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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第五十九話 新生活

刀一郎は朝起きると、まずは家の前にある井戸で顔を洗う。

すると、後ろから飛びつくように胡蝶がしがみ付き、元気な挨拶を口にした。


「おっはようっ!刀一郎さん!朝早いんだね。」


「うむ、早くからご苦労であるな。胡蝶も随分早起きではないか。」


「うん、お社で手習いがあるからね。」


手習いとは、読み書きや数の数え方などを教えることを指すらしい。

そしてお社とは、皇国で古くから信じられている『然道(ぜんどう)』という信仰における神の住む場所。

この信仰における神とは、唯一の存在を指すのではなくそれぞれの生業によって崇める対象が変わるとのこと。


「へへへ、これでも私すっごく頭いいんだよ。刀一郎さんにも教えてあげよっか?」


胡蝶は腰にしがみついたまま、下から覗き込む様に語る。

その仕草は年の割に大人びており、女とは年ゆかぬ娘であっても女なのだなと刀一郎は感心した。


「こら、胡蝶っ。ご迷惑をお掛けするんじゃありませんっ!」


後ろから声が響き視線を向けると、母親であるキヌが桶を抱えて立っている。

その中には布が入っているようで洗濯をしに来たのだろう。


「迷惑なんてかけてないも~ん。ね、刀一郎さん?」


「う、うむ。キヌ殿、迷惑にはなっておらん。あまり叱らないでやってほしい。」


刀一郎の仲裁もあり、渋々と言った感じにキヌは小言を止め洗濯を開始した。

しかし、何故にこの娘はこんなにも刀一郎に懐いているのだろうか。

推測するに恐らくは、若いがゆえに遠方からやってきた者への珍しさが一番の理由と思われる。


「刀一郎さん、ご飯一緒に食べようよ。お母さん、いいでしょ?」


「ええ、刀一郎さんさえ良ければ構いませんよ。」


そしてこんな誘いを受けたものだから困ってしまった。

だが、丁度いい所に助け船が現れる。


「刀一郎殿、貝塚様よりの言いつけでお迎えに上がりました。」


朝早くに迎えをよこすと言っていたが、抜群の機にそれはやってきた。

これぞ天の助けとばかりに刀一郎は食いつく。


「そ、そうかっ!それでは仕方がないなっ。すまぬな胡蝶、用事が出来た故、また今度。」


「ええ~、つまんないの。じゃあ今度ね。絶対だよ?」


胡蝶は頬を膨らませ上目づかいで語る。

その姿に、これは逃げられないなと刀一郎は観念した。



使者の後を付き歩いていくと、低い塀に囲まれた広い敷地の中へと入っていく。

その敷地の中にはいくつかの家屋らしきものがあり、それなりに立派なものから質素に見えるものまで様々だ。

そして離れのような場所にある一室に貝塚はいた。


「皇国へようこそ参られた。・・・ふふ、そういえば昨日は言ってなかったと思ってな。」


貝塚は一言めの厳格さを崩すと、昨日と同じ親し気な口調で話し始めた。


「まずはこれだな。向こうとは形が違うだろう?これがこちらの金子だ。」


貝塚はそう言って、金色の丸い板を一枚差し出す。

どうやら刀一郎が北から持ってきた金子を皇国側で換金すると、大体このくらいになるらしい。

恐らく多少は色が付けられているのだろう。


「当たり前だが、向こうとは単位が違う。こちらでは『(そう)』と呼ぶ。」


説明を聞きながら刀一郎はまじまじとその造りを見回す。

片面には実った稲穂が(こうべ)を垂れる姿が描かれ、もう片面は小川だろうか、水の流れるさまを描いているようだ。


「金、銀、銅、鉄とそれぞれ価値が違うのは分かるな?」


生活に関わることなので、流石の刀一郎もこれには真剣に耳を澄ませる。

ここに向かってくる際も、町にある様々なものに物欲を刺激されていたのだ。


金丸(きんまる)が一万、銀丸が千、銅丸が百、鉄丸が十、そして、木丸が一だ。」


丸とつけるのは民の間で広まった言葉らしく、単純に形からそう呼ばれるようになったらしい。

貝塚は分かりやすいようにと、現物を並べながら説明してくれている。

こんなものでさえも今の刀一郎には珍しく、食い入る様に見つめていた。


「でだ、金丸を出されても店の方が困る場合が多い。」


貝塚はそう言って刀一郎から金丸一枚、一万蒼を取り上げると、ジャラジャラと音の鳴る袋を手渡す。

どうやら使いやすいように細かくしてくれたらしい。

ならば最初からそうすればいいのにと思わなくもないが、確かに現物を見せながらの説明の方が分かりやすい。


「長屋の家賃はこちらで持つことになっている。一応客将扱いだからな。」


「うん?客というのは分かるが、自分は将になったことなどないが…」


「意外に細かい事を気にするんだな。伊邪那の代表としてきている者がただの傭兵崩れではな、分かれ。」


何故将が一人だけでやってきているのか等、聞かれたら悩む所は多いが、元々惣万という男の我が儘で呼ばれた様なもの。

扱いに関して皇国側も困ったのだろう。

一方当の本人はというと、もらった金子を何に使うかでさっそく頭が一杯であった。


「後は、そうだな。お前を呼んだ当の本人に挨拶でもしておくか。」


そう語った後、付いて来いと語る背中を眺めながら歩いていくと、立派な門構えの屋敷の前に着いた。

看板には【惣万流槍術】と書かれており、いよいよあの男に会えるのかと刀一郎は緊張に身を固めるのだった。

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