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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第四十七話 時代が動く時2

皇歴を正式な暦とする前、都では天歴と呼んでいた。

そして、天實(あまさね)が先代の天津乃宮崩御に伴い位を継いだのが、天歴四百六十八年のこと。

この地は気候が温暖であり、滅多なことでは飢える者が大量に出るということもなかった。

だからこそ、北に領土を広げる必要も、無理に他を取り込む必要もなく栄えてこれたのである。

治める代々の天津乃宮が、幼い頃から心構えと様々な教育を受け、賢君揃いであったのも大きいだろう。

領土や国家という概念自体は古い書物に書かれていたおかげか、物語として語られている。

しかしこういう土地柄、国ではなく都は都のままあることが出来たのだ。

だが、ある出会いがその考えを根底から覆す事実をもたらした。


「名は?名は何と言うのだ?」


天實はまるで子供のような表情で目の前の異人に問うた。

異人は問われた言葉を咀嚼するように考える。

まだ完全にこの地の言葉を理解しているわけではないらしい。

すると、横にいた世話役らしき娘が天實に深々と頭を下げた後伝えた。


「宮様、私はこの者の世話役をしております九条咲野(くじょうさくや)と申します。」


華の刺繍がなされた綺麗な衣服をまとった凛とした娘。

そして天實はその姓に覚えがあった。

『九条流槍術』最大名門と呼ばれる惣万流に勝るとも劣らない名声を誇る流派の一つだ。

都では宮家始祖の神話にあやかり、槍術を最上としている。

そして九条流は、数ある流派の中でも五本の指には入るだろう。


「おお、九条流槍術の者か。」


「お見知りおき下さり光栄の至り。」


「よい。面を上げよ。して、お主が言葉を訳してくれるのだな?」


天實は状況を判断し、急くように問い掛ける。

そのあまりのはしゃぎぶりに咲野は微笑みを禁じ得ない。


「はい。その通りでございます。あ、この者の名はライアンと申します。」


名を知ることが出来、更に気分が盛り上がった天實は次々に質問を投げかける。


「海の向こうにはどれだけの国がある?どんな食べ物があるのだ?どちらに進めば辿り着ける?」


「宮様、問いは一つ一つお願いいたしますね。ふふっ。」


言われて気付き、多少の恥ずかしさを思えながらもコホンと咳払いをした後、続けて問い掛ける。


「まずは何を聞くべきか・・・。うむ、海の向こうの民はどのように暮らしておるのだ?」


その問い掛けに対し、咲野は何度かライアンとやり取りを繰り返してから向き直った。

天實を見つめる彼女の表情は、思いのほか硬い。


「宮様、これから話すことは御身にとって残念な事実かもしれません。しかし、全て(うつつ)です。」


その表情がこれから語ることの厳しさを物語っていた。

空気が引き締まるのを感じ、天實も浮かれた気分を引き締め耳を傾ける。


「海の向こうに広がる世界は強き者が弱き者から全てを奪う。残酷で厳しい世界だそうです。」


その言葉を聞き、天實は夢見心地だった頭が冷えていくのを感じていた。

海の向こうにはどんな世界が広がっているのだろうと、さぞや素晴らしい世界だろうと弾んでいた心が萎んでいく。


「そして、ここからが一番重要なのですが、その者達はいずれ必ず、この地へもやってくるだろうと。」


この都とて楽園ではない。

それなりに罪を犯す者はいるし、悲劇的な出来事だってある。

だが、それはほんの一面であり、殆どの者達は毎日を楽しく過ごしている。

天實は冷えた頭でライアンの姿を視界に収めた。

すると、今まで気付かなかったのが嘘のように体中の傷が目に入ってくる。

火傷の痕、斬られた痕、何かが肉を抉った様な痕、消えない傷が体中に無数点在しているのだ。


「……真なのだな。そしていつかはこの地も、そのような争いに巻き込まれるというのだな?」


天實はライアンの瞳を、その奥を覗き込んだ。

その様な残酷な世界から来た者が、果たして善き者であるのか否か。

ジッと覗き込んでいると、その者の在り方が見えてくる。

これこそがこの地を収めてきた一族の力、超常的な力を持っていたと言われる始祖の残り香。


「怒りに燃えておるのだな、ライアン。それは…誰に向けてのものだ?」


ライアンは息を呑んだ。

まるで心の奥底まで意識が覗かれているような恐怖を感じた。

気付けば知らず知らずのうちに、頭を地にこすれる程下げてしまっている。

基本、天實がこの力を使うことは無い。

それだけ、今すべき選択の重要性を物語っていると言えよう。

一方、咲野も始めて見る光景に息を呑んでいたが、我に戻りライアンに何やら語り掛けた。


「宮様、ライアンが怒りを抱いているのは、残酷な世界に立ち向かえなかった己自信だそうです。」


「そうであったか。いや、試すようなことを言ってすまなかった。本当は分かっていたのだ。悪しき者でないことは。」


覗き込んだ時垣間見えた感情、一番強いのは怒り。

しかし、その陰に隠れて、何かを守りたいという意思もしっかりと根付いていた。


「ミヤサマ、ワタシハ…マモリタイ。コノチヲ。」


それからの天實の動きはまさに賢君と呼ばれし者のそれであった。

自らが陣頭に立ち、軍というものを知るライアンの助言を借り、強権を使ってでも為すべきことを為していく。

そして、それからわずか二年後、国家の建立を宣言した。



▼▼▼▼



それから年月は経ち、天實は月を見上げながら語る。


「雷安、この地に住まう皆が仲良く笑える日がいつかは来るだろうか。」


世界中の、と言わない所が賢君と呼ばれる所以かもしれない。

全てを救うことなど出来ないならば、この地の者だけはせめてという意思を感じる。

雷安は、あの時から命を天實に捧げたつもりだ。

主の求む世界の実現に自らの全てを賭けると。


「必ズ。この地脅かす者は必ず報いを受けるでショウ。」


数日後、正に少数精鋭というべき豪傑たちが海を渡り北へと向かうのだった。

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