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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第六十七話 真名

もうすぐ年も明けようという頃、刀一郎は次良と共に皇宮へと足を運んだ。

場所は、以前貝塚と共に来た低い塀で囲まれた敷地内にあるらしい。

そして案内されたのは意外に質素な建物であった。

中に入ると待女らしき者の案内で、奥の一室へと通される。


「陛下たっての希望でな、自室へ案内する様にとのお達しだ。」


「自室?謁見とはいつもそのように?」


「んなわけねえだろ。自室で会うなんて話聞いた事ねえぞ。」


どうやら本当に異例の事らしく、案内役の女性も少々戸惑っていたようだ。

そんなことを知ってしまうと、元々緊張していた刀一郎はさらに固くなってしまった。

そして待女が襖越しに声を掛けると、


「うむ、通して構わぬ。」


凛とした響きの声が返され、待女は一度視線を客人へ向けると襖を静かに開けた。

刀一郎達は正座をし背筋を伸ばしたまま、頭を下げてその声を待つ。


「そう固くならずともよい。面を上げてはくれまいか?」


言われ面を上げた刀一郎は、初めてその者と顔を合わせた。

白が混じった髭を生やし、長めの髪を後ろにまとめ、その瞳は柔らかな春の陽光を思わせる。

だが、その視線からは優しいだけではない、為政者としての力強さも感じられた。


「刀一郎殿であるな?皇国へよくぞ参られた。我が国は其方を歓迎する。」


言葉を掛けられた瞬間、誰に言われるわけでもなく刀一郎は深々と頭を下げた。

その内に芽生えた心、それはこの者に仕えたいという欲求であったのかもしれない。

待女が一礼して下がると、室内には天津乃宮、次良、そして刀一郎の三人だけとなる。


「陛下、此度は何故このような形に?」


次良がおもむろに問うたのは、やはり異例らしきこの対応についてだった。


「ふふ、それをお主が問うか。巫女から話は聞いておろうに。」


天津乃宮がそう語ると、全てを察したと言わんばかりに次良も頷いた。

理解していないのは刀一郎だけのようだ。


「まあ、一番の理由は刀一郎殿と会話を楽しみたかった、といった所かの。」


向けられる柔らかな笑顔に、刀一郎の緊張も少しだけ解れた気がした。


「して、都での暮らしは如何か。不自由はないか?」


「いえ、毎日楽しく過ごさせて頂いております。」


二人が何度か言葉を交わしている間、次良はただ黙していた。

そして刀一郎は畏敬の念をその内に宿しながらも、このやり取りが楽しくて仕方がなかった。

このわずかな時間の中でも、次良の様な傑物たちが何故付き従っているのか理解し始めていたのだ。


「おお、そうだ。まだ名乗っていなかったのう。我が名は天實(あまさね)という。」


「へ、陛下っ。それは…」


「よい。この者には知っておいてほしかったのだ。」


次良の狼狽えようから見ても、名を伝えるという行為もまた異例なことだと刀一郎は察する。

そしてその名を軽々しく口にすることも憚られることであると理解した。


「はっ!その名、この魂に刻ませて頂きます。」


「そうかそうか、其方の魂に刻まれるのであらば私も大したものだ。はっはっは。」


そんな楽し気な会話をしている中、次良は今日の謁見の本題について切り出した。

そう、これは名を頂こうという意味での謁見である。

当の本人はそんなことすらも既に忘れていたのだが。


「うむ、案ずるでない、しかと考えておった。其方の姓、悩んだがこれ以外相応しきものはないと断言できる。」


「刀一郎、陛下がそこまでおっしゃるのならさぞかし良い名を頂けるはずだぞ。」


「次良、あまり持ち上げるでない。コホン・・・・我が其方にふさわしきと思った姓は【神凪(かみなぎ)】である。」


刀一郎は、伝えられた響きを反芻するように何度も噛みしめ呟いた。

神凪刀一郎(かみなぎとういちろう)】これからはその名が自らを示す証になるのだと。


「ふふ、何でも其方が住んでいた神の住まう地の名だと聞いてな、少し安直であったかの?」


「いえ、滅相もございません。善き名を頂いたと噛みしめていた所であります。」


「そうか、気に入ってくれたのなら何よりだ。それにこの名は、色々な意味で其方を表すにふさわしい名なのだ。この先何があろうとも決して忘れてはならん。」


天實が語る言葉の本当の意味を刀一郎は理解してはいなかったが、そんなことは些事であると思えるほど心は弾んでいた。


「では陛下、そろそろお時間のようですので。」


「うむ、そのようだな。楽しき時間とは本当に早きものだ。では刀一郎殿、またいずれ。次良もな。」


「はっ!また拝謁できる時を心待ちにしております。」


こうして初めての天實との謁見を終え、刀一郎は自らに相応しいと与えられた名をその身に刻み込んだ。

その帰り道でのこと、


「おい刀一郎、ちょっと付いて来い。会わせたい奴がいる。」


そう語る次良の後を付いて行くと、到着したのは以前来たことのある『天雷』という槍の安置されている一室。

以前と同じく見張りのものに一言二言声を掛け中に入ると、何やら話し声が聞こえてきた。


「ふふ、まあっそんなものがあったのですか。凄い世界だったのですね。」


台座が見える場所まで行くと、畳が一畳敷かれており、その上に座った女性がお茶を啜りながら何かと話しているようだ。

畳には遊戯に使うのか木造りの板が置いてあるが、見る限り一人しかいない。

年の頃は三十といった所だろうか、色鮮やかな着物に身を包んだその女性は、刀一郎たちに気付くと微笑みながら一礼を返す。


「お父様ではないですか。あら、もしかしてその方が刀一郎さん?」


「ああ。お前に会わせておいた方がいいかと思ってな。連れてきた。」


「ふふ、始めまして。【辰巳乃宮静香(たつみのみやしずか)】と申します。以後お見知りおきを。」


「神凪刀一郎である。こちらこそよろしくお頼み申し上げる。」


早速頂いた名を用い刀一郎も一礼を返し自己紹介を済ませると、緊張が見え面白いのか静香はくすくすと笑った。

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