第七十五話 対話の達人
その場は不思議な空気で満たされていた。
沖村にしても刀一郎にしても、異人の言葉など分かるはずもない。
軍にも分かる者はいるのだが、それは大体特殊作戦部隊の者達や重要な役に就いている者らしい。
そしてそういう者達は、基本的にこういう任務には同行しないものだ。
だが、今のこの場の空気はどうだろうか。
「そうだ、そうだ、お~き~む~ら。そうそう上手いじゃねえか。」
意外なことにこの沖村、子供の扱いが非常に馴れている。
取り上げた武器をあっさり返したことも、敵ではないという意思表示になったのだろう。
今では横で伸びている青年を尻目に、笑い顔まで見せるようになっていた。
こうしてまじまじと眺めてみると、二人とも白を基調とした如何にも高価そうな衣服を纏っている。
年の頃は大体十一、二歳といった所か。
女の子の方は皇国ではあまり見ない、膝下あたりまでのひらひらとした衣装。
更によく見てみると、羽織っている外套には同じ印が刺繍されていた。
それは角の生えた馬であり、海の外にはそんな生き物がいるのかと刀一郎は興味を持ったのだ。
「沖村、この子たちの外套に描かれている印は国のものか?」
「いや、知らねえって…雰囲気で話してるだけなんだからよ。」
「では、この子たちの名は何と言うのだ?」
「いやだからだな……おしゃ、聞いてみるか。」
何故気合を入れる必要があるのかは分からないが、咳払いをした後、対話を試み始めた。
だが、完全に皇国語のままで名前を訪ねている姿を見てしまえば、期待も薄れるというもの。
「ナ~マ~エ~?……アレクシア・ビショップ!」
だが、意外なことに意味が通じているようだった。
くすんだ銀色をたなびかせ、少女は輝く様な笑みで告げる。
「おおっ!あれくしゃびっぷというのか。」
名を知れた喜びを伝える刀一郎に抗議の意志を示し、再度少女は告げる。
「ア~レ~ク~シ~ア~ッ!!ビ~ショ~ップッ!!」
少女は言い終わると、子供らしく頬をぷくっと膨らませ、可愛らしく睨みつける。
「何言ってんだよ刀一郎、向こうは苗字が後ろなんだよ。だから前半分が名前だ。」
「そうだったのか。では、【あれくしあ】で間違いないな?」
やっと伝わったことがよほど嬉しかったようで、アレクシアは満面の笑顔を咲かせた。
そして忘れてならないのはもう一人の少年。
こちらは流れから聞きたいことを理解していたので話が早かった。
「……アーロン。」
笑顔を零しながらの一言。
言葉が通じない為、最低限の情報だけを伝えるべきとの判断だろう。
中々に聡明な子供だ。
両者がお互いの名を知った頃、伸びていた護衛らしき青年が目を覚ました。
「デゥナップロ~チペリアイネスッ!」
立ち上がるや否や何かをわめき散らすが、この青年の剣だけは刀一郎が取り上げ奪ったままである。
剣を持っていても勝てなかった相手に素手ではどうしようもないと、青年は歯を食いしばって睨みつけていた。
だが、穏やかな雰囲気を壊すなと言わんばかりに、アーロンとアレクシアからは冷たい視線を向けられている。
そんな状況に立たされている男があまりに不憫で、刀一郎から助け舟を出すことにした。
「いやはや、職務に忠実な素晴らしい武士ではないか。ほれ、ここに座るがよい。」
隣をポンポンと叩き促すと、観念したか、青年は項垂れながら腰を下ろした。
「して、お主の名は何と言うのだ?」
本来なら通じるはずもないのだが、雰囲気から察してか、刀一郎の言葉を少女が訳して聞いてくれているようだ。
しかし打ち解けているのが気に入らないのか、苦々しい表情のまま青年は告げた。
「…クライヴっ。」
そっぽを向きながらぶっきらぼうに語る青年は、アレクシアに諭され再度告げた。
「…クライヴ・アンブラー。」
そんなやり取りをしている内に、日は完全に落ちており、今日はその場で野営することとなった。
その時感心したのは、彼らの持っている食料だ。
その全てが乾物であり、海水で茹でるだけで素晴らしく旨い汁物に変貌するのだ。
乾物自体は勿論皇国にもあるが、海が近くそれほど長い旅をする者もいない為あまり研究されていない。
実際今回の任務でも船の食料は穀物が殆どであり、野菜や果物の乾物は備えていなかった。
だが、これならばそれほど嵩張らず保存も利き、飲み水の確保さえ出来れば長い旅路にも耐えられそうだ。
「これは旨いな。皇国もこれから遠出することが多くなるかもしれねえし、上に進言してみるか。」
刀一郎も今回ばかりは子供たちの手前、その味に舌鼓を打った。
ちなみにその調理をしたのは全てがクライブであり、自らの国を誇る様に表情を崩していた。
そんな青年を見て、刀一郎も不思議と肩の荷を下ろすのだった。
そして次の日の朝、身振り手振りで沖村が都へと行くことを提案する。
「ここから、北、進む、町、ある。」
何故だろうか、皇国の言葉しか使っていないにもかかわらず、その意が伝わっているのだ。
そういう意味では、この男も間違いなくひとかどの人物であるのかもしれないと思い、刀一郎は苦笑する。
「トイチロ。」
笑みを浮かべながら裾を掴むのはアレクシアだった。
この少女は何故か刀一郎に懐き、クライブは苦々しい顔でその光景を睨むという、不思議な空気の一行は一路都へと漕ぎ出した。




