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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第六十八話 いざ初仕事

「して、静香殿。先ほどから誰と話しておったのだ?もしや…」


この一室には自分たち以外の人間はおらず、おのずとその視線は台座に鎮座する黒き槍に向けられる。

すると刀一郎は、不思議なことにじんわりと胸が温かくなる様な郷愁に満たされた。

そんな自分の不可思議な感情を誤魔化す様に、微笑を浮かべる静香に視線を戻すと、


「ええ、お察しの通り、黒様と談笑しておりました。」


「やはり、本当にこの槍は話が出来るのだな。では、自分と話すことは可能であるか?」


語り掛けられた静香は黒槍に一度視線を向けると、またもくすくすと笑った。


「ふふふ、『薄情者とは話してやらぬ。』だそうです。ささ、どうぞこちらへ。」


すすっと畳の上を移動し、静香は空いた場所へと座るよう促す。

一方、投げかけられた言葉の意味が分からぬ刀一郎は、只々困惑するのみだった。

そんな二人のやり取りを横で見ていた次良も愉快そうに笑っている。

穏やかな笑い声が一室に響き、刀一郎もまた何だか楽しくなり笑いだした。


「あらあら、私達だけで楽しそうにしていたら黒様が拗ねてしまいました。」


「全く…相変わらずガキみたいな奴だ。意地を張らずに混ざればいいものを。」


「ふふ、『神としての威厳があるのだ。』と仰っておりますよ。」


黒槍の武骨な見た目から、宿るのはさぞや恐ろしきものだと思っていた刀一郎。

その予想外の有り様には苦笑を禁じ得ない。


「そういえば、静香殿の名だが、宮が付くということは皇族に嫁いだということで間違いござらんか?」


「はい。当代天津乃宮様からとても近き血縁の方に嫁がせていただきました。」


話を聞けば、天津乃宮とは皇位を継承した際、その者が民から呼ばれる総称らしく、真名を授けられるのもこの機会であるとのこと。

どの宮家の男子が継いでも結局はそう呼ばれることには変わりなく、真名を名付けるのはこの槍に宿った神の仕事らしい。

そして、現在の皇位継承権第一位が静香の夫であるとのこと。

事実を知り、これまでの言動に失礼はなかったかと刀一郎は己を振り返った。


「そのように堅苦しいのは好みません。黒様もそれでは楽しめませんからね。」


急に固くなった刀一郎に対し、静香は諫めるように語る。


「やれやれ、誰が見てるわけでもねえんだ。いつも通りにしてろ。」


親子二人で説得されれば流石にそうせざるを得ないと、体の力を抜き談笑を続ける刀一郎だった。



▽▽▽▽



天實との謁見からほどなくして年が明け、町が新年に浮かれる中、刀一郎は遠征の準備を始めていた。

準備とは、端的に言えば排泄の必要をなくすということである。

次良に言われて以来食事をとる様にしてきた刀一郎だが、遠征となれば話は別。

本来不必要な食料まで持ち歩く道理はない。

出発の一週間ほど前から飲食を避け、大気から栄養を取る、ここに来る以前の方法に切り替える。

そして出発当日には、食事や排泄を必要としない、北にいた頃の体に戻っていた。


「今日から暫くの間宜しくお願い致します。この小隊を率いる十人長の役を預かっている【島田義明(しまだよしあき)】と申す者です。」


当日、宿舎前で合流すると、中々に気骨のありそうな男が迎えてくれた。

年の頃は三十手前、体高百六十五といった所か。

短く刈り揃えた髪が真面目そうな印象を更に際立たせている感じだ。

装備は皮鎧が主で、関節を守るためか肘や手首、膝と足首にだけ鉄製の防具を施している。

武器は長さ二百糎程はあろうかという槍と皇軍通常装備の火筒、加え刃渡り三十糎程の短剣も腰に差しているようだ。

靴は牛皮で作られた黒々としたもので、全員が同じものを履いていることから支給されたものなのだろう。

そしてそれぞれが迷わぬよう、刀一郎が以前鉄志からもらったのと同じ形の指針も携えていた。


「では、準備がよろしければ出発します。」


島田の号令がかかり大地を蹴る蹄の音が響くと、八人からなる小隊全員が一糸乱れぬ動きで移動を開始した。

それを最後尾から眺める刀一郎は大したものだと思わず感嘆の声を上げる。

そのまま都を背にして街道に出ると、


「よし、少し移動速度を上げる。刀一郎殿、宜しいですかな?」


その問いに刀一郎が頷く前に、波風は大きく鼻を鳴らし駆け出した。

島田の言葉を挑戦と受け取ったのかもしれない。

波風は勢いよく駆け出すが、これでは隊列を乱してしまうと思った刀一郎に手綱を引かれ、不満の声を上げる。


「ははは、大した名馬ですな。これは我々の方が遅れないようにしなくては。」


その言葉に留飲を下げたかのように、波風は得意気に鼻を鳴らすと最後尾へ戻った。


「不思議な馬ですな。まるで人の言葉を理解しているかにさえ思えます。さすがは刀一郎殿の相棒ですな。」


愛馬を褒められれば悪い気はしない刀一郎。

良い気分のままその日は順調に歩を進め、辺りが夕暮れに染まった頃野営の準備に取り掛かる。

流石に隊の者達の手際は慣れたもので、殆ど刀一郎がすることは無くそのまま日が落ち、パチパチと音を立てる焚火を囲みながら語り合う。


「刀一郎さんは槍とか火筒を使わないんですか?」


話の中でそれぞれの得意な戦い方は何かと言う話題になり、隊の一人が語り掛けた。


「うむ、まあ備えておく必要があるとは思っておるのだがな、どうにもかさばるという事情もあってな。」


白鬼という刀が強力無比なため、これ以上の得物など世界にはないと刀一郎は思っている。

まあ、その力を存分に引き出せているかと問われれば、否と答えざるを得ないのだが。

それほどに分からないことが多すぎるのだ。

そもそも白鬼を授けてくれたあの白き獣の事さえ、刀一郎は何も知らないのだから。

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