第四十二話 夢を見る異人
刀一郎が村に戻って三日後、竜と移住組一行もようやくたどり着いた。
流石に歩き疲れたのか皆息が荒いが、新天地にたどり着いたことに興奮も禁じ得ない様だ。
▽
そして彼らが返り着いた翌日、刀一郎は役場にいる阿斗里のもとを訪ねた。
「阿斗里、異国の者から何か有益な話は聞けたか?」
そう、刀一郎が捉えた褐色の肌の異人、その扱いがどうなったのか気になっていたのだ。
見る限りあの者は既に戦う気力を亡くしており、そんな者が嬲り者にされるのはどうしても胸がモヤモヤするらしい。
斬る時は容赦のない男だが、変な所で甘い男なのだった。
「ええ、抵抗らしいものもなく言葉も通じるので結構容易かったですよ。会ってみますか?」
「会えるのか?」
「勿論、悪い人ではなさそうですし、然るべき手続きを踏んだら住民になってもらってもいいかもしれません。」
阿斗里の発言に多少の驚きを見せながらも、役場の近くに作られた簡素な一室に案内される。
中に入ると、異国の男は木の床に大人しく座っており、借りてきた猫という表現がぴったりな姿だ。
入ってきた刀一郎に少し怯えた表情を見せたものの、何もする意思がない事を悟るとほっと息を吐いた。
「聞いた話を確認しながら私が説明しましょう。」
「確かにその方が早いな。頼む。」
コホンと軽く咳をした後、阿斗里は知り得た情報を語り始める。
「この人の名はラス。どういう立場の者かについてはこちらに相応する言葉がないので何とも言えませんが、従者の様なものです。」
口振りから阿斗里はそれについて知っているようだが、語りたくない事なのだろうと刀一郎は判断し聞き流した。
「今の所属は【ガラリア】という国です。」
「今の?」
「ああ~、何と言いますか、武力により制圧され無理矢理組み込まれたという意味です。」
その言葉を聞き、刀一郎の眉間に思わず皺が寄る。
弱肉強食は世の常なれど、あまりに一方的ではただの弱い者いじめである。
武人として得るもの無き戦いは愚者の行いとしか見えない。
「良い情報としては、そうやって勢力を拡大しているお陰でこちらに回す戦力が無いということですね。」
「なるほど。色々な所に進軍し過ぎて兵力が追い付かんと。指揮を執っているのはまさに愚か者だな。」
「ええ、ですが圧倒的な物量を誇るらしく、この地が有益だと見れば多くの兵を送るでしょう。」
話を纏めると、今の所はこの地にそれほどの価値を見出していないらしく、送っているのは殆どが従属させた国の者。
しかもそのやり方は家族を人質に取るという卑劣なものだった。
「むう、何とも胸が痛くなる話だな。すると俺が斬ったもう一人も同じか?」
ラスは言葉を発することなく、ただ目を見つめ頷いた。
その反応からは、ありありと罪悪感が滲んでいる。
例え仕方のない境遇だったとしても、自分の犯した罪は消せない。
そのことを良く理解しているのだろう。
「次に悪い情報ですが、先ほども言った通り彼らにとってラスは只の使い捨てです。当然重要な情報は与えられていませんでした。」
「当然のことではあるな。ふむ、ならばあの大きな異人を生かしておくべきだったか。悔やまれるな。」
「いえ、話を聞けばそのような余裕はなかったと思うので、気に病む必要はないかと。」
項垂れる刀一郎を気遣ってか、阿斗里は極めて明るい声で伝える。
「それに、今までは全貌すらつかめていなかったことを考えれば大きな前進です。」
「そう言ってもらえると気が楽になるがな。」
「本当ですよ。やはり刀一郎さんは頼りになります。」
煽てられれば、先ほどまでの神妙さはどこへやら頬を緩ませた。
この男、性根は極めて単純なのである。
「ちなみにですが、彼らの国はここから南西の海を渡った先にあるそうです。多分それも正確ではないでしょうけどね。」
「おお、海の向こうか。いつかは行ってみたいものだ。」
「私は残念ながら同行できそうにありませんが、その時は土産話を聞かせてくださいよ?」
そんな二人の楽し気な会話に聞き入っていたラスも、いつの間にか表情に柔らかさが戻っていた。
そんな自分の事を思い、一体笑ったのは何時以来だったかと思い耽る。
少なくとも、言葉を覚える為ここに送られた五年間は覚えがなかった。
(我らの国にも、このような強く真っ直ぐな男がいたならばあるいは…)
ありもしない情景に思いを馳せると、自然と故郷が思い出されポロポロと涙がこぼれた。
「な、どうした!?どこか痛いのか?」
「チガウ、叶うナラバ、国帰るトキ、お前とユキタイ。」
ラスはそう語り、いつか来るかもしれない夢を思い描いた。
「そうか。それがお主の夢か。ならば、いつの日か夢を叶える為この地を守らねばならんな。」
「そうですね。この地が落ちたら、もう永遠にそんな日は来ないでしょうからね。」
▽▽▽▽
それから暫く経ったある日、住民となったラスは村の憲兵へと志願した。
異人を見たことのない者も多く、最初は物議をかもしたが、働きぶりが評価され徐々に馴染んでいった。
通りを歩いていると、刀一郎も時々その姿を見かけることがあった。
その瞳は以前のくすんだ色ではなく、まるで子供のように輝いている。
恐らくこれこそがラス本来の輝きなのだろうと、微笑ましく眺めるのだった。




