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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第七十八話 新技伝授

アレクシア達が都へやってきて数日が経った頃、


「トイチロ~、キタヨ~。」


朝から自宅前でそんな声を響かせるのは、勿論アレクシアであった。

当然一人ではなく、クライブとアーロン、そして幾人かの護衛らしき者も連れてである。

皇国の者が二人、ロメルの者が三人。

並んで立つと、やはり外国の者は背が高く、容姿以前に体高で判別が可能なほどだ。

視線を向けると、後ろに控える側近は仕草で申し訳ないという意思を伝えていた。

それに倣ってか、刀一郎も何でもないといった感じの仕草で応える。


「さて、姫君が来てくれたのはいいが、俺はこれから道場に行かねばならん。」


刀一郎の言葉を外国語の分かる軍の者が訳し伝えると、アレクシアは裾を掴んで付いて行く意思を示す。

門下生の邪魔にならないかは心配だったが、異国の要人を無下に扱うわけにもいかない。

そうしてぞろぞろと引き連れて道場へと歩を進めるのだった。

そして道場へ足を踏み入れると、流石に門下生たちも視線を向け呆気にとられた顔をする。

一方アレクシアは、見たことのない道場という施設が珍しいのか、全く臆することなく門下生に近寄って何かを語り掛けたり、壁に掛かっている槍に触れたりと忙しない。

それを見たアーロンとクライヴが、おたおたしながら付き従うという光景が広がっていた。


「はっはっは、実に元気な子供だ。子供は元気が一番であるな。」


光景を眺めそう語るのは惣万流槍術師範代【藤森壮太】である。

この男はどうやら子供好きらしく、アレクシアの身分に臆することなく頭を撫でていた。

それは不敬に当たると取られてもおかしくない行動だったが、当のアレクシア本人が嬉しそうに壁に立てかけられた木槍を持つと、見よう見真似で構えるのだから誰も口を挟めない。


「お?お嬢ちゃん、良い構えだね~。それ、掛かってきなさい。」


藤森は孫の相手をする好々爺のように受け止め、何とも微笑ましいチャンバラごっこが展開された。

そんな光景を横目で眺めながら、刀一郎は定位置で瞑想している次良へと歩み寄る。

気配を感じ取ってか、刀一郎から声を掛けられるよりも先に口を開いたのは次良だった。


「随分賑やかだな。まあ、たまにはこういうのも悪くはねえか。」


そう語った後、何も告げずに立ち上がると刀一郎の脇をすり抜ける。

付いて来い、という意味だろう。

そしてその背に刀一郎が続き、いつもの離れへと向かうのだった。

アレクシアもお爺ちゃんとの戯れを切り上げその背に続き、一行全員も離れへと足を踏み入れた。


「おう、今日は観衆が大勢いるな。じゃあ、ちょっと特別な技を教えるか。」


次良はそう語りながら刀一郎の前へと歩み寄ると、掌底の様な形の手を作り、それを前に突き出した。

すると、


「…ぅっ!!?」


例えるなら、鉛の球が腹にめり込んだような感覚だった。

しかし、次良の手は刀一郎の体には触れていない。

だというのに、刀一郎はその場から後方に弾かれ腹を抑えて悶えている。

そんな状態に構うことなく、次良は淡々と説明を続けた。


「惣万流の無手、それにおける打撃はもう教えたよな?」


今まで教えられた惣万流の打撃技は、相手の体幹を崩して正中線へ放つ『芯穿ち』と呼ばれるものが一つ。

そして内側からの破壊を目的とした発勁、通称『波打(なみうち)

基本的に足技はなく、地面から露骨に足を離すのは悪形とされている。


「そうだ。だが、これは少し異質だ。簡単に言うと、使える奴は使えるし、使えねえ奴はどんなに頑張っても使えねえ…『振打(しんだ)』ってぇ技だ。」


刀一郎は腹を抑えながらも何とか立ちあがり、話に耳を澄ませる。


「そして、お前は使える。間違いなくな…分かるだろ?ここを満たしてる何かがあるって。」


その手は何もない空間を泳ぐ。

次良の言っていることを、刀一郎は一瞬で理解することが出来た。

それはいつかのあの日、己がただの人で無くなった時、初めて感じた感覚の事だった。

この男は、只の人の身でありながらそれを感じることが出来ているという事実に、刀一郎は寒気すら覚えた。


「ほれ、じゃあやってみろ。勿論こっちもただ突っ立ってるわけじゃねえぞ?」


この無茶振りにも、もう慣れたもの。

刀一郎は動揺することなく独特の歩法で距離を詰めると、見よう見真似で手を突き出そうとするが、


「抵抗するっつったろうが。」


不用意な行動を咎めるように次良が動き、その手で触れたと同時に刀一郎の景色が反転する。

しかし、もう何百何千と繰り返された動作にそのままやられるわけはなく、瞬間的に猫の如く身を翻すと、腕にしがみつき関節を取りに行く。


「相手の体勢見て動け。馬鹿が。」


次良は容赦することなく空いている手を使い、掌底を放つ。

瞬間、頭の中を直接揺さぶられるような感覚に襲われ、刀一郎の意識は途切れた。

次良はぐったりとした刀一郎の体を支え床に寝かせると、その場に胡坐を掻き目が覚めるのを待った。



その光景は、一同を驚愕させるには充分なものだった。

アレクシアは刀一郎に駆け寄り心配そうに撫で、アーロンは口を開けたままポカーンとしている。

中でも一番動揺が見て取れたのはクライヴだった。

この若さで王族の近衛に抜擢されるというのが、そもそも異例の事なのである。

その才覚は同世代の中でも抜きん出たものがあり、座学、剣技、射撃の腕、どれをとっても申し分ない。

だが、その男をもってしても刀一郎と呼ばれる男には、何をしても勝てないと思わされる何かがあった。

少なくとも、闘争という枠組みでは。

そして今、その男は為す術もなく目の前で敗れ、身を横たえている。


(一体…何が起こっている…この【トウイチロウ】という者が最も強き者ではないのか…)


クライヴは王家の遠縁に当たる家柄に生まれた。

並ぶ者無き剣聖と呼ばれる男の第一子として生を受け、騎士学校においても最上の成績を修め、誰からも羨望の眼差しを向けられる存在だった。

此度の遠征でも、自分以外の護衛は足手纏いだと進言し、その言が通るほどの信頼もあった。

だからこそ、初めてであったのだ。

ここまで完全な敗北感を味わったのは。

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