第十一話 途上の村
「こちらが刀一郎殿に住んでいただく住居となります。」
阿斗里との話のあれこれが終わった後、これから暮らすことになるであろう平地住居へと案内される。
先導してくれたのは、集落の皆を案内してくれたあの老齢の女性、伽耶だ。
老齢と言っても背筋はピンと真っ直ぐ通っており、その表情は厳格さを感じさせる。
阿斗里とのやり取りを見ても、互いには相当な信頼関係が見て取れた。
「刀一郎殿、これから阿斗里様をどうかよろしくお願いいたします。」
案内が終わり、軽く会釈をして戻ろうという時、伽耶は立ち止まりもう一度、今度は深々と頭を下げる。
先ほどまで口を真一文字に結び、余計なこと等一言も言わなかったのだから、余計に刀一郎は戸惑った。
それでも顔を上げた伽耶の目を見れば、その意に応えるよりなかったのである。
「はい。お任せください。私で出来ることならば、いつでもこの腕振るわせていただきましょう。」
その返答を聞いた伽耶は、この日初めて少しだけ表情を崩したような気がした。
それは気がしただけだったかもしれないし、本当に微笑を浮かべていたのかもしれない。
だが、その僅かな差異を感じ取れるほどの関係性がない刀一郎は、判断付かぬまま一礼し新居に入った。
「ふむ、中々に快適な住居だ。隙間風などもないし、良く出来ている。」
一部屋だけの作りだが、それなりの広さがあり、真ん中には灰を敷き詰めた囲炉裏とその横には火打石が置かれている。
靴を脱ぎ早速上がると、そろそろ暗くなってきていることに気付く。
ならばと、さっそく囲炉裏を使ってみようと試みることにした。
室内を見回すと薪と木くずも用意されていたので、竜が依然やっていた動きを見よう見まねでやってみると、意外に上手く火が付いた。
柔らかな炎の明かりが部屋を照らし、心が安らいでいくのを感じる。
刀一郎は、その熱に包まれながらこの日は眠りに落ちるのだった。
▽
翌朝、『明日一日は村を知るために使ってほしい』という阿斗里の言葉通り、刀一郎は村を見て回ることにする。
貨幣という共有価値観があるせいか、この村には様々なことを生業としている者がいるようだ。
道行く女性などは白粉に紅を指している者も見かける。
この白粉の原料だが、米と麦に押され需要が落ちてきたアワが使われているらしい。
捨てる神あれば拾う神ありといった所か。
そうして目まぐるしく視線を移し歩きながら目についたものを、これは何かと尋ね歩く。
「これはこうやって使うんだよ。」
店番らしき少年は、売り物であろう木の棒を口に突っ込んだ後、ガシガシと歯にこすりつける。
棒の形状は木を細長く削ったもので、片方が細かく裂かれており、もう片方は尖っている。
「薬師やってた祖母ちゃんがさ、体洗うのと同じで歯も洗わなきゃ駄目だって言ってたんだよ。で、教えられた通り作ってんだ。」
刀一郎が勘違いするのも無理はないが、この少年は店番ではなく店主であるらしい。
大したものだと感心しながら、次へと向かう。
そうして歩いていて次に気なったのは、村の端に見える草を育てているらしい男。
気になったら吉日、さっそく歩み寄り話し掛けることにした。
「何だい兄さん、うん?これが何かって?ああ、そりゃ分かんねえか。紙になるんだよ。そう、その紙だ。」
紙は知っていても何から作られているのかなど知らない刀一郎。
畑で育てられている雑草にしか見えないそれを、まじまじと見やる。
「はは、作ってるとこ見てみるかい?」
良いのか?と、うきうき気分で後に続く。
すると、中では若い者からそれなりの年の者までが額に汗を浮かせ働いていた。
見ればその殆どが女性である。
何をやっているのかはよく分からないが、煮たり、皮を剥いだり、水を掛けたり、忙しそうにしている。
どうやら、この作業によりこの女性たちは給金をもらっているらしい。
「まあ、まだまだ量産は出来ねえけどな。元々うちの村で作ってたもんがここの特産になるって阿斗里様がおっしゃったから、皆張り切ってやってるよ。」
「なるほど、確かに紙は貴重なものだからな。それが量産出来るとなれば、遠方からでもここまで来る者はいるだろうな。」
これ以上長居をしては邪魔になると、後ろ髪を引かれながらも刀一郎はその場を後にした。
村は活気に溢れている。
誰もが、自分にも、自分にしか出来ないことがあると、胸を張っている様だ。
そしてそれを為しているのが、他ならぬ阿斗里なのだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、甲高い金属音が響く場所にたどり着いた。
「そんな美人さんにボロ着せて、可哀そうにな。」
ここは何をする所かと歩いていると、不意に横から声を掛けられる。
声のする方へ顔を向けると、そこには筋骨隆々の老人の姿があった。
「そう、あんただよ。何だその鞘は。折角の綺麗な剣が泣いてるぞ。剣…いや違うな。何だそりゃ…刀?聞いた事ねえな。片刃はよく見るがそんなに反ってるのは見ねえな。」
老人の視線は、腰の一刀に注がれていた。
釣られて刀一郎も見やると、確かに自らで作ったものとはいえ、不格好が過ぎる。
「代金もらえれば作ってやるぞ。さすがにそれじゃ…な?」
言われれば言われるほど、悪い事をしている気がしてきた刀一郎は、老人に鞘の作成を頼むことにした。
「よし、代金は後払いで良い。ちょっと寸法計るから貸してみろ。」
「むっ、危険だぞ。こいつは……」
「あっちぃぃぃっ!」
「だから言ったのだ。この刀は何故か俺以外が持つと火傷するらしい。」
老人は手にフゥ~フゥ~と息を吐きかけながらこちらを睨んでいる。
その眼光は鋭く、何も悪いことはしていないにもかかわらず反射的に謝罪の言葉が口を突いて出る程だった。
「まさか…話に聞いたこたぁあるが、意思の宿りし武具、都以外のこんなとこでお目に掛るとはな…。」
老人はそう語りながら、顎髭を撫で考え込んだ。
「よし、お前さん、その刀?こっちまで持ってこい。・・そうそう、そこで良い。」
そして、手が触れないように気を付けながら慎重に寸法を測り終えると、
「出来たら持ってってやる。場所?阿斗里の坊主に聞きゃ分かんだろ。ああ、そうだ。俺の名前は鉄志だ。お前は?」
「ああ、刀一郎だ。金子はこれしかないが大丈夫だろうか。」
「千楼か。少し足りねえが、いざって時ゃ体で払ってもらうから大丈夫だ。がっはっは。」
どうやら金子の単位は【楼】というらしい。
どんなことを要求されるのか気になりつつも、何とも妙な知り合いが出来たと思いながら、家路につくのだった。




