第三十話 弔いの白
現在の伊邪那村では死亡した者の身内が役場に届け出る法がある。
それを定めたのは、当たり前だが長である阿斗里だ。
所定の紙に記入するのが流れだが、字を書けない者は役場の者が代わりに書く。
年齢などは推定だ。
そして今日、毛筆を手に記入しているのは長である阿斗里だった。
「はい、記入漏れは…あるわけありませんよね。」
「大丈夫です。自分が作ったものですから…はは…」
阿斗里は平気な顔を装うが、平気でないのは誰が見ても一目瞭然である。
息を引き取った日付に看取り人等、決められた事柄を書き込み提出した。
「阿斗里様…埋葬の準備が出来ております。どうぞこらちへ……」
都留岐はその肩を支える様にして共同墓地へと歩く。
墓地は区ごとに設置されることとなり、伽耶が埋葬されるのは一区共同墓地という場所だ。
これは比較的新しく定められたものであり、墓標はまばらである。
運ばれた伽耶の遺体は布でくるまれており、体は弥奈が隅々まで綺麗に拭き、手には金色が握られており、顔には白粉まで施されていた。
「……くっ!…くぅぅっ!」
阿斗里は布をめくりそこにある母の顔を見た瞬間、歯を食いしばって涙を堪える。
その姿はあまりに痛ましく、参列した者達も一様に涙を流すのだった。
「では、埋葬いたします。」
担当の役場の者が告げ、掘った穴へと静かに遺体を横たえる。
阿斗里はそれをただ呆然と眺めていた。
そして遺体が包まれた布に土が掛けられると、我を取り戻したように膝をつき泣いた。
「あっ……あぁぁっ…あぁぁぁぁぁっ!」
そこには長の威厳を持ち合わせた青年はいなかった。
只々悲しみに暮れる子供がいるだけだった。
その姿を見た刀一郎の胸は、張り裂けんばかりの苦しみに襲われる。
まるでその感情が伝わり、鋭い刃物となって身を切り裂くようだった。
(何だっ、これはっ!?阿斗里の悲しみが流れ込んできているのか…?)
今まで、何となく思いを感じ取れたことはあったが、ここまでの激情が流れ込んできたのは初めてのことである。
「ぐっ!…うぅぅっ!」
「刀一郎!?おいっ!なんかおかしいぞっ。」
胸を押さえてうずくまる刀一郎。
それを心配してか鉄志が近づき背中をさする。
その時だった。
『童の泣き声がうるさくてかなわんな。』
どこからか声が聞こえた。
刀一郎は辺りを見渡すが、それらしい声を発した者は見当たらない。
『我を掲げよ。迷わないよう送ってやる。』
もう一度声が響いた時、確信した。
これは外から響いているのではなく、己の内から聞こえてくるのだと。
『何をしている阿呆、さっさと掲げよ。』
刀一郎は迷った。
この訳の分からない声に耳を傾けても良いものかと。
しかし、何故だろうか、信じてみてもいいと思える何かがその声にはあった。
「…刀一郎?おいっ!何する気だ!」
突然立ち上がり白鬼を抜いた刀一郎に、鉄志が慌てて問う。
しかし、その問いに応えることなく、刀一郎はただその一刀を天に掲げた。
「おいおいおいおいっ!なんだよそりゃ…。」
天に掲げた白鬼からはゆらゆらと白炎が立ち昇る。
そしてそれは刀一郎の腕を、体を伝い、地を這い、伽耶の遺体が横たわる穴へと向かう。
白い炎からは熱を感じなかった。
自らの意志を持つかの様なその不思議で幻想的な光景に、鉄志以外は声も出せずにいる。
「おおっ…白い炎が伽耶さんを包んで…」
皆がその光景に息を呑んだ。
まるで抱くように白い炎が伽耶の遺体を包むと、全てが大気へと溶けていくのだ。
陽炎を揺らめかせながら。
阿斗里も呆然とその泣きはらした顔で眺めていた。
そして見た。
陽炎の中に柔らかな笑みを浮かべる伽耶の姿を。
▽
まるで時を忘れたように静寂が包み込んでいた。
今自分たちが見た光景を頭が整理できなかったのだ。
最初にハッと我に返ったのは役場の者だった。
「あっ!阿斗里様っ、どうしましょう?…遺体がありません。」
その声に反応し皆が穴を覗き込む。
そこには何もなかった。
ただ空っぽの穴があるだけだったのだ。
それを見た阿斗里は軽く笑った後、告げる。
「構いません。伽耶は幸せそうな顔をしていましたから。」
白鬼を掲げたままの刀一郎もようやく我に返り、自分のしたことを悟り焦った。
遺体を許可なく消失させるなどあってはならない事。
どう謝ればいいのかと思案した。
「刀一郎さん、有難う御座いました。」
悩む刀一郎だったが、阿斗里から発せられたのは意外な言葉だった。
「正直何が起こったのか理解出来ませんが、悪い事ではない、それだけは分かります。」
その顔は先ほどの泣きじゃくっていた子供ではなく、長の顔に戻っていた。
▽▽
翌日役場には、いつもと変わらない阿斗里の姿があった。
一応の為確認に来た刀一郎はそれを見て心の底から安堵し、笑みを浮かべる。
そして心の中であの声の主に語り掛けた。
(おぬしが何者かは分からん。だが、感謝する。)
帰って来る返事はなかった。
それでも、声が届いているという確信があった。
神の如き獣から授かりし、自慢の一刀に宿りし者。
それが何かは分からないが、きっと悪い者ではないと楽観的に考え、今日は何をするかと露店通りへ繰り出すのだった。




