第五十六話 新天地へ
「陛下からのお言葉を単刀直入にお伝えします。」
前回の訪問から一月半余り経った頃、皇国から二度目の使者がやってきた。
今回やってきのも前回と同じ、天津乃宮直臣貝塚東園である。
「『恒久平和を共に願い、大切な同盟国として手を取り合い、共に歩んでいきましょう。』とのことです。」
実際はもっと堅苦しい言葉で語ったのだが、分かりやすいように伝えているようだ。
だが、聞いた阿斗里は目をぱちくりさせている。
まさかこんな展開になるとは予想もしていなかったらしい。
『大切な同盟国』とはつまり、独立した国家として伊邪那も名乗りを上げろと言っているのだ。
「あ、あの、しかしですね、我が町はまだ人口二万弱。とても国を興すほどでは…」
「そんなことは分かっています。そのため今は皇国から守りの戦力を出しているではないですか。」
この展開は阿斗里が望んでいたことではあるが、余りにも呆気なさ過ぎてどうにも勘ぐってしまう。
実際の所は、敵の総戦力が予想をはるかに超えていることが分かり、北の防衛に戦力を割くのがこれから難しくなるかもしれないという皇国側の事情もあるのだが。
この列島は北と南の丁度真ん中くらいで、それほど幅が無い海峡で隔たれている。(古い地図には書かれていない場合もある。)
岸と岸が一番近い部分は二百側ほどしかない。
しかしその流れは激しく、常に所々で渦が巻いているという事情もあり、渡るのが容易とは言いづらい。
となれば周囲の潮流に乗っていくしかないのだが、ただでさえ数の少ない海上戦力を北に回し過ぎれば皇国側がきつくなる。
一日二日で戻れるわけではないのだ。
現状、最も早く往復出来たとしても一月以上は掛かる。
それでは、いざという時の戦力としてとても使えるものではない。
「北の地にはまだまだ村々が点在しています。それらを掻き集めれば二十万にはなるでしょう。」
「か、掻き集めるって…そんな簡単には行きませんよ。住み慣れた場所を離れ移り住むのは、どうしようもない事情が無いととても…」
「情報では敵の総兵力は百万を優に超えます。まあ、あちらにも戦力を割けない事情はあるようですが、それが何時まで続くかもわかりません。」
皇国としてはこちら側にも力を付けさせ、最低限の戦力補助で北の守りを固めたいという思いがある。
守ってやりたいのは勿論だが、気持ちだけではどうにもならない実情があるのだ。
そして阿斗里としても、いつまでもおんぶに抱っこでいるつもりはない。
対等な関係でありたいと思うからには、いつかは肩を並べなければならないのだから。
「…そうですね。やるだけはやってみましょう。どちらにせよいつかは国を興さなければならないのですから。」
「その意気です。千里の道も一歩より。まずは動くこと、話はそれからでしょう。」
貝塚の口ぶりから察するに、すぐに如何こうなるわけではないと確信しているようだ。
恐らく先の戦で捕らえた兵から得た情報なのだろう。
「ああ、それと、皇国側からだけ力を借りるのは心苦しいでしょう。」
「はい?…ええ、まあ。」
「それでですね。お互いの交流を深めるという意味も兼ねて、そちら側の武官を一人、貸し与えてはくれませんかな?」」
その一人と言うのが誰の事を指しているのか、阿斗里にはもう分かっていた。
実際の所、その男は武官ではなく傭兵のような形で働いていたのだが。
阿斗里自身、常々思っていたのだ。
あまりにも自分はその一人に頼りすぎているのではないかと。
そして同時に、あの男に広い世界を見せてやりたいとも思っていた。
だからこそ、本人の意を確認することなく口を開く。
「それは刀一郎さんの事ですよね?」
「ええ。宜しければ本人に確認を取って…」
「必要ありません。私の権限を持って、貴国に我が都一番の武人を送りましょう。」
今まで、賊が十人出ようが二十人出ようが、刀一郎一人送れば全てが片付いた。
その活躍は、人口が爆発的に増えた要因の一つに間違いなく上げられるだろう。
言ってしまえば、それほどに頼り切っていたのだ。
これではいけないと思いつつも、頼られれば嬉しそうに浮かべるあの笑みに、どうしても志が鈍る。
だが、最近の刀一郎はどこかこの場所に物足りなさを感じている節があった。
それを見て何とかしてやりたいと思っていた所への申し出。
阿斗里の中では、寂しさと嬉しさが入り混じる、複雑な感情がせめぎ合っていた。
▽
翌日、長の自室にて貝塚も交えて本人にそのことが伝えられた。
「刀一郎さん、伊邪那一番の武人として、大きな都で名を轟かせてください。」
「…俺が離れても大丈夫か?」
「心配ありません。今は至君もいますし、刀一郎さんは自分の思うがままに行動してください。」
二人は暫し無言で見つめ合うと、軽く笑いあった。
そして刀一郎は貝塚に向き直ると、深々と礼をし口を開く。
「無作法者ではあるが、これから宜しくお願い申し上げる。」
「ええ。こちらこそよろしくお願い申し上げます。それから、そんなにかしこまらなくても結構。私も疲れるので。」
その提案は、刀一郎としても慣れない敬語は疲れるので有難い所であろう。
調子に乗りさっそくいつも通りの言葉づかいで話すと、今度は砕けすぎだと小言を言われてしまうのだった。
▽
翌日、なるべく早く戻りたいという貝塚の意を汲み、早々の出発と相成った。
船が出るのは北にある浜の方角らしい。
「…行ってくる。」
「はい。行ってらっしゃい・・・。それとこれを。長い旅路になるでしょうから。」
そう言って阿斗里が手渡したのは、数着の着替え用の衣服。
「気を付けて行ってきてください。」
「叔父ちゃん、行ってらっしゃい。」
そう語り送るのは妻の弥奈と息子晴仁だ。
晴仁の髪は黒いが、瞳は父を受け継いだ綺麗な青色をしている。
勿論彼らだけでなく、見送りには多くの者たちが集まってくれていた。
「会うのはこれが最後になるかもしれねえな。刀一郎、こいつを持ってけ。」
鉄志が渡してくれたのは、綺麗な波紋の浮いた見事な『短刀』だった。
白鬼を模したのか鍔はないが、これはまさしく刀と呼ぶにふさわしい出来だろう。
「これは、何と美しい。」
「へへ、やっとこれくらいは打てるようになってよ。弟子達にも教えてんだよ。」
鉄志は嬉しそうにしながら、これを名物にしてやると言って豪快に笑った。
「刀一郎君、向こうに行っても元気でやるんだよ。後、もらった木彫りの人形とかは店に飾っておくね。」
そう、刀一郎の自室に積まれたガラクタもとい、芸術品の数々は全て天元の元へと渡った。
ちなみにこの男、連れ合いをもらい子供を二人儲けている。
「刀一郎、その武勇が伊邪那まで届く日を待っているぞ。」
「自分も待ってます。きっと刀一郎さんならどこへ行っても重宝されますよ。」
長い付き合いになった都留岐と竜は、少し目に涙を浮かべている。
「刀一郎殿、度々稽古をつけて頂き有難う御座いました。これからは我々が伊邪那を守っていきます。安心して旅立ってください。」
「俺も同じ気持ちです。後、叔父さんに宜しくお願いしますね。」
伊助に至、二人とも頼もしい守りであると刀一郎は笑みを零した。
そして勿論、愛馬である波風は一緒に向かう。
「では皆っ!達者でなっ!」
手を高々と掲げ、愛馬の腹を叩き走り出す。
それを見た貝塚達も同じように馬を走らせ、慣れ親しんだ地を後にした。
向かう先は、新しい出会いの待つ遠き南の地にある都。
刀一郎の胸には、寂しさと同じくらいの興奮が湧き上がっていた。




