第十二話 一をもって二を為す
自宅へ着くと、そこには天元の姿があった。
聞けば、何やら集落の者たちで集まって相談をしているらしく、刀一郎にも来てほしいとのこと。
そういえば、皆の暮らす場所も知らぬなと思い付いて行くと、比較的最近開拓されたばかりと思しき場所にある家屋がそれの様だ。
「連れてきましたよ。では、先ほど話していたことを私から説明しましょう。」
そう言った天元から、刀一郎は流れの説明を受けることとなった。
ここで暮らすに当たり、まず仕事を持たねばならない。
天元辺りは薬師として十分やっていけるだろうが、問題はそれ以外。
まあ、それでもそれぞれがそれぞれで出来ることはあるのだが、安定した収入源としてある案が持ち上がったのだ。
「それで岩塩を売ろうという話になりましてね。」
岩塩とは伊邪那村に移住してくる最中に老人が砕いていたあれだろうと、刀一郎は思い至る。
「問題は場所でありまして、村から少し行った場所にあるのですが、如何せん距離が…。」
加え森には危険な獣もいるので老人にはかなり険しい道のりになるだろう。
だが、この村でも塩はそれなりの値段でやり取りされており、放っておく手はない。
しかし、ならばどうするかというのが議題であるらしかった。
正直、このような相談事を持ち掛けられても、刀一郎にはどうしようもないと思ったのだが、頼られたら応えざるを得ない。
ならば、いい案が浮かびそうな人物、阿斗里へと後日相談を持ち掛けることで話はまとまった。
▽
そして次の日、天元と共に阿斗里の住む家の戸を叩く。
その家屋は他の住人たちのそれと全く変わることは無く、とても村の長が住む場所とは思えないほど質素だ。
同時に、こういう所が皆の信頼に繋がっているのだろうとも納得する。
「なるほど、確かに塩をもっと手軽な値段で買えるのなら助かりますね…少し考えて見ましょう。」
話し合いをしている最中、茶を出してくれたのだが、持って来てくれたのは依然見たことのある若い女性。
聞くと、少し照れながらも一緒に暮らしているのだと伝えられる。
「弥奈と申します。以後お見知りおき下さい。」
二人供が少し頬を赤く染めながら見合うその姿に、どこか微笑ましさを覚えるのだった。
その後も、見て回った村の印象や、興味を惹かれた物などを語り合っているとあっという間に日が傾き始める。
「では、今日はこの辺で。先ほどの話は考えておきますので。それと刀一郎さんは明日この間の集会所へ来て頂いてよろしいですか。」
頷き、阿斗里宅を後にし歩いていると、天元がお勧めの場所があると腕を引く。
引かれて着いた場所は、村の一番外れにある建物だった。
どうやら金子は天元が持ってくれるらしく、主人らしき女性にいくらか手渡している。
中に入ると入り口が二つに仕切られ、促されるまま進むと、大地に掘った穴に木桶を嵌めた様な場所に、どこからか引かれた湯が並々と注がれている。
「温泉というらしいですよ。私も昨日初めて入りましたが、素晴らしく気持ちいいんです。」
刀一郎はどこか懐かしい気持ちになりながら衣服を脱ぎ浸かると、それはまさに極楽であった。
疲れを感じにくい身であってもこれなのだから、他の者となれば如何ほどだろう。
しかし、毎日入るには多少高価らしく、大体三日に一度くらい入りに来る者が大勢の様だ。
恐らくこれから競争相手が生まれれば、徐々に値段の変動も起こっていくのであろう。
二人がスッキリとした顔で歩く道すがら、集落の皆がどのように暮らしていくかを少し話し合う。
「取り敢えず、畑を作り耕そうと思っています。幸い作物の種も持って来ているので。あの辺りの土地は好きに使っていいとも仰ってくれましたしね。」
だが、野菜にしろ何にしろ、植えて直ぐ収穫とはいかないのが実情。
だからこそ、塩を売って蓄えを作ろうという話の流れらしい。
「一応なんですが、一つすぐに収入源を確保する方法もあるんですよ。」
「ほう、そんなものがあるならば問題ないのではないのか。」
「ええ、排泄所ありますよね?その排泄物を汲み取る仕事なんですよ。これは阿斗里様から、というよりは村から賃金が出ます。」
今それをやっているのは、村の野菜の大部分を作っている者達らしい。
聞けば、阿斗里直々に作物農家に交渉しに行ったのだとか。
「この施策を見ただけでも、阿斗里様の凄さが分かりますね。」
聞いた所で、いまいち凄さの分かっていない刀一郎は首をひねる。
それを見かねてか、天元がにこやかな顔で説明を続けるのだった。
「糞尿を汲み取る仕事は誰もが嫌がることですよね?」
「まあ、な。だが、だから高い給金を払ってやってもらっているのだろう?」
「そうなんですけどね、それだけじゃないんです。農家であれば汲み取った糞尿は肥料にすることも出来ますよね。」
「なるほど、肥料代が浮いてその分更に儲かるということか?」
「農家の方々から見ればそうです。でも、村全体で見るとどうでしょう?」
う~んと、腕を組みながら考える刀一郎。
まるでその光景は、出来の悪い生徒に教える先生のようではないか。
そして待っていても答えが出ないと思ったのか、天元が口を開いた。
「我々にとって一番恐れるべきは飢えです。そして作物の生育が良いということは食料の安定供給を可能にします。そして、安定して供給できれば農家は潤います。農家がそんな儲かる仕事だと皆が思えばどうなるでしょう。」
「なるほど、作物の栽培を始める者が増え、更に食料問題が安定する?」
「おまけに村も清潔になりますしね。まあ上手くいくかは別にして、恐らくそういう形を狙っているのだと思いますよ。話ではまだまだ移住者が来るそうですし。」
一をもって二を為し三を為す。
刀一郎はそんな言葉を頭に思い浮かべていた。
「まさに賢君と言って過言ではない手腕。我々が移住してきたのは正解でした。」
夕暮れに染まった家々を、天元は目を細め眺めるのだった。




