われた者が三名程。
それらは隊の者が背負い、順調に山道を進んだ。
何度か休憩を挟み、日が傾きかけて今日はこれまでかという頃、
「おお、皆着いたぞ。この道の先こそが我らが伊邪那村だ。」
漸く森を抜けた先には草原が広がっていた。
そこにはしっかりと踏み固められた道も出来ている。
目的の村は未だその姿を見せないが、確かな人の跡を確認し一行に歓声が上がった。
しかし、刀一郎はある疑問を抱いていた。
都留岐が言った二十里までには感覚的にまだまだある。
そこから思うに、彼らの一里と自らの一里はどうやら尺度が違うのではないかと。
だが、喜び勇んで歩く者たちを見ると、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
「おい、お前たちは先に行き、阿斗里様にこの事を伝えてこい。」
都留岐は伝令役に隊の一番若そうな二人をやると向き直った。
「さあ、もう日も暮れる。最後の一踏ん張りと行こうではないか。」
老齢の一行は声を張り上げ応えるのだった。