第二十四話 問題解決
竹地村、伊邪那村、両陣営が睨み合い硬直する中、静寂を破ったのは阿斗里だった。
「落ち着いてください。我々はそれを分かった上で慎重に慎重を重ね仕事をしています。この村に被害を出すことはありません。」
重要な事実を黙っていた不信感からか、豪鳴は訝しげな眼を向ける。
だが、阿斗里の後ろに控える男の業を見た後では、力での解決に打って出ることも出来ない。
その為、只々その言葉に耳を傾けるしかなかった。
「採掘する量もそこまで多くはしないようにしているので、半分をそちらに渡すということになると、手間賃の方が高くついてしまいます…。」
つまり、阿斗里はこう言いたいのだ。
あの鉱山から採掘された鉱石が欲しいのなら、対価を支払い手に入れろと。
鉱山の問題を話し合っていたはずが、いつの間にやら貨幣でのやり取りをせざる得ないよう追い込んでいるのだ。
全く見事な手腕である。
一方豪鳴は困った。
勝手に掘り出すにしても、それで村に毒が蔓延したらたまったものではない。
「毒があるって話、そりゃ、本当なのかよ?てめえの嘘八百じゃねえのか?」
「証拠はありません。しかし、事実が明らかになる時は、すでに手遅れに陥った時ですよ?」
重苦しい空気が漂っていた。
打つ手なしと唸る豪鳴、ただその返答を待つ阿斗里。
両者の背には、余計なことはするなと言わんばかりに睨み合う両陣営の男。
静かな息遣いだけが、その場に響いていた。
▽▽▽
「楼とか言ったか?てめえのとこのあれは。」
暫くの静寂の後、口を開いたのは豪鳴。
「はい。その問いは、貨幣でのやり取りに関し前向きな考えに至ったということでよろしいですか?」
「ちっ、考えてやるってだけだ。話に聞く都でも同じような事やってんだろ?」
この言葉から察することが出来るのは、豪鳴は只の馬鹿ではないということ。
つまり、いずれ自らの治めるこの村も、このままでは為す術なく皇国に飲み込まれることが分かっているのだ。
どうやら独自にある程度の情報は得ていたらしい。
「はい。確か向こうは蒼と言うはずです。」
「ちっ、めんどくせえな。何でそんなもの使わなきゃなんねえんだよ?」
「時間の経過で価値が消失したりしない、それでいて皆が同じ価値認識を持つものが必要だからです。」
作物は腐る。
動物も、それ以外の物も食物であれば全て腐る。
そしてそれらは何時でも収穫できるというわけではない。
その為、貨幣を用いない取引では、物によってはどうしても時間の制限が付いてしまう。
伊邪那村では、個人が捌く当てのない食物を村が買い取り、貨幣へと変えている。
こうすることで生産者は安心して仕事に専念することが出来、村の食糧事情も安定するという流れを作れるのだ。
「あ~~、分かったよ。じゃあ、後でうちのもんが色々そっち持ってっから、それに変えてくれや。」
「有り難うございます!譲歩してもらう形になってしまいましたから、それなりに色を付けさせていただきますね。」
「お?おお…そうしてくれや。」
「後、集会所にある役場で許可を得れば、露店なども自由にやって頂いて構いませんので。」
一度踏み込んで来たならもう離さないと言わんばかりに、阿斗里が攻め立てる。
向こうにも得るものがないのでは禍根が残ると、向こうの利を提示することも忘れない。
一方豪鳴は、いきなり生き生きとしだした阿斗里にたじたじ。
丸太のようにたくましい男が、優男に迫られている絵は何とも奇妙なものだ。
「いやぁ~、話がまとまって良かったです。これで我々は仲間ですね。」
「あ?ああ…そうなるのか。そうだな。」
喜色満面の阿斗里と、これで良かったのか分からないという微妙な面持ちの豪鳴。
相反する反応を見せる両雄だが、取り敢えずはこれでお開きとなった。
そして外へ出ると、まだ日は傾いてはいない様だ。
「豪鳴さん、村の中を見て回って良い値段で買い取れそうなものを探していいですか。」
「あ?ああ。おい、付いて行ってやれ。」
阿斗里の頼みを聞き、取り巻きの一人が付いて回ることになった。
そして、あれはこのくらい、これはこのくらいと同行した男に伝えながら練り歩く。
男も頼まれた手前無視するわけにもいかず、眉をひそめながらそれを必死に覚える。
気付けば完全に日は落ちており、今日もここで泊っていくことになった。
▽
翌日早朝、竹地村東門前。
帰る一行を一応豪鳴一派が見送りにやってきていた。
「てめえが…いや、阿斗里が見繕ったものを中心に後で持っていく。そん時は頼むわ。」
「はい。お待ちしております。では、またお会いしましょう。」
「帰りの道中、かなり冷えるかもしれねえ。これを持っていけ。熊の毛皮で作ったものだ。」
「これは暖かそうですね。有難く使わせていただきます。では。」
互いに一礼し、来た時の険悪な空気はもうそこにはなかった。
豪鳴は阿斗里の中に自分とは違う強さを見ていた。
単純な腕力では組することの出来ない、何とも言えぬ柔らかな力。
だが、それでいてしなやかで強く、もしかしたら、これからはこういう力こそが必要になるのかもしれないと感じるのだった。
▽
三人は馬に跨り道中を駆ける。
天候は快晴、片道は九十見ほどだが、順調にいけば二日も掛からないだろう。
波風もその陽光が気持ちいいのか、走りながらその鼻を鳴らしている。
「阿斗里様、この度の交渉まこと見事で御座いました。」
「はは、有り難う都留岐。場合によっては、採掘は向こうにお願いしようかとも思ってたんだけどね。」
「なるほど、ですがそれでは向こうの言い値で買うことになってしまいそうですな。」
そんなことを語りながら並走する二人の後ろでは、刀一郎が波風の首を優しく撫でていた。




