第七十七話 帰り着き
アレクシア一行を乗せた馬車に追いつき、横に波風を並走させると、刀一郎は一応の挨拶として声を掛ける。
「貝塚殿、同道してもよろしいか?」
「刀一郎か、意外に早かったな。お前に急ぎの用が無ければこちらとしてはありがたい所だ。」
御者にも頭を下げると、その奥からアレクシアが顔を出し嬉しそうな顔を覗かせた。
そして手を伸ばして波風を撫でると、意外におとなしく撫でられている姿に刀一郎はほっと胸を撫で下ろす。
噛み付いたりでもされたら一大事なのだから。
そんな一行は数刻ほど掛け、都へと足を踏み入れた。
「お?異人さんだ。珍しいな。」
「見て見て、あの子の着てる御着物、とても素敵だわ。」
町民は雷安達が身近にいることもあり、珍しいとは思っても奇異の目を向けることは無い。
アレクシア一行もクライヴ以外は非常に愛想がよく、目を向ける町人たちに対し笑顔で手を振り応えていた。
そんな彼らの姿はとても愛らしく、町人たちも微笑ましく眺め、第一印象はとても良好と言えるだろう。
それ所か女性に至ってはアレクシアの服装が斬新であったらしく、興味はその一点に注がれており、巷の若い女性の一番の話題となった。
その暫く後、『スカート』と呼ばれるものが都の若い女性達の間で大流行になるのであった。
「では貝塚殿、自分はこれで。」
「ああ、ご苦労だったな。それと、こちらの姫様は随分お前に懐いているようだ。偶に顔を見せてやるといい。」
「姫様…ということは、向こうの皇族みたいなものという認識で?」
「そうだな。それで間違いない。まあ、継承権自体はそれほど高いわけでもないらしいが。」
ちなみに継承順位はアーロンが六位、アレクシアが十四位であるらしい。
刀一郎は実の兄弟だとばかり思っていたが、どうやら異母兄弟に当たる関係の様だ。
そして刀一郎は軍の執務室へ、アレクシア達は皇宮中心部へと向かった。
「トイチロ~ッ!!シユ~!」
言葉が分からずとも、この状況であれば何を言っているのか等予測することは容易い事。
刀一郎も手を振るアレクシアに笑顔で応えた。
「うむ、また会おうではないか、異国の姫君よ。」
そして別れを告げた後、此度の報酬を受け取るべく執務室へ足を運んだ。
外国の要人を迎える為か、幾分浮足立った雰囲気に包まれているが、その部屋で待っている男は落ち着き払っていた。
執務室で迎えてくれたのは、相変わらず文官にしか見えない男、田中子明である。
「刀一郎殿、此度はご苦労様でした。色々行き違いになった感がありますが、まあ、結果としては上手く収まったかと。」
子明はそう語りながら金子の入った袋を手渡し、話を続けた。
「恐らくこれから、ロメル王国との貿易交渉をする事になるでしょう。初めての国家間貿易です。柄にもなくワクワクしますよ。」
ちなみにだが、公国とは位の高い貴族と呼ばれる者が治める単一国家を言うらしく、王国は元首が王もしくは女王である国を指す。
そしてガラリアのような複数の地域を支配する国家は帝国と呼ぶことになったらしい。
まあ、どちらも刀一郎には関係のない話ではあるのだが。
子明は人にものを教えることが好きなのか、半分も理解できない刀一郎に対し、親し気に難しい事を語り続ける。
「…それであちらが興味を持ったのは透石でして、ああ、あちらではガラスと呼ぶらしいんですけどね、それが我が国のものは非常に品質が良いと…」
語り続ける子明は止まらない。
流石に刀一郎も頭が痛くなってきた頃だった。
「失礼します。田中総大将補佐官、少し宜しいでしょうか。」
部下らしき者が訪ねてきたのを好機と見て、刀一郎は矢継ぎ早に礼を告げその場を後にした。
▽
その帰り道、懐が暖かくなった刀一郎は上機嫌で店を練り歩く。
春先に着る着物は何が良いか、中々に出来のいい彫り物や絵にも目移りし、お気に入りの酒を買い、意気揚々と自宅へ帰り着いた時には完全に日が落ちていた。
「あ~~っ!刀一郎さんっ、帰ってきたのに私に一声ないとはどういうつもり!?」
隣から聞こえてくる物音で気付いたか、胡蝶がふくれっ面で上がり込んできた。
そう言われ気付く、五日も留守にしていたが室内に埃などはなく掃除が行き届いていることに。
どうやら胡蝶が掃除をしてくれていたらしい。
「う、うむ、今帰ったぞ胡蝶。」
「まったくもう、出掛ける時はちゃんと伝えてくれなくちゃ困るよ。心配するんだから。」
刀一郎は機嫌を取る為、先ほど買った今一番人気の役者が描かれた絵を土産として渡すことにした。
歌舞伎と呼ばれるらしいその舞台は、都の民にとって一二を争う娯楽である。
その一番人気ともなれば凄いもので、街を歩けば人だかりができるほどだ。
その名も【三代目槍山龍吾郎】
「わっ、龍吾郎の浮世絵だ。貰っていいのっ!?わ~い、有り難う!!」
「うむ、もう夜も遅い。明日に備えて休め。」
満面の笑みでお礼を告げ帰っていく胡蝶を眺め、刀一郎は一息ついた後、買ってきた酒で晩酌をするのだった。




