第四十三話 頼もしい味方
刀一郎が賊の探索から戻って三月が経った。
その少し前、村の人口がついに一万を超えたことを受け、ある報告が長である阿斗里から為される。
それは各区の長から住民へと伝わり、公布されたのだった。
「伊邪那乃都か~。何つうか名前が変わっただけでも気分変わるもんだな~。」
道行く男が語る。
その表情はどこか浮かれているようにさえ思われた。
都とは本来、王の住まう場所をいうらしいが、国を作ろうというならそう名乗るくらいの意気込みは必要だろう。
「南に天津、北に伊邪那ってな。これからそう呼ばれるように俺らも頑張んねえとな。」
商いを生業とする者同士が顔を付き合わせ、そんな雑談に花を咲かせる。
「でもよ、何か税ってのが取られるようになるんだろ?」
「それなんだけど、この村、いや、都を守るために必要な事らしいし仕方ねえよ。」
「まあな、規模がでかくなりゃそれだけ悪いやつも増えるだろうからな。」
実は裏話ではあるが、この話をしている者の中には所謂『桜』が紛れ込んでいる。
阿斗里としては取りたくない手段ではあったが、状況によって清濁併せ呑む事は必要だ。
只、もしバレでもしたらその権威と信頼は一気に地に落ちるという危険性も孕んでいるのだが。
そうもいっていられない状況に周辺が様変わりしているという証拠でもある。
そして役場には今日も色々な者が集まってきていた。
「憲兵の職に就きたいのだが、腕なら覚えがある!」
男はそう言って力こぶを見せつける。
今、この町では兵を随意募集中であり、毎日のように外から腕自慢が押しかけていた。
だが、その殆どが本当にただ力が強いだけの者であり中々良い人材は見つからない。
そんな中訪れたのは、見た目も小柄で気弱そうな青年だった。
「あの、すいません。門兵の職を募集してると聞いて来たんですが。」
役場受付の女が一瞥して、これは駄目かもと思う様な見た目。
しかしそう思っても受け付けるのが仕事、一応名前と年、何か得意なことは無いかと聞いてみる。
「惣万至です。えっと、十八歳です、その・・・槍を使えます。祖父が都で道場をやってたらしいです。昔の事ですが・・・。」
「へぇ、既に姓をお持ちなんですね。では、まずはそちらで腕前を見せてもらっても宜しいですか?」
伊邪那でも都へと名を改める際、住民に姓を名乗ることを義務付けた。
その為、今役場ではその対応で大忙しなのである。
だが、この町の者達は知らない。
惣万という名が持つその意味を。
槍術を最上とする皇国に於いて、代々最強の使い手を輩出してきた名門であることを。
「よし、そこにあるものから選んで持つがいい。」
試験官を務めるのは、都留岐に認められた腕前を持つ憲兵の男緑山喜平である。
得物は喜平が木剣、そして惣万と名乗った青年が取ったのは木の棒。
「うん。良い選択だ。初心者は長い得物を使う方がいい。では、好きに打ち込んで来い。」
「は、はい。では、行きますね。」
開始を宣言したその瞬間、青年の持つ棒の先は既に喜平の喉元に突き付けられていた。
試験会場は役場からも丸見えになる場所にあり、職員や苗字を得る為来ていた多数の住民が、その光景に目を見開いて驚く。
「お、お前は一体…何者だ?」
緑山喜平は無能ではない。
都留岐が腕も人格も申し分なしと太鼓判を押した男なのである。
これが性根の歪んだ男であれば恥を掻かされて怒るところだが、喜平は中々に大きな懐をしており、素直にその力を認めていた。
「何者…と、言われましても…」
謙遜ではなくこの青年も知らないのだ。
今は亡き祖父【清十郎】こそが、現皇国最強の男【惣万次良】の師であるという事実を。
「気弱な性格は気に掛かるが…合格だ!文句なし!」
「あ、有難う御座います!い、一生懸命働きます!」
報告は喜平の口からすぐに阿斗里へと上げられた。
ちなみに、阿斗里の姓は【北村】である。
「阿斗里様!あの青年は刀一郎殿と並んでこの町の主戦力に成り得ますぞ!」
このすぐ後、喜平は至へと頭を下げ弟子入りを懇願した。
一回り以上も年下の人間を素直に認め教えを請う。
こういう所が都留岐も買っている所だった。
一方そんな懇願を受けた至、最初は何とか断っていたが、その粘りに負けついに指導するようになる。
そしてそれを見た他の兵達も続々と教えを請い、結局全ての兵が槍術を嗜むことになっていくのだった。
▽▽▽▽
ある日、噂に興味を持った刀一郎も至の元へと馳せ参じる。
「主が惣万殿か?噂を聞いて興味を持ってな。手合わせを願えんか?」
「え?俺が刀一郎さんとですか?まさか…それ抜かないですよね?」
視線は白鬼へと向かっていた。
「勿論だ。お互い木の得物でやろうではないか。」
「そ、そういうことならお相手させていただきます。」
刀と槍、得物は違えどお互いに興味はあったのだろう、その顔はどちらも少し嬉しそうだった。
そして開始された試合はまさに一進一退の攻防となる。
ゆらゆらとした動きで芯を掴ませない至に対し、獣の如き俊敏さでそれに迫る刀一郎。
見る者に息をもつかせぬその攻防は長く続き、噂を聞き付けた観衆も集まってきた。
「ふぅ…ここまで…か。」
「あ、有難う御座いました…はぁ~っ…はぁ~っ。」
結局勝負はつかず、至にも仕事があるということで切りの良い所でお開きとなった。
だが、刀一郎には分かっていた。
至は本当の意味で実力を発揮していないということが。
恐らくそれは、こんな場所と木の棒などで発揮出来る様なものではないのだろう。
そしてそれは刀一郎にも言えること。
今は只、頼もしい味方が出来たことを嬉しく思い、露店通りへと足を向けるのだった。




