第五話 文明の匂い
「貴様こそ何者だ?ここで何をしている?」
どうやら兜に羽を付けたこの男が集団の頭目らしい。
切れ長の目に黒々とした逞しい髭、そして鍛え上げた体。
背も刀一郎より頭一つ分以上高かった。
その立ち姿もまた油断なくこちらを捉えている。
互いの間にピリピリとした空気が漂い、先に口を開いたのは刀一郎。
「この先の集落が賊に襲われた。その仲間かと思うたがどうやら違うらしい。大変失礼した。」
そう判断したのは勘としか言いようがない。
刀一郎の戦士としての勘が告げるのだ。
この男はそんな野蛮な行いをする者ではないと。
「何だとっ!?して、その賊はどこへ行ったっ!?」
鋭い剣幕に一瞬たじろぐが、刀一郎は冷静に状況を伝えた。
すると男は、正面に立つその姿をまじまじと眺める。
そして豪快に笑った。
「はっはっは、どうやら嘘はついておらんようだな。どうだ?その集落へ案内してはくれんか?」
刀一郎は一瞬悩んだが、この男は悪い男ではないと不可視の何かも告げている。
ついて来いと林へ身を翻すと、一団もその後に続いた。
「俺は伊邪那村の兵長をやっている都留岐だ。宜しく頼む。」
そしてその大きな体から伸ばされた手を掴むと、自らもまたそれに応えるのだった。
▽
集落に着くと意外にも怖がる者はあまりおらず、珍しい物を見たと言わんばかりに皆が続々集まってきた。
集落の者たちはこの男たちの装備が珍しいのか、これは何だと言いながら遠慮なく群がっていく。
一行もこれには驚いたのだろう、体をべたべたと触って来る者たちに対したじたじである。
それから刀一郎は、頭目である都留岐を連れ天元の待つ家へと向かった。
「なるほど、つまり貴方方はあの賊を討ちに来たと。」
話を聞けば、あの賊どもはこの者たちの村でも悪さを働き、もう許せぬとなり討伐隊が組織されたとのこと。
聞くにその悪行、断罪されてしかるべきものであった。
賊は最低でも十人はいるらしく、この近くに潜伏している可能性が高いとのこと。
刀一郎はそれを聞きながら、己の不在時に何もなかった事実に安堵する。
同時に、少し離れた場所に住むあの老夫婦のことが気がかりになった。
だが賊がやってきた方向は、老夫婦の住む場所とは逆方向にあるので大丈夫かと楽観する。
「我々はしばらくこの辺りの捜索をしようと思っております。したがって、ここに逗留する許可を頂きたい。」
天元は快く快諾し、空き家となっている家屋を貸し与えた。
その迷いのない決断に困惑したのは都留岐の方。
よそ者がいきなり来て逗留すると言ったのに、何故こんなにも簡単に信用されるのか分からなかったのだ。
「私にやましいことなど何もないが、少し不用心ではないか?」
天元はそんな都留岐の困惑をよそに、快活な笑い声を響かせた。
そして視線を刀一郎に向けてから戻し、語る。
「今は刀一郎君がいますからね。何が来ても大丈夫な気がするんです。」
その言葉にほおっと息をついた都留岐は、刀一郎の腰に刺さった白い刀に目を引かれる。
それからじ~っと見つめていたかと思うと、視線を上げ告げた。
「その剣、少し持たせてもらっても構わないか?興味があるのだ。」
刀一郎は少し思案した後、鞘ごと前に差し出す。
そしてその美しさに溜息をつきながら、都留岐が手を伸ばし柄に手を掛けた瞬間であった。
「ぐぁっ!!!」
直後、何かに驚いたように投げ放ったのだ。
見ればその手の平にはやけどが出来ており、完治にはそれなりの日数を要しそう。
まさかこんなことになるとは思ってもいなかった刀一郎は、慌てて駆け寄り謝罪を繰り返す。
「い、いや、持ってみたいと言ったのは俺だ。しかし、その剣は一体…」
天元もこれには驚いていたようだったが、直ぐにいつもの表情に戻り経緯を説明し始めた。
都留岐は疑っているのか、それとも何か考えているのか、終始唸りながら耳を澄ませていた。
それと同じくして、刀一郎もあることに考え至る。
あの手の状態では満足に武器を握ることも出来ないのではないかと。
ならば、己が行くより道はないのではないかと。
「都留岐殿、頼みがあるのだが。俺が賊を探している間、この集落を守っていてはくれぬか。」
都留岐は唸り、思案した。
確かにこの状態の自分では満足な戦力になれないのは明白、ならば今の自らが出来ることを為すべきかと。
しかし己に課せられた職務を放棄することもまた、この生真面目な男には難しい事であった。
その狭間で揺れ動き、漸く結論に至る。
「あい分かった。俺の代わりに賊の捜索に掛かってくれ。部下には伝えておく。」
次の日の朝、集落の丁度真ん中辺りに討伐隊の面々が集まり、集落の防衛に残る者と捜索に出る者でそれぞれ準備をしていた。
勿論その中には刀一郎の姿もある。
かと言って、特に用意する物もないので手持ち無沙汰を隠せていないのだが。
その広場にはあの勇敢な老人と非業の死を遂げた女性も埋葬され、簡素ながら墓が作られている。
事前に説明を受けていた一行はその墓に手を合わせた後、決意新たに賊の討伐へと向かうのだった。
「兵長より聞いています。何でも凄腕の剣士だとか。頼りにさせてもらいますね。」
そう語りかけてきたのは、刀一郎と殆ど背丈の変わらない青年、名を『竜』と言う。
大仰な名前には似合わない気弱そうな印象を受ける男だ。
そしてこの男こそが、都留岐なきこの隊を率いる者とのこと。
これからする事を分かっているのかいないのか、その顔には緊張感のかけらも見受けられない。
しかし彼の纏う空気はどこか心地の良いものがあり、庇護欲を掻き立てられる。
刀一郎はそんなことを考えながら、いつも通りに大気を意識だけで掻き分け捜索に移るのだった。