第六十六話 皇国の事情
「わざわざご足労願い、面倒をおかけいたしました。」
案内された一室へ赴くと、厳格な雰囲気を漂わせた小瀬川仁栄が待っていた。
室内に満ちる引き締まった空気に、刀一郎も思わず姿勢を正す。
「む?…ああ、すまない。そんなに固くならなくて宜しい。別に私の部下というわけでもなし。」
小瀬川は意外にもその厳格さを崩し、幾分か和らいだ空気を作る。
「今は軍も再編などで忙しくてな。隊によっては新しい隊長の任命などもあり中々落ち着けん。」
小瀬川はそう語った後、愚痴をこぼした己を恥じるように咳払いをした。
世代交代というのであろうか。
皇軍も傑物揃いではあっても、寄る年波には勝てず若い力を求めているらしい。
「まあ細かいことは抜きにして本題に入るが、刀一郎殿にはうちの小隊と共に行動し、残党の捜索に当たってほしい。」
簡単な仕事の説明に加え、続いて給金の説明に入る。
「日当として一日二百蒼が支給されることになる。それと、軍と共に行動する以上肩書が必要になるが、臨時武官という役職で随行してもらう。」
思っていたよりも高い給金に刀一郎は思わず頬が緩みそうになったが、何とか耐え話に耳を傾けた。
そして小瀬川は何やら地図を広げ説明を始める。
「この丸が記されてあるのが、まだ捜索が終わっていない範囲だ。今回随行する小隊はこの辺りの捜索を任されている。」
そうして指差したのは都からかなり距離のある、方角で言えば北東に当たる地域。
「出発の時期だが、今から一月後を予定している。こちらも色々あってな、今すぐと言うわけにはいかんのだ。」
「うむ、問題はない。それにしても、この辺りは雪が降らないのだな。」
もうすぐ年も明けるというのに、いまだ雪が降る気配がないことに刀一郎は不思議な感覚を覚えていた。
だが、住民の様子を見るにそれが普通らしく、雪を見たことさえ無い者が殆どのようだ。
その気候こそ都が発展した大きな要因にもなっているのだろうが。
温暖であるということは、それだけ生きる為の糧を得る機会が多いということなのだから。
▽
刀一郎は一度自宅へ戻ると、毛皮を羽織り厩へと向かった。
折角の晴天、運動不足が心配される波風を心行くまで走らせてやろうというのである。
厩では、世話役の山田馬之助がせっせと飼い葉を運んでいた。
そして事情を話すと、慣れた手つきで手早く馬装を終える。
「さすがだな。波風も思った以上に大人しい。」
「いえいえ、波風は良い馬ですから。誰でも出来ますよ。」
これは謙遜が過ぎるなと、刀一郎は思った。
北にいた時、馬装を波風に施そうとしているのを何度か見たことがあるが、こんなに大人しくはしていなかった。
(顔も面長だし、同種族だと思われているのかもしれんな。)
そんな失礼なことを考えながら軽い挨拶をした後愛馬に跨り、小走りで町の外へ歩いていく。
日の光を浴びて気持ちがいいのか鼻を鳴らす波風を、すれ違う町民も微笑ましそうに眺めていた。
そして到着したのは西の街道。
「ブルルルルルッ!!」
腹を踵で叩くと、波風は大きく鼻を鳴らし駆け出した。
一刻ほど駆けただろうか。
海が近くなり、塩の風を肌で感じ始めた頃だった。
前方から荷馬車と共に隊列を組んで歩く皇軍の者達とすれ違う。
「おや?貴方は?」
道を譲り端によっていると、こんがりと日焼けした男に声を掛けられた。
「ああ、失礼。私は青井貞利と申します。一応海上部隊の副隊長をやらせて頂いている者です。貴方は白鬼・・・失礼、刀一郎さんですよね?」
どうやら自分は白鬼という名で軍の間では交わされているのだと、刀一郎はこの時初めて悟る。
お互いに自己紹介をしながら荷馬車の中に視線を向けると、恐らく敵軍の残党らしき者達の姿があった。
「こちらは只の散歩だが、どうやらそちらは捕り物があったようだな。」
「ええ、もうすぐ商船がこの辺りを通れるようになりますから、総動員で海路の安全を確保している所です。」
「まさか残党が海賊に?」
「殆どはどこかに息をひそめているみたいなんですけど、極少数大胆なことに出る輩はいるんです。」
話を聞きながら、刀一郎は自分の任された仕事の重大さを認識していた。
千といえばちょっとした軍隊と呼んでもいい規模。
それがどこに潜んでいるかもわからないとなれば、行商等の足は鈍ろう。
「なるほど、自分ももう少ししたらそちらの軍に随行する予定だ。もしかしたらいずれ共に戦うこともあるやもしれん。その時はよろしく頼む。」
「それは心強い。噂に聞く一騎当千の力、頼らせていただきますよ。」
皇軍に自らより強い者がごろごろいそうな現状素直に頷けなかったが、それでも任せろと笑顔を返すのだった。
▽▽▽
それから数日後、いつも通り道場へ赴くと、次良から依然話していた天津乃宮との謁見の日取りが決まったと知らせを受ける。
「刀一郎、お前失礼にならねえ服は持ってんのか?」
「む?これでは駄目なのか?」
「駄目に決まってんだろ…仕方ねえなあ。何着か持ってっから俺の譲ってやる。」
意外に面倒見のいい次良は一旦道場を後にすると、直ぐに妙齢の女性を引き連れて戻ってきた。
「初めまして。次良の妻【静江】と申します。」
「や、これはどうもご丁寧に。」
静江と名乗った女性は、柔らかな物腰ながら一本芯の通った気高さを感じさせる。
そして抱えていた着物を何度か刀一郎にあてがうと、うんうんと頷いた。
「採寸は大丈夫なようですね。陛下の御前に向かうのでしたらそれなりの格好をしなければなりませんよ?」
そして刀一郎は紋付袴と呼ばれる立派な着物を纏った。
「ああ、そういえばよ、左の胸にあるのが惣万の紋だからな。覚えとけよ。」
言われ左胸の刺繍を見やると、両翼を広げた龍と思しき紋、右胸には皇国を示す稲穂の紋も刺繍されていた。




