第五十八話 住処
今日は野営かと思われたが、暗闇の中で輝く微かな明かりが目に入り、その足を速める。
辺りはもう暗闇に包まれており、何とか目を凝らしながら進んでいた所だった。
その都は、意外にも大仰な門などは無く、街道から町の中までそのまま道が続いているような印象を受ける。
だが、もう夜だというのに道行く人の多さは伊邪那とはまるで違った。
「おお、意外に明るいのだな。」
「ああ、最近は街路に明かりを増やしたからな。」
油を指しているだろう鉄の皿に炎が揺らめき、それを包む様に透明な石が覆っている。
透明な石だから『透石』と呼ばれているらしい。
それらが等間隔に照らす街路は幻想的で、何とも言えない美しさがあった。
道行く人の顔も明るく活気に満ちており、時間が時間故か、酔っ払ってふらついている者も見える。
そして何故か、見た限り全員が腰に四、五十糎ほどの短槍をぶら下げていた。
長さ的に槍として使うよりも、装飾としての意味合いが強いだろう。
「あれは野菜売りか。あれは米屋だな。流石にもう閉まっておるな。あっちは何だ。」
「少し落ち着きなさい刀一郎。まずは厩に愛馬を置いてからでしょう。」
刀一郎は一応返事を返すが、物珍しさからきょろきょろと落ち着かない。
入り組んだ水路に渡し舟、連なった木造りの二階建て三階建ての家屋に、引き摺る様な長さの色鮮やかな衣に身を包んだ女。
見るもの全てが珍しく、どうにも興奮を抑えられない様だ。
そして貝塚にとってもその反応はとても好ましいものである。
自分の住む国が褒められて嬉しくない者などおるまい。
「ここだ。この長屋がお前の住処となる。厩もこの道を少し進んだ先にある。必要あるか分からんが厠はあそこだ。」
案内されたのは、狭い路地を抜けた先の二階建ての長屋だった。
横幅は七、八側ほどはあるだろうか、一人で住むにはいささか広すぎるようにも思われる。
両脇には同じ形の長屋が軒を連ねており、何件かはまだ明かりもついていた。
案内を終えた貝塚は、明日の朝、使いの者を送るとだけ伝え、足早にその場を立ち去った。
自分の住処となる家の中は気になるが、まずは愛馬を休めるのが先と、厩へと足を向ける。
「厩も結構広いな。うむ、立派な建物だ。他の馬達とも仲良くするんだぞ?」
「ブルルルルッ!」
どうやら波風も気に入ったようで、自分の寝床に敷き詰めてある藁を嗅ぎ鼻を鳴らしている。
「あ、どうも、刀一郎様ですよね?話は聞いております。長旅ご苦労様で御座いました。この厩を任されております【山田馬之助】と申します。」
正に名は体を表すと言うのだろうか、面長で優しそうな顔が印象的な男だった。
そして波風に優しい笑みを浮かべながら歩み寄る。
危ないと警告を言おうとした刀一郎だが、意外にも波風は大人しく撫でられていた。
「大したものだな。こいつはあまり人に懐かんのに。」
「そうなんですか?不思議ですね。こんなに賢そうな馬はそういないんですけどね。」
この男なら問題ないだろうと愛馬を任せ、自分は先ほどの長屋へと帰り着く。
自宅前でこれから住むことになる場所の外観を眺めていると、右隣の長屋の戸が開いた。
「おや?貴方が噂のお隣さんですかな?」
隣から顔を出したのは身なりのいい、藍色の着物に身を包んだ年の頃は四十くらいであろう男。
「え?お隣さん来たの?見せて見せて。」
その脇からすり抜ける様に駆けてきたのは、まだ十を超えたかどうかの少女。
それと同じようにして、その母と思しき者も顔を出した。
二人供が鮮やかな藤色の着物を身に付けている。
「これはこれは、刀一郎と申す。これから宜しくお頼み申し上げる。」
「ははは、随分固い方だ。私は【竹本伊兵衛】と言います。敬語はやめましょう。これから長い付き合いになるんですから。」
ふくよかな腹を突き出すように笑いながら、伊兵衛は語る。
そしてこれから何か語ろうしている時、遮る形で口を挟まれた。
「私は【胡蝶】だよ。うわぁ、お兄さん綺麗な剣持ってるねっ。黒い鞘と真っ白いのっ!」
「これ、余りはしゃぐんじゃありません。娘が失礼いたしました。伊兵衛の妻【キヌ】でございます。」
何とも賑やかな娘だと思いながら、刀一郎は微笑ましく眺めていた。
そして腰に目をやると、やはり鞘に納まった短槍。
「ん?…ああ、これですか?こちらの都ではこれが普通なんですよ。」
「ふむ、つまり皆が槍を扱う術を心得ているということか。」
「いやぁ、お恥ずかしい。私は随分サボってますからな。どれだけ動けることか。」
「じゃあ、お父さんに代わって私が見せてあげる!」
そんなやり取りをしていると、胡蝶と名乗った娘は鞘から短槍を抜くと見事な演武を見せた。
「このような幼子まで…見事なものだ。」
「むぅ!幼子じゃないっ!胡蝶!」
そして軽い挨拶を交わした後、むくれた娘を宥めながら戻っていく。
そんな一家を眺めながら自分も家へと入ると、まずは明かりを探すのだった。
すると、部屋の中心辺りに立っている筒状の物がそれであると判断した。
だが、付け方が分からずまさぐる様にしていると、横の出っ張った金具に手が触れた瞬間、火打石と同じ音が聞こえ明かりが灯った。
何とも便利なものだと思いながらそれを眺めると、筒状の透石の中で炎が揺らめいている。
「これは…相当に値が張るものではないのか?」
扱いには気を付けようと肝に銘じ、様々な思いを抱えながらも取り敢えず眠りにつくのだった。




