表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白鬼  作者: 遠野大和
第一章 旧世界編
4/479

第四話 惨劇の跡

賊らしき男たちを片付けた後、それらが出てきた家屋へと入る。

中は夥しい血で染まっており、死臭以外の様々な匂いも混じっていた。

見回すと見た目はまだ老齢とは言えない程度の女性が、無残な姿を晒しているのを発見。

それは凌辱の限りを尽くされ、生きたまま裂かれたのだろうか、顔は苦悶に歪んでいた。


「惨い事をする。この所業、まさに悪鬼だな。」


刀一郎はこの惨状を見るに、楽に殺すべきではなかったとさえ思ってしまった。

そして女性にそっと手をかざし瞼を閉じると、手を合わせ何かに祈る。

刀一郎自身その行動の意味を理解出来なかったが、何故かこうしなければならない様な気がしたのだ。

そうして僅かな時を過ごし表に出ると、他の家屋も見て回る。

すると意外にも、この老人と女以外の犠牲者は見当たらなかった。


「刀一郎君、どうやら彼ら以外の者たちは逃げ出すことが出来たらしい。」


粗方見終わった頃、天元と共に初老の男が歩み寄ってくる。

それと同時に向こうの林からは、先ほど猪を食すため集まっていた者たちも戻ってきたようで、遺骸を発見すると皆一様に血にまみれた老人に縋り泣き続けた。

その光景を見やるに、この死した老人は皆の精神的支柱であったらしい。


「源蔵さんが囮になって、奴らを食い止めたんだ。トメさんは足斬られで逃げられねくてっ。」


初老の男は涙を堪えきれず、嗚咽を漏らしながら語っている。

話を聞けば聞くほど、この男の死にざまは誇るに値するものであった。

そして集落に人が大勢いればこんなことにはならなかったのではないかと思い、刀一郎は一人責を感じていた。

勿論こんなことが起こるなど誰にも予想できるはずもないが、それでも責任を感じずにはいられなかったのだろう。

もしかしたらあの男達は、この時をずっと待っていた可能性すらあるのだから。

それを思えば浮かばれず、善意が仇となることもあると知り刀一郎は一人ふさぎ込んだ。

だが天元はそんな背中に優しく語りかける。


「刀一郎君のせいではないよ。これは遅かれ早かれ起こることだった。寧ろ君がいたからこそこの程度で済んだんだ。」


語る瞳は赤く染まり、涙を隠しながら気丈に振舞う。

その姿は痛々しく、慰めの言葉を掛けられても刀一郎の心が軽くなることは無かった。

そしてまだこの様な者たちがいる可能性を考慮し、暫くはここにとどまることを決意したのだ。



▽▽▽



それから数日経つも、集落は平和そのものだった。

刀一郎は天元のもとで居候の身分と相成り、最近知ったのだが天元は薬草などの知識に富んでおり、この集落では薬師としての役割を担っているらしい。

そして当たり前のことだが、この住人の少ない集落ではそれぞれが決まった役割を担っていた。

その為、刀一郎も何かしなければ申し訳が立たぬと考えたが、その度に宥められる。


「いいがら、いいがら。何にも食わせねえ上に守ってもらってんだがら。せめでゆっくりしてけろ。」


そう言われては好意を無碍にするのも悪いと感じ引き下がる。

刀一郎は数日でこの集落の全員と顔を合わせたが、主食は麦と呼ばれるものを挽き練って焼いたものらしい。

畑の規模はそれほど大きいとは言えないが、集落の皆が食べていける程度の収穫はあるとのこと。

一応家畜もいるが、牛が二頭だけ。

恐らくだが、賊たちも引き上げる際には戦利品とするつもりであっただろう。

そしてここで暮らしている者は、その殆どが老人もしくは初老と言っていい年齢。

数は全ての者を集めても二十三人、いや今は二十一人か。

無残な死を遂げたあの女性がこの村では一番若い者だったと聞き、刀一郎は更にやるせなくなった。


「とは言え、ただの居候ではな。せめて勤めを果たすとするか。」


独り言ちると、あの男たちがやってきたと聞く林の方角へ向かう。

そして木々の前に立つと目を瞑り瞑想を始めた。

直後全神経を不可視の粒子へと委ね、まるで意識だけが体を離れたように木々を描き分けていく。

この現象によって見ること等は出来ないが、そこにある物の形を知覚することは出来るのだ。

それから掻き分け掻き分け、一里(約4㎞)ほど進んだ所で何かの集団を感知した。

数は十七。

恐らく人であることは分かるが、賊であろうか、或いは近くの集落から来たのかもしれない。

判断付かず、天元へと尋ねることにした。


「一里ほど…いや、そんな所に集落はないはず…」


ならば賊の可能性が高いと思案する。

しかし、それを確かめるにはこの集落を一度離れなければならない。

たった一里の距離、半刻(約一時間)も掛からないであろう。

しかし刀一郎はあの惨状を思い出してしまい、それが打って出ることを躊躇わせた。

そんな迷いを感じ取ったか、天元がその背中を押す。


「行ってきてくれるかい刀一郎君。我々なら大丈夫だよ。長い事ここで生きてきたんだから。」


天元は優和な笑みを浮かべ、自慢の剣士を送り出した。

その思いに背を押される様に刀一郎は勢いよく駆け出す。

不可視の知覚を最大限に使い、障害物を事前に察知し駆け抜ける。

見る者が見れば、この男もまた物の怪の類に見えたであろう。

そしてついにその集団を近くに捉えた直後、素早く木の陰に身を隠し身なり素性の確認作業に移る。


(少し消耗したか。だが、この者たちの確認が先だ。)


慎重に木の脇から顔をのぞかせ、その者達の風貌を見やる。

格好を見るにどこかの武者の様だ。

胴体を覆うだけの丈の短い木板を纏い、革靴らしきものに木製の具足。

兜も木製で、集団の中に一人だけその天辺に鳥の羽を付けている者がいた。

腰には矢筒がぶら下げてあり、弓は背に、腰には刃物らしきものも見える。

そして手には槍を持っていた。


(槍の穂先は…鉄か。鉄があるのか。)


己のことは思い出せぬが、何故か戦いの知識は時折湧き上がるのだ。

鉄があることに多少の驚きを覚えたが、見る限りかなり貴重なものの様だ。

明らかに賊などとは違う様相に、多少の緊張を禁じ得ない。

だが、こうしていても何も始まらないのも事実。

刀一郎は意を決してその身を晒した。

そして集団が異変を察知、瞬間的に槍の穂先を刀一郎へと向ける。

その動きは統制が取れており、良く修練を積んだことを物語っていた。


「敵ではない……今の所はな。主らは何者だ?ここで何をしている?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ