第六十一話 白と黒
刀一郎は不思議な夢を見ていた。
どこかも分からぬ何もない空間で、知らぬ者達と歓談している夢だ。
目の前にいるのは二人の女。
一人は髪も肌も白、もう一人は褐色の肌に黒々とした髪。
衣装もそれに倣っているのか、白を基調とした着物と黒を基調とした着物をそれぞれ纏っている。
見た目の共通点として、二人供髪は腰に掛かるほど長く、そして絶世の美女と言って差し支えない容姿をしていた。
それこそ、この世の者とは思えないほど。
「果たして『心』が芽生えたことは善きことであったのだろうか。」
白が呟くように語ると、黒がつまらなそうに返した。
「善きことに決まっておろう。意志のない神などただの『えねるぎー』でしかないではないか。」
「また覚えた言葉を、よく意味も知らずに使うものだ。」
その言葉に機嫌を害したか、黒はそっぼを向いてしまった。
そんな反応も愛おしいと思っているかのように、白は慈愛の満ちた瞳で眺めている。
「だがな黒宵、意思を持っていなければ、忘れ去られて信仰を失っても暫くは存在を許される。」
「それに何の意味があるというのじゃっ。白、こいつを見ろ。最早消えかかっているこいつをっ。」
黒宵と呼ばれた女は、刀一郎を指さし憤っているようだ。
「こいつはもっと人の願いを叶えるために『心』まで芽生えさせたっ。なのに人は勝手じゃっ。勝手に願いを口にして、必要無くなれば簡単に忘れ去ってしまいおって!」
「しかし、我らは人が為す奇跡を持って生まれたのだぞ?」
「分かっている!それでも許せぬものは許せんのじゃ!」
憤る黒を他所に、白は何かを考えている素振りを見せた。
その様子に何かを感じたか、黒は黙り込む。
「…こんな話を知っておるか?」
「何じゃ、勿体ぶらずに話せ。」
「ああ…我らの様な消え行くだけの神格が、存在を許されるかもしれない世界があるらしい。」
「まことかっ!」
「ああ、場所も聞いてきた。」
驚きの顔を見せる黒だが、何かに気付いたように表情が曇った。
「だが、そこへ渡る為には、やはりある程度の力は必要になるのだろう?」
「ああ、最早消えかけているこいつには厳しかろうな。」
「では…」
「幸い、私にはまだ余裕がある。神としての最後の奇跡、いや、意地を見せてやろう。」
▽▽▽▽
目が覚め、何か夢を見ていたような気がするが、思い出せないまま顔を洗いに井戸へ足を向けると、刀一郎はやはり隣に住む娘、胡蝶につかまってしまった。
「刀一郎さん!昨日約束したよね?今日は一緒にご飯食べようって。」
「う、うむ、しかし、ただでご馳走になるわけには…」
「大丈夫!うちはそれなりにお金持ちだから!」
金があるということをひけらかすのはどうかと思うが、何故かここまで明け透けにされると嫌味にならないのが不思議である。
隣の竹本家が何を生業をしているかというと、どうやら米問屋であるらしい。
だが、子供が何を言おうとも家主に許可を取らないことには始まらない。
そこを刀一郎も聞いたのだが、
「お母さん!いいよね?」
「ええ、構いませんよ。ささ、もうすぐ炊き上がりますのでどうぞ。」
この場を切り抜けるために言った言葉だったが、益々逃げ道を塞がれてしまったようだ。
そんなやり取りの中、刀一郎が思い出していたのは昨日の次良の言葉だった。
人らしい生活をしていなければ、いずれ心まで人ではなくなってしまうというあれだ。
実は刀一郎自身、己が変質してきているのを感じ取っていた。
このままでは、何かに取り憑かれたように戦いを求めてしまうのではないかと。
「そこまで言われては、遠慮するのはかえって失礼に当たろう。有難くお邪魔させていただく。」
「やった!善は急げだよ、早く早く!」
言質は取ったと、物理的にも逃げ道を塞ぐためか、胡蝶は刀一郎の背中をグイグイと押す。
それを宥めながらも気が付けば卓についてしまっていた。
そしてキヌが慣れた手つきで料理を盛り付け、器を並べていく。
「一人増えるだけでも賑やかな気がするねえ。」
迷惑なのではと少し委縮している刀一郎を気遣ってか、伊兵衛がにこやかに語る。
それに続きキヌと胡蝶も同意し、何とも温かい歓迎を受けるのだった。
卓に並べられた料理を眺めると、淡い褐色のコメに漬物、豆腐の味噌汁に焼き魚。
刀一郎には始めて見るものもあったが、塩のかけられた魚から漂う香ばしさが鼻をつき食欲を刺激する。
「「「「いただきます。」」」」
昨日食べた牛鍋という料理も美味だったが、毎日食べるには高価すぎる。
それに比べこちらは美味しいうえに、それほど高価というわけでもなく飽きも来ないだろう。
刀一郎はこれから自分が生活する上での食事を考えながら有難く頂いた。
「本日はご相伴にあずかり感謝に堪えません。」
「もう刀一郎さん、堅苦しい~。お隣さんなんだからさぁ、もっと緩く行こうよ!」
「その通りです。もし良ければこれからちょくちょくお邪魔されては?」
刀一郎は流石にそこまで遠慮知らずなことも出来ず、柔らかく断りを告げる。
そして、伊兵衛は仕事へ、胡蝶は手習いへと向かい、刀一郎もキヌに感謝を告げ竹本家を後にした。




