第三十三話 忙しさの陰で
「白鬼が村を出ました。賊の討伐に向かったと思われます。」
「そうか。これで少しはやりやすくなるな。」
伊邪那村の一角にある民家、そこで男たちは囁くように語り合う。
白鬼とは言わずもがな刀一郎の事である。
理解できない力を持つというのは、それほどに厄介なことなのだ。
「カラスはどうした?」
「もうすぐ戻るはずです。」
彼らは皇軍所属、特殊作戦部隊の者達である。
彼らの任務は非常に多岐にわたり、時には先陣としての役割を果たすこともあれば、こうして潜むこともある。
ちなみに彼らはお互いを鳥の名で呼び合うのが習わしだ。
以前いた、番号で呼び合う者達と所属は同じだが、そこはそれぞれの個性といった所か。
この部隊の特徴は非常に少数精鋭であるという所だろう。
その時その時で、自らの判断において適切な行動を起こさなければならないのだから当然である。
短期間でそのような者達を育成できたのは、元からの下地が皇国にあったからに他ならない。
伊邪那村が同じことをしようとしても、まず上手くはいかないであろう。
情報収集を専門とした部隊は国内に向けての者達と、外に向けての者達で分けられている。
当たり前だが彼らは後者だ。
「戻りました。また移住者が来るようです。このままでは住民が一万を超える日も遠くないかと。」
「それはどうしようもない事だ、諦めるしかない。問題はどう争いなく併合へと向かわせるかだ。」
「しかし、独自の貨幣が流通してしまっている以上、難しいのでは?」
「それが難題だ。併合するためにはどうしても皇国に合わせてもらう必要があるのだがな。」
阿斗里がこれを最初から狙っていたわけではなかったが、途中からこの事実に気付いたことが、急ぎ貨幣の流通を促進した理由でもある。
そして、その甲斐もあり今この者達の頭を最も悩ませる問題となっているのだ。
▽▽▽
「なあなあ、ずっと南に言った所によ、皇国ってのがあるって知ってるかい?」
「ああ、聞いたことはあるな。それがどうした?」
この隊の任務は情報を収集することもそうだが、どちらかといえば情報操作に重きを置かれている。
その理由としては、収集に重きを置いている優秀な隊が他にあるということが上げられるだろう。
彼らがこの村にやってきたのはもう二年近くも前のことだ。
そうして長い時間をかけてその場に馴染み、集団の一部となっていくのだ。
「そこを治める宮様ってのはすげえ賢君だって話だぜ?」
「それを言うなら阿斗里様だって大した方だよ。」
「ああ分かってる。だからよ、争うようなことはしないでほしいよな?」
皇国とは、それを治める天津乃宮とは、どんな人物であるか時間をかけて浸透させていく。
そのやり方も緻密だ。
別隊の収集した情報を精査し、この村の中心とは遠い者たちを選んで情報を流していく。
こうすることでいざという時、情報の発信源が掴みにくくなるのだ。
その反面、伝わり方も緩やかなものになるのだが、それは仕方のない事だろう。
彼らの凄い所は、指示を受けて動いているわけではなく、殆どが独自の判断でそれを為している所だ。
「綺麗な服を着てるわねぇ。それはどこで買ったの?」
「これはね、都から流れてきたっていう商人に売って頂いたの。」
「その人まだいる?私も欲しいわぁ。」
人が物事を身近に感じる時、それは大抵その何かを連想させる物が身近にある時だろう。
品質という意味では、伊邪那村はまだまだ皇国の物には遠く及ばない。
そういった差異を上手く使い、皇国は素晴らしい場所だという意識を植え付けていくのだ。
「戻ったかスズメ。手応えはどうだ?」
「上々といった所だね。でもあまり目立つと気付かれるから、その辺が難しいかな。」
その手腕はまさに見事というしかなかった。
自らの容姿の良さを武器に、身に着けた姿を見せるだけで現物を相手に渡すことなく、素晴らしいものだという意識だけを広めていく。
例え怪しまれ調べられようとも、現物がないのではかなり難航するだろう。
最悪の場合、その隙に乗じて村から出ればいいだけである。
そして、また違う誰かが入れ替わり入り込むのだ。
阿斗里はとても聡明な男だが、気付いてはいても正直どうしようもないのが現実。
次々と起こる問題事に対し、今の所実害が及ぶわけでもない彼らに割く余分な人員もないのだから仕方がないだろう。
▽▽▽▽
それから一月後、天津乃都にある軍議の間。
「この報告によると、北の地でも賊が頻発しているとのこと。皆さんの見解をお聞かせ願いたい。」
皇軍総大将補佐、田中子明が問い掛ける。
その問いに対して一人の男が口を開いた。
「先の討伐で集団を指揮していた者に、明らかにこの地の者ではない輩がいた。」
それは軽騎兵隊隊長【小瀬川仁栄】であった。
年は三十五、体高は百七十といった所。
口を真一文字に結ぶ表情がこれまた似合う武人である。
「つまりこういうことか?雷安殿が常々言っていたことが遂に現実になってきたと。」
そう口角を吊り上げ語るのは、海上部隊隊長【水鏡玄奘】
年は四十一、体高は百八十五で黒々と日焼けした筋骨隆々の豪傑である。
水鏡の言葉を聞き雷安は静かに頷いた。
「そうなると北との連携が必要になってくるわけだが?」
総大将、南条兼続の一言で皆の視線は一人に注がれる。
「協力自体は出来るでしょう。しかし、我が国に組み込むとなれば話は別になります。」
問いに口を開くのは、特殊作戦部隊隊長【上山鋭介】その人である。
年はまだ二十五、体高百六十程度。
上山一族は代々皇族の裏の護衛を務めてきた名門であった。
そして表の護衛を務めてきたのが南条家であり、この両家は因縁浅からぬ仲。
国として名乗りを上げる際、天津乃宮よりこの役職を命じられ、そして昨年先代から当代の鋭介へと託されたのだ。
時同じくして南条家当主は総大将の地位を授かり、それを先代がどのような気持ちで眺めたかは鋭介にも分からない。
▽
数刻後、議論は取り敢えずの決着を見せた。
そして締めとして口を開くのはやはり総大将の役目であろう。
「この地の在り方は今劇的に変わろうとしている。各々後れを取らぬよう精進せよ!」
各隊の面々に檄を入れると、傍観していた天津乃宮へと一礼し、その言葉を待つ。
「共にこの地で暮らす我らは同胞である。共に手を携え歩める日を切に請い願わん。」
天津乃宮の言葉を合図に皆が席を立つと、軍議の間は元の静寂を取り戻すのだった。




