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白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
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第四十四話 姓の悩み

役場で一人の男が唸っていた。

ご多分に漏れず苗字を得るための申請にやって来たのだ。


「刀一郎さん、まだ決まりませんか?後日でも構いませんよ?」


受付の女が後ろに並ぶ者たちに目を向け語る。

要約すれば、邪魔になっているからどけ、ということだ。

その視線につられ刀一郎も後ろを見ると慌てて譲った。

交付から二月以上も経ち、もう殆どの住民は姓を得ている中、刀一郎は未だにこれと言ったものを決められていない。

焦りもあり、何とか決めようとはするのだが、いざその時になるとどうしても決められない。

それというのもこの姓というものは、一度決めたらそう簡単には変えてはならぬとのお達し。

名とはその者を表す記号であり、人として一、二を争うほど大事なものだ。

なればこそ、悩むのも無理からぬことだろう。


「今日も決められなんだか…」


通りを歩きながらぼそりと呟きが漏れる。

一応役場から例として様々なものが上げられているのだが、どうにもしっくり来ない。

殆どの者がその中から選んでいるにもかかわらずだ。

見知った中だと天元は木本(きもと)、竜は石村(いしむら)、都留岐は大村(おおむら)


「む?そういえば…」


そうして考えていると、ある重要な男が抜けていることに気付いた。

そう、鉄志である。

鉄志が役場で苗字の申請をしたとは聞いたことが無く、もしかしたら自分と同じで悩んでいるのかもしれないと思い、伺うことにしたのだ。



鍛冶場に着くと、鉄志は相も変わらず忙しく作業している様だ。

槍が一番多く並ぶが、所々には以前ラスが持っていたあのおかしな弓も並んでいる。

そして刀一郎の目を引いたのは、反った片刃の剣。


「お?何だ、どうした?ああこれか。お前の真似て作ってみたんだが、どうにも形だけだな。出来が悪い。」


鉄志が不満そうに言葉を吐くが、刀一郎にはどうすることも出来ない。

そもそも刀というのがどういうものであるのか、それさえも分からないのだ。

形だけを真似るなら出来るだろうが、その中身ともなれば製法を知らなくては話にもならない。

そこは鉄志の職人としての腕に賭けるしかないだろう。


「鉄志殿、姓をまだもらってはいないのではないか?良かったら…」


「はあ?俺は元々あっちの都の人間だ。最初から【志藤(しどう)】って苗字持ってんだよ。」


刀一郎はその返答を聞き肩を落とした。

この男と共に考えればいい名が浮かぶのではないかと期待していたのだ。


「何だおめえ、まだ決まってねえのかよ?いっそ俺が決めてやろうか?」


へへッと笑いながら鉄志が語る。

刀一郎としてはそれも悪くないと思った。

このまま悩んでいても、結局妥協で決めるしかなくなるだろう。

ならば、この都きっての博学であるこの男に任せるのもありだと。


「うむ、ならば頼む。」


「は?本当に俺に任せる気かよ……はぁ~~っ。」


鉄志は大きなため息をついた後、虚空を眺めぶつぶつと何やら呟いている。

そしてうんうんと唸り、何か納得したように口を開いた。


「保留でいいんじゃねえか?坊主には俺から言っとくからよ。大体お前の名付け親になんぞなりたかねえぞ。」


というわけで、結局保留のまま過ごす事と相成った。



▽▽▽▽



数日後、刀一郎は波風に跨り街道を南西へと駆けていた。

いつも通り護衛の任務を頂戴したのである。

ここ最近は南からの移住が多く、護衛の依頼でそれなりに懐も温まっていた。

今までは不思議とそっち方面からの移住が少なく阿斗里も首を傾げていたのだが、最近意外な理由が判明したのだ。

何でも最近こちらに移住してきた【惣万至】が、伊邪那から見て南東方面から南西方面へと旅しながら、修行と称して賊の相手を祖父にさせられていたというのである。

聞けば、彼らはたった二人だけで殆ど仙人のような暮らしをしていたようだ。

そして彼らに追われる様にして賊は北、若しくは西へと移動していたらしい。

これには負の側面もあり、そのせいで西からやってきた異人と出会い手を組むという形にもなったのだろう。

更に結果として、守り手(本人に自覚無し)がいなくなり不安を感じた南の村々から移住が増えたという流れになる。


「世の中、色々な事が繋がっているものだな。」


阿斗里からこの話を聞いた刀一郎は、世の不思議を感じた。

まるで関係のなさそうな出来事が実は繋がっており、もしかしたら今自分が踏みしめる一歩さえ何かを変えているのかもしれないと。


「あ、刀一郎さん。お疲れ様です。」


今回の移住組の護衛には、この状況の元凶である至と他数名が送られていた。

全員が槍を携えており、更に至以外は自動弓も腰にぶら下げている。

至はこの辺りで守護者と呼ばれ本人の自覚無しに有名である為、安心感を与えるという理由もある様だ。

そのせいか、今までの様な緊張感が移住者に見られない。


「では、準備も済んだようなので行きましょうか。」


道中は平和そのものだった。

何も起こらず、起こったことと言えば荷馬車の車輪が外れたことくらいか。


「いやぁ、刀一郎さんまで付けるのはちょっと過剰戦力過ぎましたね。」


自覚のない守護者は都に着くまでの時間、まるで散歩でもしているかの様な笑みを浮かべていた。

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