第十七話 講義
翌日、昨日移住してきた者たちを集め、阿斗里が様々な話を聞かせていた。
場所は集会所。
かなり広い空間であるが、流石に百五十以上もの人が集まるとあまり余裕がない。
阿斗里の両脇には、都留岐と竜も控えている。
「…ええ…はい……勿論、大丈夫ですよ。」
新しき住民から次々と投げかけられる疑問に、阿斗里は淀みなく答える。
その姿に感心しながら眺めていると、隊の者達が数人呼ばれた。
どうやら話は終わったらしく、生活の為の急場の金子を渡され、新しい住居へと案内されていく。
そしてぞろぞろと一行が集会所を後にし、見慣れた面々だけが残った。
「さて、では昨日の話の続きをしましょう。」
阿斗里はそう言うと、横にいた弥奈に何かを語り、どこかへと向かわせた。
しばし待っていると、やってきたのは鉄志と天元。
何でも、鉄志はこれからする話に必要で、天元は聞いてもらいたいことがあるから呼んだとのこと。
「揃いましたね。では始めましょう。まずは距離のことについてですが、鉄志さんお願い出来ますか?」
皆の視線が注がれる中、少し照れくさそうに鉄志が口を開く。
「いやいや坊主、その前に何でおれが呼ばれたのかを説明しなきゃなんねえだろうが。」
「確かにそうですね。実はですね、鉄志さんは生まれも育ちも都でして、その知識を借りる為呼んだんです。」
「まあ、そういうことだ。簡潔に言うと都で使われてるもんをそのままここでも使おうってわけだ。」
そう言いながら、鉄志は一枚の紙を広げた。
そこには様々なことが書かれており、一側や一見という文字も見える。
どうやらそれこそが都で使われている距離の単位らしい。
すると、鉄志は手に持っていた木の棒を目の前に置き、説明を始めた。
置かれた棒は、刀一郎の歩幅で大体二歩分くらいだろうか。
「これが『一側』だ。これが千連なって、『一見』になる。」
筋骨隆々な老人が語る知的な講義に、皆興味津々と耳を傾ける。
「この棒に刻まれてる細かい線あるだろ?一番細けえこれが『一爪』。十爪で『一糎』、百糎で一側だ、分かったか?」
更に詳しく講義を聞くと、元は海の外の知識を自分達が分かりやすく作り直したものらしい。
その知識を持っていた者は、やはり漂流して都に行き着いたのだという。
「坊主のやってることは確かにあっちの真似事かもしれねえが、それを一から始める難しさ、分かるよな?」
阿斗里の長としての資質を疑われると思ったのか、鉄志は鋭い視線を向ける。
だが、ここにいる皆にすれば、そんなことは考えるまでもない当たり前のことだ。
見くびるなと言わんばかりに睨み返す。
特に都留岐が。
済まなかったと苦笑した鉄志は講義を続ける。
「それと、これが『暦』ってやつで、そしてこれが一日の時間を示すもんだ。ちなみに今は皇歴二十一年だ。」
今の刀一郎達には分からぬが二十一年とは意外に最近のこと。
だが都自体は古くからあるらしい。
ある日突然、天津乃宮様が国の建立を宣言し、今に至ると鉄志は語った。
鉄志は続けて、懐から数字の羅列された紙を二枚取り出した。
「こっちが旧暦ってやつで今は使ってねえ。今は外から伝えられたこっちを使ってんだ。」
二枚のうち一枚を懐に戻し、残った方の説明に掛かる。
使っていない方も見せたのは、外から伝わる前から似たものがあったという事を知らせるためだろうか。
「一日は日が昇って沈むまで、当然だな。それが三百六十五回繰り返され一年だ。知っての通り季節も巡る。」
鉄志はその見た目とは裏腹に、実に人に教えるという作業に慣れていた。
その事実から、様々な知識を阿斗里に授けたのが誰であるのかも理解出来る。
「続いて時間だが、これも外から伝わったものがある。だが、都ではかなり変えて使ってる。そのままだと馴染まなかったんだな。」
そこまで語って、何か質問は無いかと視線を向ける。
聞き入っていた皆が見合い確認するが、誰からも声は出なかった。
生粋の教えたがりなのか、鉄志は少しため息をついてから続けた。
「十二に分かれてる時刻は干支っつう動物やらに例えられる。例えば今はここ午の三つ時ってな。腹減ってきたな。へへっ。」
ちょうど真ん中上の少し右を指指し語る。
今がまさにその辺りの時刻を指すらしいと、皆が理解した。
そして講義が終わり、鉄志は疲れたと言わんばかりに大きく息を吐く。
思っていた以上の分かりやすい内容に、思わず皆の感嘆の声が響いた。
「へへっ、やめろって。煽てるねい。で?質問ねえのか?」
見合わせた後、口を開いたのは天元だった。
「あの、先ほどのことは理解できたのですが、鉄志さんは何故こちらに?相当な距離があるのでしょう?」
てっきり、講義の内容に関してのことだと思っていた鉄志は少し動揺した様だ。
そして頭をポリポリと掻いた後、ゆっくりと語りだした。
「そうだな。千六百見以上はあるだろうな。いやまあ、語るほどのこたぁ無えんだけどよ。連れ合いがな、早くに逝っちまってよ。」
その言葉を聞いた瞬間に、悪いことを聞いたと思ったのか天元が気まずそうな顔をする。
だが、聞きたいのも事実なので口は挟まなかった様だ。
「俺ぁ都から出たことなくてよ、自暴自棄もあったんだろうな。広い世界が見てぇなあって思っちまったんだよ。」
語る鉄志の手の平には、何か丸いものが握られている。
皆がそれに注目しているのを気が付いたのか、手の平を外に向け口を開いた。
「これはな、異人からもらったもんで、方角が分かるって優れもんだ。」
見れば、両端が尖った何かがゆらゆらと動いている。
片方には赤い色が付けられている様だ。
何でも、赤い先の向いている方向が北を指すのだという。
「これがあったから、俺ぁここまで来れたんだろうな。・・・あいつはどうしてるかねぇ。」
そう言って、鉄志はどこか懐かしむ様に彼方を眺めるのだった。




