第三十六話 迷い道
睨み合う両者の間にはピリピリとした緊張感が漂っていた。
異人は大きな剣を振り上げる様に上段に構え、両脇の側近は自動式の弓で刀一郎を狙い定める。
かたや刀一郎は刀身を右脇に、切っ先を後ろに下げ構える。
そして前方だけに意識を集中し、敵が攻撃に移る瞬間を探っていた。
(連射が利かぬことは確認済み。片方が放った瞬間、距離を詰めもう一人を斬るっ!)
刀一郎としては側近二人が同時に放ってくれれば与しやすいのだが、そうはいくまい。
向き合っているだけで分かる、修練を積んだ者しか持ちえない空気。
そしておそらく、敵側もそれは感じているのだろう。
両者睨み合ったまま、じりじりと僅かに足が動くだけの探り合いに終始している。
(向こうの者たちを追うためにもあまり時間は掛けられぬというのに…っ。)
焦ってはいけない。
刀一郎は己にそう言い聞かせるが、どうしても気は逸る。
ここで余計に時間を取られてしまえば、助けられる命を零してしまうかもしれないのだ。
パキッ。
それは誰かが小枝を踏んだ音。
刀一郎ではない。
だが、そんなことは関係なかった。
張りつめた緊張は、大気を震わす僅かな振動であふれだす。
「シッラ~リィ!」
巨躯の異人が何かを叫ぶと、側近の片方が矢を放つ。
その攻撃の意識を一瞬早く感じ取っていた刀一郎は、最小限の動きでそれを躱すと大地を蹴った。
「ファッチャッユ~ドゥイ!」
外したことに怒りが見える異人は声を張り上げる。
すると、もう一人の側近が迫りくる刀一郎目掛け矢を放った。
「…シィッ!!」
刀一郎は体を半身ずらしそれを躱すと、下段から振り上げた一刀で弓を断ち切る。
そして勢いそのままに踏み込み、返す刀で側近を斬り捨てた。
ちらりともう一人の側近へ目をやるが、まだ次弾の装填には掛かるとみて、巨躯の異人へと視線を向ける。
「ウォォォォォッ!!」
その瞬間、巨躯からは想像もできない素早さで振り下ろしてきた大剣を白鬼で受け止めた。
すると信じられないことに、まるで炉で溶かされる様にして触れた部分から崩れ刀身が落ちる。
「…サッチャシンズポシボゥ…。」
その光景には異人だけではなく、思わず刀一郎さえも愕然とした。
側近の男も呆然として完全に動きが止まっている。
「…フンッ!」
一瞬早く我に返ったのは刀一郎だった。
大剣を受け止めた体勢からそのまま上へと斬り上げたのだ。
その切っ先は異人の首元から滑り込み、顎から脳天までを割る。
僅かな静寂が場を包み込んだ後、巨躯が揺らいで崩れ落ちると血しぶきを上げた。
「…まだやるか?」
呆然とする側近に切っ先を向け、刀一郎は静かに問う。
「…お前にはカテナイ。」
男はそう言って首を横に振り、力なく答えた。
▽
刀一郎は判断を迫られていた。
村を襲うために進軍を続ける賊は追わなくてはならない。
だが、この側近の男と、足を斬っただけでまだ息のある賊が一人。
この者達をどうするのかという問題もある。
厳密にいえば足を斬った方はその内出血から息を引き取るだろうが、問題はこの褐色の異人だ。
刀一郎は考えながら、ずっと気になっていた小屋の中に意識を向ける。
その中の数人から感じるのは絶望、恐怖、どうしようもない怒り等が渦巻いた感情。
「…逃げるなよ。」
異人にそう告げ小屋の中を確認すると、想像していた以上に酷い有様であった。
まだ寒い時期だというのに薄衣一枚を纏ったまだ若い女が五人。
一様にこの地の者達ばかりであり、襲った村からさらってきたのであろう。
何をさせられていたかなど問うまでもあるまい。
賊たちの報酬の一つがこれであったことは明白だ。
「下種がっ。」
刀一郎は怒りから吐き捨てる。
だが、怒りに我を忘れ冷静さを欠くわけにはいかない。
「お主たちはどこから連れてこられたのだ?」
「あ、あっち…でも、わ、私たちの村は、多分…もう。」
その返答を聞き、刀一郎は更に困ってしまった。
賊を追うのが先決か、異人を捉えるのが先か、この者達の保護が先か。
悩んだ末、口を開く。
「お主ら、ここで待っていろ。安心するがいい、ここにはもう賊はいない。」
そう告げると、女達は一様に安堵の笑みを浮かべた。
「俺は残党を狩ってくる。いいな?大人しく待っているのだぞ?」
女達は不安そうな顔をしながらも、取り敢えずは納得したようだ。
外を出た刀一郎は、まず先ほどからうめき声をあげている賊に止めを刺した。
怒りからではなく、賊はここにいないと言った手前、生かしておくことも出来なかったのだ。
問題は残るもう一人の方だが。
「俺は離れていてもお前がどこにいて何をしているのか分かる。」
本当は分からないのだが、常識では考えられない現象を見た今なら通じると思っての脅しである。
「言いたいことが分かるか?」
刀一郎は白鬼を抜き放ち、その眼前に突き付ける。
異人の男は目を見開いて怯えていた。
「俺が帰るまでここにいろ。女達の世話をしてやれ……いいな?」
壊れた人形のようにかくかくと頷く異人を背に、賊の後を追うため刀一郎は駆け出した。




