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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第四十五話 穏やかな時

吐く息が白くなってきた。

空からはチラチラと雪が舞っている。

その日、伊邪那で新たな命が誕生した。

奇しくも伽耶が亡くなった日からちょうど一年目の冬であった。


「おぎゃぁっ、おぎゃぁぁぁぁっ!」


取り上げた助産師が湯で赤子を洗い、母のもとへと戻す。

赤子を生んだ弥奈は疲弊した顔ながら健常な状態を保ち、笑顔を浮かべている。

少しずつ変わってきてはいるが、まだまだ出産は危険な行為。

不幸な事故とて少なくはない。

しかし、そのような不幸に見舞われることは無く、阿斗里と弥奈、北村夫妻は元気な男の子を授かった。

その子を抱く阿斗里の目からは大粒の涙がこぼれている。

名は【晴仁(はるひと)】と名付けられた。



翌日から北村宅には祝いの為、多くの者が入れ代わり立ち代わり訪問した。


「出産後は体力が落ちているはずなので、これを小匙一杯白湯に溶かして飲ませてください。」


「有り難うございます天元さん。」


天元が滋養強壮の為に煎じたものを手渡すと、


「俺からはこれだ。結構頑張ったんだぜ?」


鉄志からは見事な造りの鉄の短槍。

だが、祝いの席で武器を送ることに多少の後ろめたさがあるのか、少し申し訳なさそうにしている。

そんな鉄志を見て少し笑みを零しながら阿斗里はお礼を告げた。


「これは我が家の家宝にしますよ。」


「やめろって、そんな大袈裟な。ガキがでかくなるまで俺が生きてりゃもっと立派なの作ってやるよ。」


そんな言葉を吐いた鉄志は、またも余計なことを言ったと口をつぐんだ。

確かに誕生を祝う席で死を連想させる言葉は無粋だろう。

続いて刀一郎が何か渡す番になるのだが、珍しくその表情は緊張していた。

というのも、刀一郎が持ってきたのは、あの木彫り名人から買った一品。

その中でも自身が最も気に入っている、槍の男と龍の戦いをかたどった作品だった。


(これはどこに出しても恥ずかしくない名作だ。だが、祝いの席に相応しいかと言われれば……)


その大きさから背に隠そうとも既に見えてしまっているのだが、刀一郎は何となく差し出せずにいた。

その姿がどうにも可笑しく皆一様に笑みを浮かべている。


「何やってんだ、早くそれ出せって。」


痺れを切らした鉄志が殆ど無理やりに、刀一郎から背に隠した大きな木彫りを奪い卓に置いた。

それを改めて見た一同から感嘆の息が漏れる。


「これはまた見事な…いいんですか刀一郎さん?」


「か、構わぬっ。寧ろ貰ってくれねば俺の立つ瀬がない。」


正直名残惜しい刀一郎は、己の未練を断ち切る為にも強く言い切る。


「うわぁ、凄いですね。もしかしたら都の方にはこんな生き物がいるんでしょうか?」


赤子を抱き抱えながら、弥奈もその出来栄えに溜息を漏らす。

そんな中、何故か鉄志だけは微妙な表情をしていた。

そして一度咳払いをした後、口を開く。


「ああ~、やっぱり言っとかなきゃなんねえよな…」


声に反応し、一同の視線が鉄志に向いた。

一度に視線を浴びた鉄志は、更に話しにくそうにしている。


「実はその像な。皇国宮家の始祖、その神話をかたどったものなんだよ。だから~なんだ…」


恐らく皇国とはこれから色々あるだろうと予想される昨今。

長である阿斗里自身が、相手国の象徴ともいうべき存在を有難がっていては支障をきたすだろう。

一方、そのようなものだとは全く知らなかった刀一郎。

祝いの席を汚したと思い項垂れる。


「ああ、そうなんですか。ふふ、でも問題ありませんよ。寧ろこれを大切にしていることで、交渉は良い方向に進むかもしれません。」


項垂れていた刀一郎はその言葉に驚きの表情を浮かべる。


「本当ですよ?自分が大切なものを同じく大切だと思ってくれる者を、無下には出来ないでしょう?」


「なるほど、確かにそうですね。しかも、これほど見事な像であるなら猶更でしょう。」


刀一郎を気遣ってか、天元も阿斗里の言葉に同調する。

すると単純なもので、それもそうだとさっきまで項垂れていた男はすっかり元通り。


「そ、そうであろうっ。見事な作品なのだ、これはっ。」


「ええ、本当に良い贈り物を有り難うございました。」


そんなやり取りをしていると、赤子の大きな泣き声が響き、邪魔にならないよう男達はその場を後にするのだった。



▽▽▽▽



それから暫くは穏やかな時が続いた。

危惧していた海の向こうからのちょっかいも鳴りを潜め、正に平和であった。

移住の者は断続的に続き、人口は着実に増え、都と名乗るにふさわしい賑わいになっていく。

そして季節が数回廻った時、人口は二万を超えるまでになっていた。

だが、平和とは尊いからこそ誰もが愛するものである。

ある日、皇国から使者がやってきて告げた。


「海の向こうの勢力がこの地に迫っております。我が皇国と一つになり、共に手を取り合い戦いましょう。」


かつて集会所と呼ばれた建物は、二階建ての立派な役場に様変わりしていた。

そして都長の自室は二階にある。

その自室で皇国の使者を前に、阿斗里は口を真一文字に結び悩んでいた。

阿斗里とて現実を見ることの出来る男だ。

この伊邪那だけで外国勢力に抗えるとは思っていない。

だが、『一つとなり』という部分にだけはどうしても頷けなかった。

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