第十三話 物欲を知る
翌日、呼ばれた通り集会所に赴くと阿斗里と傍目付らしい二人の女性、伽耶と弥奈もいた。
軽く会釈をしてから腰を下ろすと、前に茶が置かれ、阿斗里が口を開いた。
「わざわざ来て頂いてすみません。で、要件なんですが、刀一郎さんにやってもらいたい仕事があるんです。」
刀一郎は、もしかしたら後ろ暗い事でもさせられるのだろうかと少し不安に思った。
しかし、不可視の何かも告げる通り、目の前にいる青い目の青年から黒いものは感じられない。
「その仕事なんですが、こちらに移住してくる人たちの護衛を頼めないかということなんです。」
「なるほど、あい分かった。」
仕事内容の説明も聞かぬうちに承諾した刀一郎に、阿斗里だけではなく傍に控える女性二人も呆気に取られる。
この朴念仁とて何も考えていないわけではない。
一応自分に出来ること、自分にしか出来ないことについて色々考えていたのだ。
まあ、結局はこの一刀を振るうことしかないという結論に至ったのだが。
「は、はあ、有難う御座います。では、説明は今からこちらに来る者が詳しく教えてくれますので。」
そう言ってすぐ、誰かがやってくる気配を感じ取る。
「北部警備隊長、伊助です。」
伊助と名乗った男は、いかにも真面目一辺倒といった顔立ちで年の頃は二十後半くらいだろうか。
立ち居振る舞いもまさにそのようで、真っ直ぐ刀一郎の所まで歩み寄ると一礼した。
「あ、伊助さん。今度来る移住者の出発場所や規模、道程なんかを教えてもらえるかな。」
「はい。次の移住者は我が村から北上して十四里と少し、人数は百五十七人です。間に山などはなく道沿いを歩けば問題なく着けるでしょう。」
伊助は後ろ手に組み、楽にしてほしいという阿斗里の言葉を聞いても返事はするが姿勢を崩すことは無い。
刀一郎は武人然としたその振る舞いに感銘を受け、何故か自らも姿勢を正すのだった。
「伊助さん有り難う。よく分かったよ。お仕事に戻ってください。」
「はっ!では、これにて。刀一郎殿、鬼神の如き強さとお噂は聞いております。時間が許せば是非手合わせなどを。では。」
刀一郎も応え大きく頷くと、何とも漢臭い空気が漂う。
控えている伽耶はやれやれと首を振り、弥奈は苦笑するのが精一杯なようだ。
そして伊助が去り、何となく場の熱が下がった頃合い、話の続きと相成った。
「何人かはもう先行して向かわせているので、出来れば刀一郎さんにも明日向かっていただきたいのですが、宜しいですか?」
「ああ、構わぬ。」
「そういえば、刀一郎さんは馬には乗れますか?」
「馬…か。乗ったことがあるようなないような、すまぬ、はっきりせんのだ。」
記憶がないとは、こうももどかしいものかと刀一郎は時折思う。
更に何となくではあるが、体が覚えていることは自然に出来るのだからなお質が悪い。
そしてその殆どが刀を振るうことに集約される。
その事実が、一体己はどんな者であったのかと、時々恐れを抱かせるのだ。
「では明日、少し跨ってみればいいでしょう。それで駄目なら徒歩になってしまいますが。」
「うむ、問題ない。では明日の朝、北門へ向かえばいいのだな?」
「はい。私は所用があり向かえませんが、先ほどの伊助がいますので。」
「あい分かった。では、お暇させていただく。」
阿斗里と傍に控える二人に一礼し、集会所を後にする。
外に出ると小雨が降っていた。
そして空模様を見ると、これから本降りになってきそうな気配。
道には、濡れまいとバタバタ走り回る村人たちの姿があった。
しかしその中には、大きな丸い木の笠のようなものを被っている者も見受けられる。
道行く者にそれはどこで手に入るのかと尋ねると、西門の方を指さすのだ。
「ここか。失礼する。ここで雨よけを売ってくれると聞いてきたのだが。」
「は~い、いらっしゃい。手に持つのと頭に乗せるのがあるけど、どっちにする?」
店主らしき女性がその二つを手に取り、さあ選べと差し出してくる。
刀一郎は悩んだ末、頭に乗せる方を選んだ。
いざという時、咄嗟に刀を抜けないのでは困るからだ。
「は~い、じゃあ十五楼になります。はい、確かに。」
手に取ると意外に軽く、これならば動くのに邪魔にならないと安堵する。
傘の内側には円筒状の短い筒があり、そこに頭頂部を嵌め込む様にして使う様だ。
実際に使う際にはほっかむりの様に頭に布を巻き接地面の摩擦を抑え、紐で固定するという作り。
「どうもね~。」
色々な商いがあるものだと思いながら刀一郎は家路を急ぐ。
その途中、何軒かの食事処を見かけたが、急な雨を逃れる為か人が集まり繁盛していた。
そんな光景を見たからか、このまま家に帰り着くのが何となく勿体無い気がしてくる。
「少し散策するか。これからは離れる用も増えてくるかもしれぬしな。」
今いるのは村では西に当たる場所。
この辺りはまだあまり見て歩いてなかったなと思い、きょろきょろと見回しながら雨の中を歩く。
すると、目に留まったのは何やら皮を縫い合わせている、まだ年若い男の姿。
「御免、ここではどんなものを売っているのか気になってな。少し見せてはくれぬか。」
「あ、いらっしゃい。ここでは靴を作って売っています。」
見れば、奥では皮を煙でいぶしている為 少し煙い。
そのすぐ横には何か塗った後のようで、色が少し変わった革を干している様だ。
刀一郎は興味津々といった感じに作業を眺めていると、一つの革靴が出来上がった。
「大した手際だな。ここに来る前からこの生業を?」
「作ってはいましたが、食べるために畑仕事もしなくてはならなかったのでそこまで時間は取れませんでしたね。」
「なるほど、ここではこれを売って金子を得れば食うにも困らんだろうな。」
「ええ、好きなことだけをして生きられるなんて夢のようですよ。」
刀一郎は眺めている内に、自らも一つ欲しいという思いが沸き上がってくる。
しかし、持っている金子で足りるかと懐をまさぐりながら思った。
こうして皆が貨幣を求めて汗を流すのであろうと。
「これで足りるだろうか。俺も一つ欲しいと思ってな。」
「九百楼あれば大体の物なら買えますよ。少し足の大きさ見せてください。」
そう言って、店主は店の靴をあてがいながら何度かの行き来を繰り返す。
そしてピッタリ大きさに会うものが見つかってほっとした様に息を吐いた。
「有難う御座いました。そのまま寒い場所を歩くのは適さないので、こちらをおまけしますね。」
おまけといいながら藁で出来た草履も手渡される。
草履なら既にあると思ったが、今履いているものとは少し作りが違う様だ。
「こうやって革靴と合わせられるように作ってるんです。雪の上などを歩く際にはご利用ください。後、匂い取りもつけておきますね。」
小さな布袋もおまけにもらい、さっそく買ったばかりの革靴を履くと、足を覆う今までにはなかった感覚を覚える。
感慨深げに浸っていた刀一郎だが、何かを忘れている気がした。
「はて……何か金子が必要になることがあった気がするのだが、何だったか…。」




